王子と素直じゃない親友

 うちのクラスには、王子と姫が居る。


 王子はスポーツ万能、陸上部キャプテンでエースの奈津希。なっちゃんは大会に出ると、無自覚に他校の女の子を誑かしてくるから要注意。自他共に認める雪菜の旦那。尚、雪菜は認めていない。


 そして姫は、入学してから学年1位をキープし続ける秀才の雪菜。なっちゃんに対しては、ツンデレ。



「雪菜、旦那が浮気してるけど、いいの?」

「だから旦那じゃないって」


 否定しながらも、その視線は厳しい。視線の先では、後輩の肩を抱いて笑っているなっちゃんの姿。


 体育祭当日、学ランを着たなっちゃんはそれはもうイケメンだった。

 ここって女子校よね? と疑いたくなるくらい普段からキャーキャー言われているのに、学ランなんてプラスされたらこうなるのも必然か。


「まあ、あれはしゃーないわ。キラキラオーラが半端ないもん。休憩終わる前にあの人数写真撮れるのかね?」

「うちの部活の後輩なんてかなり前から、絶対写真を撮ってもらうって張り切ってたよ」

「あー、あれはダメだわ。抱きつかれてるじゃん」

「あ、あれうちの後輩だわ。雪菜、ごめん」

「別に、私に謝る必要なんてないよ」


 後輩に囲まれたなっちゃんが後輩に抱きつかれていて、そんな後輩の頭をぽんぽんしているのを目撃してしまった。友人たちと話しながら横を見れば、雪菜の目がすうっと細められた。


 なっちゃん、嫁の機嫌が最悪だぞ……クラスの応援席に集まっていた友人たちと顔を見合わせて苦笑した。


 その後も距離が近すぎるなっちゃんに、こっちがヒヤヒヤする。隣から冷気が漂ってくるから早く来てください……


「あ。英美里まで合流したじゃん」

「うわ、チャラいイケメン来たわ」

「円香、落ち着いて、ね?」

「大丈夫。落ち着いてるから」


 そんなことを思っていれば、なっちゃんと人気を二分する英美ちゃんが合流したことで更に盛り上がっていて当分戻ってくる様子はなさそうだった。

 あーあ、英美ちゃん真っ直ぐ私のところに来てくれればいいのにな……



「ゆきちゃーん! 見て見て! 似合う? 似合う?」


 写真を撮り終えて、なっちゃんが笑顔で雪菜の元へ駆け寄ってきた。置いていかれた英美ちゃんが苦笑しながらその後ろを歩いている。え、近くで見ると英美ちゃんイケメンすぎ……


「似合ってるんじゃない」

「えぇ、ゆきちゃん、冷たい……」


 褒めてくれると思ったら冷たい視線で見られて、悲しげに座り込むワンコ。


「ゆきちゃん、怒ってるの?」

「なんでそう思うの?」

「えっ、後輩と写真撮ったから」

「別に写真は好きにしたら」

「抱きつかれたから? ごめんね? 特別な意味なんてないよ」

「チャラい」

「ごめんってぇ……ゆきちゃんゆるしてぇ」


 座り込んで、上目遣いで謝るなっちゃんはまるで飼い主に叱られたワンコ。ただし大型犬。


 こんなふうになっちゃうのは雪菜の前でだけだから、見慣れていない後輩達の悲鳴が聞こえた。

 私たちはもはや日常だから慣れたけど。


「分かったから、椅子座って」

「うん」


 私とは反対側の椅子に座って、チラチラ雪菜を気にしていたけれど、雪菜から話しかけてくれないことを察したのか明らかに落ち込んだ。ものすごく分かりやすい。


「あ、もう時間みたいだよ。なっちゃん、行ってらっしゃい」

「……うん。行ってくる」


 結局気まずい雰囲気のまま、応援合戦の時間になってしまった。この調子で応援合戦大丈夫? ちゃんと切り替えられる?


「ふう……なっちゃん」


 背を向けてとぼとぼ歩き出したなっちゃんを見兼ねて雪菜が呼び止めると、振り向かずにその場で立ち止まった。


「かっこいい所見せてね? 楽しみにしてる」

「……!! うん! 見せる! ゆきちゃん、私だけ見てて」


 心底嬉しそうに笑ったかと思えば、独占欲炸裂。なっちゃんの笑顔に、キャー!! と歓声が上がった。


「ちゃんと見てるよ。頑張れ」

「ゆきちゃん、ありがと。大好き」

「知ってる。みんな待ってるから、行っておいで」


 あの、お2人さん? ここ、2人だけじゃないからね? 周りに沢山いるからね?


「うん。終わったら一緒に写真撮ってくれる?」

「さっき沢山撮ったでしょ?」

「ゆきちゃんとは撮ってないもん。それに、ゆきちゃんにしかお願いしない。嫌?」


 聞きました? 何人と写真を撮ろうと、なっちゃんが一緒に撮りたいって思うのは雪菜だけ、ってことで良い?

 チラ、と周りを見れば、同じことを思ったのかみんなニヤニヤしている。


「……いいよ。着替えの時間あるの?」

「ある。……ゆきちゃんが手伝ってくれれば」

「ええ、手伝い必要?」

「必要!」

「あ、ほら、早く行かないと」

「うん。ゆきちゃん、終わったら教室来てね! 絶対!」

「はいはい」


 私達は何を見せられているんでしょうか……? これでこの2人付き合ってないんだよ? なんでなの?



「円香。2人のことばっかり見てないでさ、こっち見たら?」


 2人を見ていたら、英美ちゃんに不満げに見下ろされた。ほんっとにイケメン……!


「ちょっと待って、英美ちゃんかっこよくて見れない」

「奈津希よりかっこいい?」

「うん。英美ちゃんの方がかっこいい」

「よっしゃ。やる気出たー! 頑張ってくるわ」

「頑張れ」

「着替えてすぐ戻ってくるから」

「待ってる」


 ぽん、と頭を撫でて少し先で待っていたなっちゃんと並んで歩いていった。めちゃくちゃかっこいい……すき。


「こっちはこっちで激甘」

「この4人さっさとくっつけばいいのに」

「ほんと」


 私たちまであの2人と一緒にしないで欲しい。あんなにイチャイチャしてないよ。それに、英美ちゃんは自分の事には鈍感すぎて多分気づいてないし。



 少し前に大歓声の中応援合戦が終わり、なっちゃんと共に、約束通り着替えの手伝いに行った雪菜が戻ってきた。ちなみに、英美ちゃんはとっくに戻ってきて、あの2人イチャイチャしすぎって笑ってた。


「2人ともお帰り。奈津希、めちゃくちゃかっこよかった」

「ほんとかっこよかったよー! 歓声が凄かった」

「うわ、嬉しい。ありがとう!」


 クラスメイトから褒められ、嬉しそうに笑うなっちゃんがチラッと横を見た。


「ゆきちゃん、かっこよかった?」

「さっき言ったじゃん」

「何回だって聞きたいもん」

「知らない!」

「わ、ごめん! 怒らないでぇー」


 はい、通常運転。きっと、2人の時には雪菜がデレたんでしょ。もう付き合えばいいのに。


「あのさぁ、それで付き合ってない、ってなんでなの?」


 あ。私の代わりに友人が代弁してくれた。そう思うよね。


「私は大歓迎なんだけど、ゆきちゃんがねぇ……恥ずかしいんだよね?」

「恥ずかしくなんてないですー」

「うん。そうだよね。今はまだ、それでいいよ。ゆきちゃんのそばにいられれば、なんでも」


 そう言って愛しい、って感情を隠さないなっちゃんに、こっちが照れる。


「うん。このままでいいわ。今でさえバカップルだもんね」


 友人の言葉に、みんな頷いた。これ以上甘い空気を出されたらどうしていいか分からないし?


「カップルじゃないし!」

「うんうん。そうだよね。まだ違うもんね」

「なっちゃんはどっちの味方なの!?」

「それはもちろん、ゆきちゃん」


 なっちゃんの方が雪菜への想いが強そうに見えるけど、雪菜もちゃんとなっちゃんの事好きなんだろうなぁ、って。2人の距離感とか、空気感から分かる。


「ゆきちゃん、座ろ」

「うん」

「……あのさ、椅子、2つあるよね? ここ教室じゃないんだよ? 外よ? なんで普段通り雪菜を膝の上に乗せたの? そして雪菜もなんで乗ったの? さっきもこのセリフ言ったけど!」

「え? あ、つい……だって英美ちゃんと円香が!」

「まぁまぁ、ゆきちゃん落ち着こう?」


 あ、なっちゃん……抱きしめたら逆効果じゃない?


「降りる!」

「えぇ、そんなぁ……英美里なんとか言ってよ!」

「いやいや、そこは自分でなんとかしなよ。ねぇ、円香?」

「私に聞かれても困るって。まぁ、私はここが定位置だから降りる気は無いけど?」

「ほら、まどちゃんもああ言ってるし、ね?」

「……分かった」


 あ、なんか納得したっぽい?


「あー、もう、やっぱりあんたら付き合えば……?」


 呆れたような友人の言葉に、笑いが起きた。うちのクラスは今日も平和です。

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