関係を隠す気のない恋人と秘密にしたい私

 2020年 08月28日に別サイトで投稿済みのものを一部加筆修正しています。



 今日は会社の同期3人と久しぶりに飲もうと約束していた日。仕事終わりに会社の近くの居酒屋で愚痴や恋愛話で盛りあがり、既に2軒目のお店に移動している。


「はぁ……」


 少し前から誰かと連絡をとっていた相田 友美がため息を吐いた。


「来週末に合コンがあるんだけど、1人来れなくなったって……誰か来週空いてない?」

「私と梨沙は彼氏がいるから空いていても行けないよ」


 友美の言葉に岡田 緑が答えると、3人の視線が私に集中した。


「お願い! 菜月なつき、今回だけ参加してくれない?」

「毎回言っているけど、行かないって」

「そこを何とか! 相手側は企画部のイケメン揃いだよ? いい人見つかるかもしれないし。菜月は彼氏欲しくないの? 私は欲しい!」


 友美は最近彼氏と別れたばかりで、新しい出会いを求めて合コンに参加している。私は1度も行っていないけれど、毎回誘ってくる。


「菜月の恋愛話って全然聞かないよね。入社当時から何人かに声かけられてたのに」

「そうそう。菜月ちゃん、告白されてもみんな断っちゃってたもんね」

「実はもう相手がいるとか? そうなると相手がいないの私だけ……」


 合コンの話そっちのけで私の話題で盛り上がり始めてしまった。こうなると下手に口を挟まない方がいいので黙ってお酒を飲むことにした。


「で、菜月実際どうなの?」

「え、何が?」

「だから、菜月のお相手はどんな人なの?」


 話を全く聞いていなかった間に私に相手がいることは確定したみたいだった。


「なんで相手がいるってことになったの?」

「いつも菜月って恋愛の話になるとさりげなく話題逸らすじゃない? なんとなくだけど、相手がいるんじゃないかな? って思ってたんだ。他の2人も同じこと思ってたみたいで」


 露骨に話題を逸らしていた訳では無いけれど、付き合いも3年目とあって薄々感じていたらしい。遠慮がちに聞いてくる緑に、これ以上隠すのも難しいし、この3人なら大丈夫だと信じられるので秘密を話すことにした。


「みんな気づいていたみたいだけど、今付き合っている人がいるんだ。隠しててごめんね」

「やっぱりかー! これで彼氏無し私だけじゃん」


 私の言葉に友美がガックリと項垂れた。


「菜月ちゃん、相手ってうちの会社の人?」

「うん」

「私たちに言えない人? 相手から秘密にしてって言われてるとか?」


 不安そうに高木 梨沙が聞いてくるので、それはキッパリと否定しておいた。


「それは違うから大丈夫。どちらかというと、私の方から秘密にしましょうって言ってる感じかな」

「そうなんだ! 誰だろう?」


 あの人じゃない?

 いや、それなら企画部のあの人の方が、と3人が私と交流のある男性陣について話し始めた時にメッセージを知らせる通知音が鳴った。


「あ、ごめんメッセージ来たからちょっとスマホ見るね」


『仕事が予想より早く終わりそうなのだけれど、菜月は飲み会楽しんでる? もし同じくらいに終わるなら一緒に帰れるかなって』


 メッセージを見ると、恋人の藤宮 あきらさんからだった。玲さんは最近忙しいらしくゆっくり出来る時間が少なかったから、久しぶりに2人でのんびりと過ごせそうだなと嬉しくなった。


「そんなに緩んだ顔しちゃって、彼氏からの連絡かな?」

 

 顔を上げると、3人がニヤニヤとこちらを見ていた。


「え、そんな緩んでた? 残業してたんだけど、もうすぐ終わりそうって」

「それはもう。でも幸せそうだね」


 良かった、と言う緑も嬉しそうにしている。


「もうすぐ終わりそうってことは菜月は先に帰っちゃう? これからもっと話聞きたかったのに! まだ少し時間あるだろうし、帰るまでに色々話してもらうわよ」

「うわ、お手柔らかにお願いします。先に返事だけさせてね」


『一緒に帰りましょう! 3人とも私に付き合っている人がいるって疑っていたみたいで色々聞き出されそうです……いい機会なので玲さんのこと話そうと思います』


 玲さん、喜んでくれるといいな。


「うちの会社ってことは私達も知っている人だよね? あー、 もう直球で聞くわ。だれ?」

「友ちゃん、絶対面倒になったでしょ」

「言いたくない訳じゃないけれど、みんな驚くと思うんだよね」


 友美は少し考えていたようだけれど、梨沙の言う通り面倒になったんだと思う。いつかは話そうと思っていたけれど、今日だとは思っていなくて少し緊張気味の返事になってしまった。


「そんなに引っ張られると余計に気になるよ」

「だよね。えっと、営業部の藤宮主任なんだ」


 どんな反応が帰ってくるかドキドキしながら、ついに付き合っている人を報告する。


「営業部の藤宮主任って2人も居たっけ?」

「居なかったと思うけど……藤宮 玲さん1人じゃない?」

「藤野さんじゃなくて? あ、でも藤野さんは企画部か」

「えっとね、その藤宮 玲さんと付き合ってて」


 私の言葉に一瞬止まって、えー!? と3人の声が重なった。しばらくして落ち着いた所で、緑が興奮を隠さない様子で聞いてくる。


「まさか菜月の恋人が藤宮主任だったとは……想像もしてなかったわ。いつから付き合ってたの?」

「藤宮主任のファンが絶望するのが目に浮かぶね」


 梨沙の言う通り、会社の人達が知れば大騒ぎになるのは間違いない。

 玲さんは営業成績は常にトップで、それを自慢することもなく、気さくな性格から男女共に非常に人気が高い。

 外見も中性的で、余興で男装をした時にはそれは盛り上がったらしい。ちなみに、拝み倒して送って貰った写真はしっかり保存してある。


「もうすぐで付き合って1年になるかな。一緒に住んでからは半年くらい。玲さん、ファン多いもんなあ……」


 玲さんのファンが知ったら、と想像して思わず遠い目になった。


「びっくりしたけど、なんか納得。藤宮主任が恋人なら他の男に靡くわけないか。藤宮主任、その辺の男よりかっこいいもんね」

「1年も経ってるんだ! 菜月ちゃんと藤宮主任が付き合ってるって……なんかドキドキしちゃう」

「え、チューとかしちゃったりするの?」


 この3人なら、と思った通り好意的に受けとめてもらい安心した。というより、好意的すぎてびっくりしてる。テンションの上がった3人から根掘り葉掘り聞き出され、ある程度話したところで梨沙から水を渡された。


「菜月ちゃん、結構酔ってるよね? 大丈夫? お水飲んで」

「大丈夫! まだ飲める」

「いや、梨沙はまだ飲めるかって聞いてるわけじゃないんだけど。菜月は飲みすぎると寝るんだから程々に……ってもう寝てるわ」


 緊張と受け入れられた安心で、玲さんから連絡が来る前に飲みすぎてしまった。

 素面で話すのは恥ずかしい話題もあってペースが早くなっていたのも原因かもしれない。水を飲み、コップをテーブルに置いたところまでは覚えている。呆れた緑の声が遠くで聞こえた気がした。



 *****

 せっかくの金曜日なのに、仕事が山積みで残業になってしまった。

 とはいえ、今日は恋人の清水 菜月も飲み会だと言っていたから定時で帰っても特にすることは無いのだけれど。


 思っていたよりも仕事が早く終わりそうで、早く顔が見たいなと思い連絡をしてみたらすぐに返事が帰ってきた。


 一緒に住んでいるから家に帰れば会えるけれどやっぱり早く会いたい。

 私たちが付き合っているというのは私の友人くらいしか知らない事で、菜月は私に釣り合うようになったら、と仲のいい友達にも話していないと言っていた。


 そんな菜月が友達に話そうと決めてくれたことがとても嬉しい。今日のメンバーは同期の中でも特に仲のいい3人だと聞いていたから、最初に話すには適任だと思う。


『菜月の思う通りに。終わったら連絡するわ』


 返信をして、残りの仕事に取り掛かる。仕事を終え、聞いていたお店の前に着いて菜月にメッセージを送ってみるけれど、10分くらい経っても既読が付かないので電話をしてみることにした。


「菜月? 今お店の前に着いたのだけれど」

「すみません。菜月の友人の岡田と申します。菜月が飲みすぎてしまって寝ちゃっていて。良かったら中まで来ていただけませんか?」


 菜月はあまり顔には出ないけれど、許容量を超えるとパタッと寝てしまう。

 私以外の前で飲み過ぎないように、と言い聞かせているけれど、きっと今日は緊張と安心で飲みすぎたのだろう。


「藤宮主任、こちらです」

「岡田さん、ありがとう。今日はごめんなさいね」


 個室の前に岡田さんが待っていてくれたので靴を脱いで中にお邪魔させてもらうと、入口すぐに菜月が横になって寝ていた。


「玲さんだ~ おかえり~」

「ただいま」


 菜月の隣に座ると、声に反応したのか菜月が目を開けてふにゃっと笑って言った。

 起きたのかと思ったけれど、私の膝を自然と枕にして再び目を閉じたので、無意識の行動だったみたい。


「相田さんと高木さんだったかしら。ごめんなさいね。突然お邪魔してしまって」

「いえ、全然問題ありません! むしろ嬉しいです」

「菜月ちゃんがあんなふうに笑うの初めて見ました。疑っていた訳じゃないですが、本当にお付き合いされているんですね」


 菜月を膝に乗せたまま2人を見ると、相田さんはなぜか目を輝かせていて、高木さんは菜月の行動に頬を緩ませている。


「菜月からも色々聞いたんですが、良かったら藤宮主任からもお話聞かせてください。お酒何にされますか?」

 岡田さんがメニューを渡してくれたので菜月が起きるまで一緒に飲むことにした。


 *****

 頬を撫でられて擦り寄ると、クスッと玲さんが笑った。

 居酒屋の座布団で寝ていたと思うのだけれど、玲さんの膝枕に変わっている。


 いつの間に帰ってきたんだろう? と疑問に思ったけれど、もう少し堪能したくて、玲さんの腰に手を回してお腹に顔うずめた。

 頭をぽんぽんされたので顔を上げると、玲さんが優しく微笑んでいた。


 身体を起こし、玲さんの唇に吸い寄せられるように顔を近づけ、もう少しで唇が触れる、と思ったら手のひらでガードされた。


「なんで押さえるんですか」


 むう、と思いっきり不満気な声が出てしまった。


「菜月、甘えてくれるのは可愛いし嬉しいけれど、今どこにいるか分かっている?」

「どこって、家じゃ……」


 途中まで言いかけて、はっと周りを見渡すと正面に3人が座っていて、お酒を片手にニヤニヤこちらを眺めていた。寝ぼけていたこともあって、完全に油断していた。


「なっ……」

「既読が付かないから電話をしたら岡田さんが出てくれて。菜月が起きるまでお邪魔していたの」


 驚きすぎて言葉が出ない私に玲さんが説明してくれる。


「菜月ちゃんって結構甘えるタイプだったんだね~?」

「特等席でイチャイチャが見れて眼福だったよ。あー、動画撮っておいたら良かったな」

「緑、私撮ってたから後で見る? ……あ、消した方がいいですよね?」


 梨沙が意外、と言うけれど、さっきは寝起きだったからで、普段はそこまでじゃない……と思う。


 友美が玲さんを見ながら聞いているけれど、隠し撮りはダメだと思うな。そしてなぜ私ではなく玲さんに聞くのか。


「友美、すぐに消して! 玲さんも映ってるだろうし。ですよね?」

「そうね。……相田さん、消したふりして後で送って貰える?」

「ちょっと玲さん! 聞こえてますよ!」


 やっぱり玲さんもそう言うよね、と安心したのにまさかの裏切り。玲さんから許可が出て、3人は動画を見て盛り上がっている。


「玲さーん、なんで許可出してるんですか」

「寝起きの菜月って素直で可愛いから、いつか撮りたいなと思っていたのよね。ごめんね?」


 玲さんにすがりつき、情けない声で抗議する私の頭を撫でてくれながら、小首を傾げそう言われて抵抗を諦めた。

 普段はクールな癖にあざとかわいい。絶対その仕草に私が弱いのを分かっててやっていると思う。


「また菜月がイチャイチャしてる! なんかいけないものを見ている気になるよ。もう2人の周りがピンクに見える。はー、尊い」

「友ちゃん落ち着いて?」


 これは推せる、とおかしなテンションになっている友美は梨沙に任せておけば大丈夫だろう。


「さて、そろそろ解散しますか。菜月も早く帰って藤宮さんとイチャイチャしたいだろうし」


 緑がそう締めようとするけれど、最後の一言は余計だと思うな。



「私たちまでご馳走になってしまってすみません。ありがとうございました。また今度楽しみにしています」

「突然お邪魔したのだし、気にしないで。ええ、また今度」


 玲さんの仕事が終わったら私だけ先に帰る予定が、私が寝てしまった事で結局みんな一緒に解散することになった。

 お会計は玲さんがさっと払ってしまい、割り勘にしたい私たちと受け取らない玲さん、としばらくお互い引かなかったけれど、次回は割り勘にしようということで落ち着いた。


 3人は玲さんとまた飲める事に喜んでいるけれど、次は飲み過ぎないようにしよう、と1人気を引き締めた。



 ****

「玲さん、お風呂先にどうぞ」

「そこは一緒に入ろうって誘ってくれるところじゃないの?」


 家に着いて、まずお風呂の準備をした。

 お湯が溜まったので玲さんに先に入ってもらおうと声をかけると、別に入ることに難色を示された。


 一緒に入るのが嫌な訳では無いけれど、ここしばらく玲さんが忙しくてすれ違い生活だったので、ただお風呂に入るだけですむ気がしなかった。お酒も飲んでいるし、絶対逆上せると思う。


「疲れてるでしょうし、ゆっくり入ってきてください」

「そんなに警戒しなくても菜月も私も飲んでるし、お風呂では何もしないって。それともして欲しい?」

「やっぱり怪しいのでおひとりでどうぞ」

「そんなに拒否されると余計に一緒に入らなきゃって思うわ」


 逃げきれず結局一緒にお風呂に入り、私は予想通り逆上せてしまった。

 ソファにぐったりと横になり、水を取りに行った玲さんを恨めしげに見つめた。何もしないとは何だったのか。

 拒否しなかった私も悪いけど。というか玲さんに迫られて断れる人がいるのだろうか?


「無理させてごめんね。一緒に入ったらやっぱり触れたくなって、触れたら止められなくて……怒ってる?」

「怒ってないですよ。ね、ぎゅってしてください」


 水を渡してくれながら恐る恐る聞いてくる玲さんに向かって両手を広げると、嬉しそうに笑って抱きしめてくれた。

 化粧を落とし、髪をタオルで拭いただけの玲さんがイケメンすぎて辛い。


 すっぴんなのにこんなに綺麗でかっこいいなんて反則だと思う。なんでこうも顔面偏差値が高いのか。

 こんな風にリラックスした姿を他の人は知らないと思うと勿体ないな、と思うけれど、今以上に人気になっても困るし、私だけの秘密にしたいので私しか知らなくていいと思い直した。


「そろそろ体調良くなってきた? 起きられそうなら、髪を乾かして寝ようか」

「んー、もうちょっとぎゅっとしててください」

「そんなに可愛いこと言っていると、ここで襲うよ?」

「起きました!」

「なんだ起きちゃうのか。残念」


 玲さんの目付きが変わり耳元で囁かれた。意図的に低めの声を出すのはやめて欲しい。こういう時の玲さんは大抵本気なので急いで起き上がった。



 歯磨きをしながら、髪を乾かしている玲さんを眺めていると、鏡越しに目が合った。


「菜月、見すぎ」

「玲さんってやっぱり綺麗だしかっこいいなって思って。ずっと見ていられます」

「いきなり? 菜月の好みなようで何よりね。ほら、乾かしてあげるからこっちに来て」


 玲さんが髪を乾かしてくれると言うので、素直に甘えることにした。


「随分伸びてきたね。このまま伸ばすの?」

「特にこだわりはないですが、玲さんは髪長い方が好きですか?」

「菜月ならどんな髪型でも可愛いから正直なんでもいいかな」

「前から思ってたんですが玲さんは私に甘いですよね」

「恋人に甘いのは当然じゃない? これでよし。私も歯磨きするから、先に寝室に行っていて」



 ベッドに腰掛けてスマホをいじっていると、部屋に入ってきた玲さんに押し倒された。


「明日は休みだし、ベッドから起きられなくても問題ないよね?」

「いきなり不穏!」

「今日、菜月が寝ている間に色んな話を聞かせてもらったのだけれど、不安にさせている? 」


 至近距離で見つめられて思わず顔を背けると、頬に手が添えられて正面に固定された。


 表情は真剣で私の表情を見逃さないようにしているみたいだった。


 玲さんは普段から気持ちを惜しまずに言葉や態度で伝えてくれるけれど、私は自分に自信がなくて、玲さんには他にふさわしい人が居るんじゃないか、離れた方がいいのか、と時々考えてしまう。

 酔っていたこともあってついこぼした弱音を誰かが玲さんに伝えたのかもしれない。


「玲さんは仕事が凄く出来て、優しくて気さくだし、綺麗でかっこいいし。人望もあるし周りの人から慕われていて。いい所を挙げたらキリがないですけど、そんな凄い人の相手が私で、関係が広まっちゃった時に玲さんにとって私の存在がマイナスにならないかなって」

「誰よそれ。周りの人に何を言われようと、私には菜月だけ。他の人なんて目に入らないから安心して欲しいし、不安にならないくらい、何度でも言うわ。私が愛しているのは菜月だけ。いっその事、こんなに可愛い人が私の恋人なんだ、と公表してしまいたくなるわ」

「公表なんてしたら大変なことになっちゃいますよ。相手が私なら自分も、って志願者が続出しますよ? 自分の人気を自覚してください」

「どうしてそんなに自己評価が低いかな? 少なくとも、私は今まで通り隠すつもりは無いからね」


 そう言って優しくキスをしてくれ、その夜はどこまでもマイナス思考になってしまった私を甘やかしてくれた。



 目が覚めて隣を見ると玲さんは居なくて、スマホを見るともうお昼を過ぎていた。寝すぎたらしい。起き上がると、ちょうどドアが開いて玲さんが入ってきた。


「おはよう。ご飯作ったけれど食べられそう?」

「わ、美味しそう!」


 玲さんが作ってくれたのはお店で出せそうなふわとろオムライスとサラダだった。ちなみに玲さんは料理も得意。


 何でこの人はこんなにハイスペックなのか。そんな玲さんだけれど、朝は弱いので朝ごはんは私の担当だったりする。

 玲さんより早く起きて無防備な寝顔を堪能するのが至福の時間。玲さんには秘密だけれど。


「今日はどこか行きたいところはある?」

「食料品を買いに行く他は、お家でのんびりしたいです」

「それじゃあ、買い物をしてのんびりしましょう。」


 私も玲さんも特に用事がなかったので、映画を見たり、散歩をしたり触れ合ったりと、充実した週末を過ごした。


 *****

 また1週間が始まってしまった、と憂鬱な気分で午前中の仕事を終え、昼食を食べに食堂へ向かった。

 外に食べに行く人も多いけれど、安くて美味しいので大抵食堂を利用している。ちなみに、食堂は2箇所ある。豊富なメニューから天ぷら蕎麦を選び、大体この辺の空いている席、と決めている場所に向かうと、既に緑と梨沙が待っていた。


「菜月ちゃんお疲れ様。金曜日は楽しかったね! 週末はゆっくり出来た?」

「途中で寝ちゃってごめんね。土日はほとんど家でごろごろしてたかな」

「イチャイチャの間違いじゃない? 沢山甘やかしてもらった? 顔赤いけど何を思い浮かべたのかな~?」


「お、みんな早いね。今日は、スペシャルゲストを連れてきましたっ!」

「お疲れ様。私もご一緒してもいいかしら?」

「「もちろんです」」


 緑にからかわれていると、友美がなぜか玲さんを連れてきた。

 玲さんは普段こちらの食堂は利用していないのになんでいるんだろう? と考えていると、玲さんが自然と隣に座ってきた。


「菜月、お疲れ様。なんでいるの? って顔してるわね。今日はたまたまこっちの食堂近くで会議だったの。相田さんに会って、誘ってもらったから来ちゃった」

「そういう事ですか。玲さんも天ぷらですか?」

「いや、えびのフリッターって書いてあったと思う」

「へー、見た目分からないですね?」

「衣が違うんだったかな。気になるなら食べてみる? はい」

「あ、美味しい。じゃあ私のもどうぞ……って玲さん、それ私が食べ途中だったやつ!」

「うん、こっちも美味しい。」

「聞いてないし」



「なんかつい最近こんな光景を見た気がするよね」

「菜月ちゃん、完全に会社にいるって意識がなさそう」

「藤宮さんを連れてきた私偉い! 今のあーんとか自然すぎない? 尊すぎ」

「藤宮さんは分かっててやってそうだし、このままにしておいても面白いけど目立ってるから教えてあげる? 梨沙、教えてあげたら?」

「え、緑ちゃんが教えてあげてよ。友ちゃんは……無理そうだね」



「そういえば、メールをしようと思っていたのだけれど、明日から2泊の出張になってしまって。今日も遅くなりそうだから、菜月は先に寝ていて」

「随分急ですね。それなら荷物用意しておきますよ?」

「助かるけれど、もし時間に余裕があったらでいいわ。ありがとう。ちなみに、こんな感じのスケジュールになっているから後で送っておくわね」


「あのー、二人の世界のところ申し訳ないですが……放っておくと菜月が立ち直れなさそうなので。菜月、ここ会社の食堂だよね?」

「うん。知ってるよ? ……待って。会社の食堂?」


 緑は何を当たり前な事を言っているの?と思ったけれど、周りを見渡してやけに注目を浴びていることに気づくと、さっきまでの会話が思い浮かんだ。


 え、セーフ? 仲の良い友人で押し通せる感じだった? ある程度の距離があるからほとんどの人が会話は聞こえていなかったと思うけれど、さっきも玲さんのスマホを覗き込んでいたし、友人にしては距離が近すぎたよね……


 玲さんがあまりにも自然に横に座って、いつも通り名前を呼ぶから、完全に普段通りだった。ちょっと色々とアウトな気がする。


 玲さんは確かに隠すつもりは無い、と言っていたけれど、会社で会うことは無いし、今までと変わらないと油断していた。私が3人に打ち明けたことで方針を変えたのかもしれない。


「菜月、顔が面白いことになっているわよ?」

「顔が面白いって酷くないですか。……藤宮さん」


 混乱中の私を見て、玲さんはくすくす笑っている。今更な感じはしたけれど、せめてもの抵抗に名字で呼んでおいた。


「名前で呼んでくれないの? まぁ、今日このくらいにして私は戻るわね。相田さん、お誘いありがとう。岡田さんと高木さんも突然ごめんなさい。菜月、またね」


 最後に私の頭にぽん、と手を置き、相変わらず注目している周囲へ微笑んで颯爽と去っていった。


「ねえ、今日って言ってた? なんだったの?」

「確実に分かってることは、今日だけで終わらないってことね。菜月、これは隠せないんじゃない? 潔く諦めたら?」

「いや、まだ私は負けてない! 諦めずにきっと勝ってみせる!」

「いつから勝負になったの? 菜月ちゃんって時々おバカになるよね……諦めも肝心だと思うよ?」

「はー、泊まりの荷物を用意しておくとか出来た嫁! そして気遣いを忘れない旦那……素敵」


 緑は諦めろと言うし、梨沙も同意見みたい。そして若干1名手遅れなのは気にしないことにする。私の味方は居ないようだった。


「明日、いや、もう今日の午後からかな? 騒がしくなるだろうけど頑張ってね。」


 緑の言葉に私の平穏が崩れ去る音が聞こえた気がした。隠すつもりのない玲さんと秘密にしたい私。果たして私は隠しきれるのでしょうか……

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