芦川ヒカリの憂鬱Ⅰ 3


 

 しずけさに包まれた数十秒の時間は、浮遊感をおぼえるほどだった。現実味を失わせる沈黙に、俺は床の溝に触れることで、自分が座っている場所を知覚しなおす必要があった。テーブルが直接フローリングに触れないためだけに敷かれているカーペットは、正座をしていなければ、はみ出してしまいそうだ。物がないにしたって限度があるぞ、長門。

 俺の耳は目の前にいる少女に向けられ、切り取られたようにそれ以外から発せられる様々を、一切キャッチしなくなる。長門の瞬きの音すら聞こえそうな無音空間なのに、自分の呼吸音も認識できない。意識して深呼吸してみて、ようやくその呪縛から解き放たれる。なぜこんなにも緊張しているのか、自分でもよくわからない。


 部屋は不思議な明るさに包まれている。光が窓の外に逃げていくような、あるいは夜の闇が入り込んでくるような、そんな絶妙な明暗のバランスがあった。

 長門が目の前に正座して、俺をまっすぐ見つめて、もう数十分は経ったような気がしている。


「涼宮ハルヒのこと」


 訥々と話し始める長門に、俺は唾液を飲み込んだ。


「それと、あなたのこと」


 原作では「わたしのこと」と続く筈の言葉に俺は虚を突かれた。そして、彼女の優秀さに舌を巻く。多分、長門は俺が彼女のことやこの世界におけるハルヒのとんでもなさ、それらエトセトラについて「知っている」ことを「識っている」んだろう。それで自己紹介よりも他己紹介を優先したわけだ。

 俺は長門がヒューマノイド・インターフェースとかいう存在だということを知っている。俺が持ったまま返すタイミングを逃したこの眼鏡だって、一瞬でなにもない空間から作れるのだと知っている。大人しいけど好奇心旺盛で、ぼんやりしてるけど戦えば強い。そういう宇宙人なのだと、ずっと前から知っている。

 だから長門は自分のことを語らない。でも、はたしてそれだけなのだろうか。そんな横着をするキャラクターには思えないし、階段飛ばしをするならば、原作通りにお茶をあれほど出さない気がする。

 つまり、言う必要がないから言わないのではなく、意図的に言葉にしていないのではないか。ふと、そんなことを思った。そしてそれが、もしかすると俺をこんなにも居心地悪くさせている原因なのかもしれない。それは、なぜなのだろうか。

 とはいえ、長門のことを疑っているわけではない。必要だからそうしているのだろうと想像はつくから、追及はしない。


「あなたは普通の人間」


 情報の伝達に齟齬が発生するということを、おそらく俺に対して長門は告げない。また名言を聞き逃してしまった。ちょっと残念だけど、それよりも残念なことが告げられた。俺は普通の人間。キョンと同じ一般。何の属性も持たないいわゆる普通の人々。

 ハルヒとキョンの関係性を考えると、キョンも一般人と言っていいのか微妙なところだ。つまり、まあ、かねてから妄想していた通りの谷口枠だ。

 ため息を吐きかけて、しかし、それならば疑問が生まれることに気づく。涼宮ハルヒを監視するために生み出されたのが長門だ。宇宙人を地球に送り込んで、わざわざこんなところで待機させているほどに、長門は重要なポジションにいる。

 そんな彼女が、何の属性もない俺をどうして家に招いたのか。それって今年オリンピックが開催されるのとなにか関係ある? と聞きたくなるくらい、まったく関連性が見えない。俺がトーチを持って走ったりしないのと同じで、SOS団もまた俺と関係がなくなってしまう。テレビ越しに見るなら、アニメも四年に一度の祭典も、等しく俺の生活の外側で回っている事柄に変わらない。

 思わずがっくり肩を落とす。夢なら俺に都合のいい状況を作り出してくれても構わなかったじゃないか。なんらかのすごい力に目覚めて色々なことに挑戦してみたかった。そう思うと、現金なことに急に夢の世界に入る前の場所が名残惜しくなって、まだ読んでいない漫画の続きが気になったりする。鬼滅の19巻、兄貴買ったかな。


「現時点では」

「ん? 含みがあるな」


 俺は手のひらを握ったり開いたりしてみる。涼宮ハルヒの憂鬱は、念じてみたら急に一般人から魔力が出るなどという世界観ではない。だから「俺、なんかやっちゃいました?」みたいな発言の準備も必要はない。スキルウィンドウとかも表示されてないし、そもそもチートキャラの座は涼宮ハルヒとかいう超絶かわいいカルチャーショックヒロインで埋まっている。

 現時点では、と言うからには後になにか出来るようになるのだろうか。遅咲きの能力者はここぞの場面で出番があったりするし、この時点でなくてもまあ、SOS団と出会える望みはあるのかもしれない。希望的観測に過ぎないが。


「あなたに芽生えつつあるのは、情報操作能力。維持と補正」

「維持と補正……現状維持とか? 随分フリーターの得意そうなポジションだな。お前がわざわざ俺を揶揄するとは思えないが」

「情報統合思念体はあなたと涼宮ハルヒの接触に期待している」

「えーと、自律進化の可能性……だっけ。俺には不思議なことなんて何もないのに、俺とハルヒが会うことでなんらかがうまく行くかも、とお前の派閥は思ってるわけだ」

「そう。既に小規模で変化は始まっている。三年前」

「ああ、情報爆発が起きたとか。SFには明るくないからだいたいで話して欲しいし、俺もそうするんだけど……その中心にハルヒがいたんだよな。普通の人間では扱えない類の情報を扱った。それで、長門の親玉はそれに注目している」

「だいたい、そう」


 だいたいで喋れと言って、こう返す長門を俺は愛おしく思う。ここまでディティールに拘って長門を作ったのなら、情報統合思念体には創作の才能があるな。


「あなたも」

「俺?」

「そう。三年前、惑星外空間に拡散した情報爆発はあなたにも影響を及ぼした。そうしてあなたがこちらに干渉する起点となった」

「三年前にハルヒが起こしたことで、今?」


 ストーリーと違うことを話されるとちょっとわからないな。俺は首をひねった。まあ、夢ってのは整合性が取れないものだから、完璧に原作をなぞってくれるわけでもないのか。

 三年前。なにか思い出深いことがあっただろうか。三年前、三年前か。確か、年下のプロ棋士とか年上のプロスケーターが活躍していた。35億とかジャパリパークとかが流行ったのもその辺だったっけ? そうだ、その春から夏にかけて俺は体調を崩して学校を休みがちになったんだった。ほとんど不登校みたいな状態になって、家で兄貴の手に入れた最新ゲーム機で遊んで過ごしてたなあ。わかばシューターのなにが悪いんですか? 兄妹でやるもんじゃないわ、あのゲームは。

 兄貴で思い出したけど、ハルヒ関連だと三年前に一個あったな。たしか英語の教科書で涼宮ハルヒの憂鬱が扱われるとかって、その頃一時期話題になった気がする。兄貴ってあれ買ったんだっけ? どうだったかなあ。一年用のだったし、学校を休んでいたのもあって俺が実物を見ることはなく、結局ネットニュースで軽く見たに留まったが。あの人のことだから、一応買ってはいたのかもな。

 今さら思い出すって言っても、俺は五年くらいハルヒ関連の情報を追ってなかったし……それくらいかな。いや、時事に疎すぎるな。もっといろいろなことがあったと思うけど。


「そう。この時間軸に来るべきではなかった。あなたはイレギュラー」

「来るべきじゃないってそんな冷たいこと言われても。呼びに来たのは長門じゃないか」

「ちがう」

「違うの?」

「あなたと涼宮ハルヒの意思がそれを決定した」

「よくわかんないけど、長門は来るべきじゃないさっきのあの場所に俺が来ることを知ってた。それで待ってたのか」

「だいたいそう」

「それは……ありがとう、なのかな?」


 長門は否定も肯定もせず、ただ俺を揺れた瞳で見た。こういう時、どういう顔をすればいいかわからないみたいに。

 月の光が部屋に入り込んできて、彼女の横顔を照らしている。これはあの名言を言うべきタイミングか? いや、脱オタクしたんだってば。


「どういたしましてって言えばいいと思うよ」

「そう」


 結局半分はシンジくんのセリフにつられた俺の言葉に、珍しくわずかに逡巡した少女は抑揚のない声色で続けた。


「どういたしまして」

「こちらこそ」

「こちらこそ」

「あ、それは続けなくていい」

「そう」


 長門は湯飲みに口をつける。俺は部屋の明かりを見上げた。つまりどういうことなのか……さっぱりわからん。俺は来るタイミングを間違えたらしい。そんなこと言われてもなあ。もしかすると、それが原因で俺は装備なしスキルなし、聖女じゃないポジでの召喚なのか? 

 でも、間違えたことはそうなんだけど、どうやら俺はハルヒに会う必要自体はあるらしい。それで、なにごとかを維持したり補正したりするのがお仕事みたいだ。情報を操作する力っていうと、長門一派だな。これから彼女と一緒にここで暮らしてハルヒを見守っていく、とかだろうか。それだと多分、俺にはあんまり活躍の場はなさそうだ。

 なにせ問題があったら修正するのは長門だろうし、奔走するのはキョンだろう。維持するのは古泉だろうし、かわいいマスコットには朝比奈さんがいる。やはり改めて考えるとSOS団って完璧な布陣だな。

 俺は特筆したスキルがあるわけでもなく、強くてニューゲームどころかスマホという文明の利器も取り上げられた。なんの変哲もない村人Aとしてスタートして、どうやら今のところはやることもない。世界を滅ぼす魔王の討伐とか明確な目的もいないし。喜緑さんの部下辺りの立ち位置になるのだろうか。

 嫌われ役の悪役令嬢ですらなく、その存在に価値があるのかはまったく不明。けれど、長門とその親御さんには期待されている。これさえ言われなければもう少しのん気でいられたけど、ここがどうにも引っ掛かる。


 ──情報操作。俺が唯一持っている武器は、あるいみ情報といえば情報だ。涼宮ハルヒとその周囲の関係や今後の展開。それってオタクが原作通りだって楽しむ以外にどう使えばいいんだ? 情報統合思念体先生。放任すぎませんか、それは。


「あなたが涼宮ハルヒを選んだ。あなたと涼宮ハルヒは相互干渉によって、自律進化の可能性を握っている」

「キョンじゃなくて」

「彼は鍵」


 トリプル主人公にしちゃ、メイン二人が能力なしってのは心許ない気がする。まあ、キョンは必要があって一般人枠を与えられているわけだけど。

 初恋みたいなものだったからちょっとは嫉妬するけど、まあ最終的にはハルヒとの仲を応援するつもりでいる。俺はハルヒのことも大好きだし。好きな人が好きな人とうまく行くところを見て見たいってのも、ある。

 そこまでこの夢物語が続いたら、の話だけど。ソシャゲコラボくらいのシナリオボリュームなら、ハルヒと会って一個イベントが起きて解決して帰還ってのが妥当な攻略手順だろう。


「あなたと涼宮ハルヒには自分の能力を自覚、共有し、予測できない危険を生む可能性もまた存在している。それを制御し、内側から凍結する役割、それがあなた」

「え~。俺、別になにか能力が芽生えても悪用するつもりはないけど」

「あなたが存在しているから」

「いるだけで悪いとか詰んでね? あーでも、もう少しだけここにいたいなあ。やっぱりメインの登場人物はコンプしたいし。長門にはどのくらい俺がいるのか、とかもやっぱりわかったりするのか? 明日までは最低でもこの世界にいたいんだが」

「いて」

「えっ、キュンときた」


 長門的には俺とハルヒを会わせたいらしいので、そういう意味なのだろうとわかっている。でも、こういう言い方するのってすごく可愛くてちょっと狡いよなあ。

 さて、ここで問題なのが、涼宮ハルヒという人物に俺のようなモブがすり寄る隙がないってところだ。ハルヒが目をつけるほどの能力がないのならば、接触すら難しいかもしれない。なにせ、てきとうに集めた団員が宇宙人や未来人や超能力者っていうくらいの怪奇狩りの達人。キョンがいるのに、今更どんな一般人枠を欲しがるというのだろう。

 それと、どうやら今の言い分では長門は俺に能力があっても明確に伝える気はないのかもしれない。もしくは、俺がお願いしたふわふわ理論では説明できないって可能性もある。俺がもっと頭が良ければなあ。

 俺はすかすかの頭を振り絞って一生懸命考察サイトの内容を思い出そうとした。結果的に言うと、こんな状況の考察はなされていなかった。

 そりゃそうだ。誰も実際に長門にあったことはないのだから。とりあえず長門が言うならハルヒに会えることだけは確定として、それ以上は細かく考える必要はないのかな。丸投げってことはないよな?


「俺のことについて出来るだけわかりやすく頼めたりとか」

「そのうちわかる」


 そりゃわかりやすい。だって俺は長門を信じてるから。

 やおら立ち上がる小さい背中の後にカニ歩きでついていく。締め切られた部屋が一つ。その隣の部屋を指差して、長門はまた突っ立ったまま動かなくなった。


「寝て」

「寝てる間に時間が急に進んだりは」

「しない」

「ちなみにシャワーとか借りられる? 服は、どうしようかな」

「わかった」


 長門はシャワールームがあるらしき方向を指差して「どうぞ」とだけ返した。俺はいまさら手持無沙汰になっていた眼鏡を、同じ言葉を言って彼女に返す。

 無論、一日分の汗を流したかった。それもある。あるが、確認しなければならないことがあるっていうのが今一番重大な風呂に入る理由だ。確認なんてしたくないけれど、しなければならない。そうしなければ、俺は無意味にカニ歩きをするおかしな性質で居続けることになってしまう。なにを確認するかって? そんなことは一つに決まっている。

 なぜ俺が、さっきからこんなにも歩きにくいのかを。


「こういう流れかあ……」


 ──いや、気づいてはいたんだよね。脱衣所で俺は頭を抱える。こんな描写は省きたいんだが、こういうことは最初に開示しておくのが物語のセオリーなので仕方なく、本当に仕方なく俺は一瞬だけ目をやる。


 なぜ、足の間に妙なものがついているのか。


 愚問だ。代わりに失われた上半身の脂肪が移動したわけでなければ、答えは決まり切っている。俺は鏡を見る。顔は大して変わっていない。美容室で綺麗に染めてもらったハニーベージュの髪色もそのままだ。長さも肩くらいで、後ろで結んだまま。

 気持ち程度だが、2、3センチほど背が伸びているかもしれない。ほんの少し、手も大きくなっている気がする。骨格も、しっかりとした気がしないでもない。

 でも、ほんとうにわずかな違いだ。だから「コレ」さえなければ「アレ」さえ残っていれば、そんな変化にも気づかないで済んだはずだ。


「思ったことはあるよ。男体化ね。TS主人公、転生ではよくあるよね」


 独り言を呟きながら、俺は既にぽかぽかと温かい浴室に足を踏み入れた。長門も風呂とか入るのかな。それとも、俺のためにわざわざ特別に沸かしたのだろうか。蛇口をひねってシャワーを浴びながら、俺は思った。

 滅多な妄想はするもんじゃない。思いもよらない出来事が待ち構えていることを考慮にいれて、人はこんなこといいなできたらいいなの希望を口にすべきだ。でも、それをすっかり忘れちゃうのもまた、人の浅はかなところである。

 ちなみに、風呂でどこをどう洗ったかなんてことは、割愛させてもらおう。


 脱衣所に戻ると大きなバスタオルが用意されていた。どうやって入手したのかボクサーパンツと、上下のスウェット。俺はそれを身に着けながら、もしかして先ほどからの長門への接触はセクハラに該当するんじゃないかと心配になってきた。長門、男にハグされても突き飛ばしたりしないだろうしなあ。

 入浴前にはなかったドライヤーで髪の毛を乾かすと、清潔なシャンプーの香りがする。これって長門が普段使っているものなんだろうか。その割に、あいつ全然匂いがしないけど。

 じゃない。待て待て。何が匂いだ。これって、本当にまずいんじゃないだろうか。既に現在この家には男女二人が寝泊まりしているとはいえ、そして俺のメンタルは女であるとはいえ、さすがに一つ屋根の下にこんな状況ってダメなんじゃないだろうか。情報統合思念体が「娘になにをする!」って怒ってきたりしたらどうするんだ。いや、しないだろうけど。


「あー、長門」

「なに」

「ごめん」


 風呂から出るなり謝る俺に対して「なにが」という顔で長門は見上げてくる。制服姿のままだ。ちゃんと眼鏡はかけなおしている。うん、やっぱり眼鏡はある方がかわいい。眼鏡がある方がかわいいって言ったらセクハラかなあ? もうわかんないな。メンタルは女って言ったけどそういう機微がわかんないなら俺のメンタルはおじさんかもしれない。


「いや、こう……不用意に触ったりして」

「いい」


 長門は答えあぐねる俺にもう一度「いい」と言った。そうして、再度寝室を指差す。俺は隣の部屋の戸をちらりと見た。あそこには、朝比奈さんとキョンくんがいる。詳細は省くが、あの二人が原作で同衾(?)している時点でありなのかもしれない。ただ、これを出会ったカウントにされたらちょっと寂しいな。


「ハルヒだけじゃなくて、みんなに会いたいけど」

「へいき」


 独り言に、返事がある。


「お前が言うなら、これほど安心できる言葉もないな」

「そう」


 俺は長門の頭を撫でる。長門はしずかに俺を見ている。無感動な彼女に微笑みを返して、俺はふかふかの布団に寝転んだ。じわじわと睡魔が襲ってくる。なんだか、とても疲れた。

 今日も一日よく働きましたからね。そういえば、俺はいつの間にお弁当の入った袋をなくしたんだろうか? などと思うけれど、それも寄せては返す微睡にかき消されていく。


「……おやすみ、長門」

「おやすみなさい」


 ちゃんと挨拶が返ってきて、俺は安心して布団を被る。ぱちん、と音がして暗闇に包まれた。影だけしか見えない長門が扉を閉めると同時に、自分の瞼が降りてくる。

 ふかく、ふかく。意識の内側にある海に沈んでいく感覚がある。砂浜に波が寄せては返して、そこにきらきらとひかる石が転がっている。俺はそれを拾い上げる。これを約束の石にするんだ。

 誰かが、俺を見て笑っている。


 ──夢を見た。


 ハルヒが俺を呼んでいた。

 道の真ん中で、大きな声を出して俺を探していた。

 頭が痛くて寝返りをうつ。

 俺はそれに気づかないで布団に入っている。

 気づかないで、ハルヒのことを考えていた。

 ハルヒに会いたいな。会えないのは知ってるけど。

 でも、もしも会えたらどんなことを話そうかな、なんて考えていた。


「やっぱりダメね! 見つけたら縛りあげて逃がさないようにしなくちゃ!」


 なんだか物騒だったので、聞かなかったことにして、布団をかぶった。

 目覚めたら、夜だった。

 夜で、そこは外だった。

 昔からそうだ。なんとなく、まだ寝ていないといけないと思いながら。

 ぼんやりしたまま歩き回ってしまう。

 知らないマンションの扉を叩く。これも違う。ここも、違う。

 なにか大切な記憶を、閉じ込めたのはどこの部屋だったんだろう。はやくしないと間に合わないのに。


 世界が暗い。校舎が青い。俺の上履きは、片方ない。

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