第24話

 最後にナジュと話したあの日から、どれほど経った頃だったでしょうか。ナジュが結婚するという話を聞きました。いくらなんでもまだ早いのではないかと個人的には思いましたし、そう言う人もいましたが、本人と家族はそうは思っていなかったのでしょう。

 結婚式の日、村は常として強制的にお祭り騒ぎとなりました。病人と老人以外は、参加しないと祝福していないと思われるという妙な同調圧力があり、わたしも参加して、料理を取り分けるのを手伝ったり、ナジュと、タリアの夫よりもさらに年上の夫が踊っているのに合わせて手拍子をしたりしました。

 ナジュと新郎、そしてその家族は、常に笑顔で幸せそうでした。あえて少し距離を取ったわたしのことは、その他大勢の一人としか思われていないようで、わたしは安堵しました。嫌味でも言われるのではないかと、内心はびくびくしていたのです。

 昼から続いたお祝いは何時間も続き、日が暮れてきました。楽隊は疲れた様子で演奏をやめて飲み食いを始め、温存されていたらしい桃酒が出てきて、親族を中心に回されました。わたしのところには回ってこなくて、水を飲んでいましたが、氷の入った桶で冷やされた水だというだけでありがたがりました。

 ちなみに、結婚式にはわたしの両親も参加していました。先ほど言ったように、参加を迫る同調圧力があったので、結婚式には参加するのが当たり前だったからです。母は配膳や片づけを手伝い、父は男たちが集まっているテーブルの周りにずっと座っていました。しかし、空が橙色になってくる頃には、働く気がなくて酒も回ってこない遠い関係の人たちは帰り始め、その中には父も含まれていました。タリア夫妻も参加していましたが、いつの間にか姿がなく、ヒューは女性たちと一緒に周りに気を遣いながら立ち回っているようでした。

 人が少なくなり始めても、酒が回ったこともあって親族たちは盛り上がっていて、ナジュも酒に顔を赤くしながら歌ったり踊ったり。しかし、しばらくするとさすがに疲れたのか、新郎の隣に落下するように腰を下ろしました。

「みんな、今日は集まってくれてありがとう」

 突然スピーチを始めるナジュに、親族たちは手を叩き、「おめでとう!」と声をかけました。

「まだ結婚は早いんじゃないかって言う人もいるけど、わたし、ずっと結婚にあこがれてたの。お父さんとお母さんみたいな、素敵な夫婦になりたいって」

 そう言ってナジュは笑顔の両親を見ました。

「わたし、お父さんとお母さんをお手本に、素晴らしい家庭を築きたいと思います。お互いを思いやって、ずっとお互いだけを見続ける夫婦でいたいな。浮気したら許さないからね」

 そう言って、ナジュはいらずらっぽく新郎をつつきました。新郎が「きみこそ」と返すと、ナジュは笑いました。

「もし、わたしがこそこそ男の人と会ったりしたら、殺してくれても構わない。そんなこと絶対にしないから。だって、あなたがいればわたしは満足だもの。満足できない人はかわいそうだよね。夫にひどいことされてる人は、ほかの人に逃げだって仕方ないと思う」

 周囲の人々は、一人でしゃべるナジュを弛緩した顔で見ていました。

「むしろ、そういう人のことは助けてあげるのが本当の男だと思うよ。それが不道徳な方法であってもね。だからわたし、ヒューのことを尊敬してる」

 わたしは、ナジュがなにを言っているのかわかりませんでした。しかし、人々の顔に現れたのは戸惑いではありませんでした。緊張が走ったのです。

「ヒューみたいな優しい人に慰められたら、きっと痛みも和らぐでしょうね」

 そう言ってナジュは声を上げて笑いました。少し前まではお祝いの雰囲気に満ち溢れていた空気は凍りつき、みんなの無表情な顔は一様にナジュとは別方向へ向けられていました。その先にいたのはヒューです。そしてその背後には、母がいました。その唇は、震えていました。

 ナジュは、「もうそろそろ疲れたから帰ろうかな」とふらふらしながら立ち上がり、準備をしてくれた人やこれから片づけをする人への言葉はなにも残さず、家族を従えて新居へ行列をつくっていきました。

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