第6話 吸血姫は家で寝る。

 その日、私は夢を見た。

 いや、夢を見る事自体がほとんど無い私にとっては不思議な体験だった。

 そこは神殿だろうか?

 一般的な教会とは異なり荘厳そうごんさが一層いっそう際立きわだったつくりだった。

 なお、この時の私はなぜか神殿前に裸で立ち尽くしていた。

 すると、神殿内には以前どこかでお目にかかった女神様の顔立ちのようで紫銀髪かつ赤瞳の目立つ女性が真面目な表情で立っていた。


「おや? 姉上が興味を持ったというのはこの御方ですか」

「あ、貴女は?」

わたくしはルーティラスの双女神・ユランスです。空間をつかさどる女神にして万能の魔法を授ける者となります」


 私は御名みなを聞き驚いた。


(今、空間をつかさどる女神様と仰有おっしゃったわよね?)


 私は御名みなから〈魔導書アーカイヴス〉での基礎知識を瞬時に読み解き驚いた。それはなんらかのキッカケがなければ出会う事の無い女神様だと理解出来たのだ。先日お会いしたのは人族がまつる知の女神様であり、その方を姉上と仰有おっしゃっているから妹神なのだろう。

 ただ、その正体は亜人や魔族がまつる魔の女神である。

 私は異世界の者だから信奉するわけではないけれど。


(まぁ主なる原因はこの寝泊まりしている亜空間にあるだろうけど)


 そう思った瞬間。

 女神様は急にニコニコと微笑み──


「そうですね。貴女が思ったとおりわたくしは空間の女神です。実は亜空間に住まうことが出来るのは死を超越ちょうえつせし者・・・超越者ちょうえつしゃでなければならず、今までに例を見ない者が現れましたので、こちらにお呼びしたのです」

「種族的に超越者ちょうえつしゃなのは仕方ないですけど」

「いえ、従来の吸血鬼族は不老であっても不死ではない。貴女のような超越者ちょうえつしゃではないのですよ。それこそ亜人であるエルフ族と大差なく、唯一の違いは〈常夜じょうや〉に生きる者として〈常陽じょうよう〉のエルフ族との違いが明確に出ている事でしょうか?」


 私の疑問を置き去りにしながら思った事をそのまま口にするかのように望んでもない会話を一方的に行った。それはある意味で優しさのようだが、何かしらの意図がある所業だった。神とは等しくそういうものだというのが私の中での定説ていせつなので今更だが。

 ともあれ、女神様の語りは続く続く。

 私が相づちを打つだけで勝手に話を続ける女神様である。


「あとは人や魔物の血をすするという違いですね? その点で言えば」


 すると、不意に──


「〈触飲ドレイン〉ですか。持ちうる者の魂から生命力と記憶、を捕食し自身の糧となす。いやはや姉上は勇者を呼んだと思いきや・・・いえ、これは違いますね。あれらはすでに変質した者達ですから勇者ではないですね。これは失敬しっけい


 私がこの世界で授けられたスキルとは異なり生来のスキルが看破された。

 そこは女神様ゆえだからだろうが私本来の〈触飲ドレイン〉が別物と化した事が、この時判明した。私の〈触飲ドレイン〉とは生命力と記憶のみだと思っていた。あちらの世界ではそれが当たり前だった。

 しかし、この世界ではレベルアップにつながる経験値が存在していた事で、それすらも知らずに〈触飲ドレイン〉していたらしい。


(だからなのね? あの騎士が顔面蒼白で泡を吹いたのは)


 通常なら気絶までは行かずともほうけるだけで済むのだ。

 記憶も意図的に食べなければ読み取る事はない。

 だが、生命力だけは普通にいただくので、そこに経験値まで上乗せされたとするなら私は人族にとって──


(いえ、この世界の者達にとって災害ではないの?)


 そう思えてならなかった。

 すると女神様は微笑みから真面目な表情に戻られた。


「それは違いますね。貴女を天敵となす者は悪意ある者や害意ある者に限られており、そのことごとくを無力化するという我らが求めた者そのものですね。姉上はその点も含めて貴女を見込んだのでしょう。ですから私としても最大級の加護を授けようと思います。それは・・・〈空間跳躍くうかんちょうやく〉と申しましょうか? 場所を問わず行き来出来るスキルを授けました。転移魔法とは異なるスキルですので魔力消費は一切ありません。あとは〈魔導書アーカイヴス〉にせておりますので関連する〈時空系〉スキルの把握に努めてください。では失礼しますね」


 こちらも言うだけ言って私を元の場所へと帰すように離れていった。

 神とは不可思議かつ意味深な事を口走る者だと私は思うしかなかった。




  §




 一方、巽夏奏タツミカナデとは別の者達はというと。

 彼女が亜空間で眠りにつく前の事、城内では騒動が巻き起こった。

 それは──


竜王りゅうおう騎士団長閣下が衰弱した状態で発見されました! なお、全ての経験値が空っぽとなりレベルが1に戻っております!!」

「魔導開発部の扉破壊は原因不明です! 魔力が拡散して修復不可能です!」

「召喚の間にある隷属れいぞく魔法陣から魔力が霧散して使い物になりません!!」


 衛兵やら魔法使い達がそれぞれ、謁見室にて報告を行っていた。

 なお、その場は深夜ともあって国王不在であり宰相が一人で陣頭指揮を執り、報告をまとめていた。


「どういうことだ? なぜレベル低下が起きる。彼奴きゃつはなにかやまいでもわずらっておったのか? いや、先日の会合ではオーク肉をむさぼっておったし、レベルも101に上がったと申しておったな。はて? まぁよいか・・・扉の件は予備を設置せよ! それと魔導士長を直ぐに呼び出し検証させよ!」

「は!」


 まとめてもなお不可解な事案に出くわし、彼は謁見室に置かれた机に突っ伏し、頭を抱えて考える。しかし考えても無駄と察し頭を横に振るように報告にあった内容への指示を飛ばした。

 すると、今度は勇者達を管理する魔法使いが現れ──


「勇者殿達の正確な人数が判明しました! やはり一名だけ足りないようです! これは彼等の責任者たる者のげんですが、一名の女性だけが行方不明となっているそうです!」

「神官長を呼べ! この所業は見過ごせないぞ! 間違いとだけで見過ごしていたとあっては今後の士気に関わる!」

「は!」

「それと、召喚の間の衛兵が昏睡しておりまして」

「ぐぬぬ・・・一体なにが起きたというのだ」


 というように夏奏カナデが通った後の事だろうか?

 様々な問題が多発し宰相は混乱を極めていたのだった。

 すると──


「騒がしいですわね? そんなことよりも早く私の隣に来る者を寄越しなさい!」


 この国の姫であろうか?

 大忙しの謁見室で偉そうに闊歩かっぽする彼女はネグリジェ姿のまま勇者を求めた。彼女を見た宰相は溜息を吐きつつも首を横に振り姫へと具申した。


「いえ、まだお目通りするほどの者では御座いません。なにより今は王族教育とレベル上げを優先しておりますので、もうしばらく辛抱していただけますかな?」

「ふん! そんなものいつでも可能でしょう? 私は勇者様の隣で寝たいのですから、早く寝所しんじょに寄越しなさいね? でなければ・・・あとは判るわね?」


 姫の返答は無情にも自分勝手極まるものであり宰相は戦々恐々という面持ちで魔法使いに手配した。そのあとは言うにおよばずであり、肝心の勇者は一瞬で素っ裸になりながら姫が横になるベッドへと飛び込み・・・一夜を共にした。

 王族の婚前交渉とは・・・わたくしを思い知らされるわね。




 §




 一夜が明け・・・昼間だった世界は夕暮れ時の世界へと変貌していた。

 例えるなら私の主観時間という意味で夜が明けたのだが。

 実際は夕暮れ・・・逢魔おうまが時の様相ようそうていしていた。私は目覚めながらもカーテンを開け、外を見た。

 すると朝方のはずなのに夕刻だったのだ。

 それを見た瞬間、まだ寝られるという不思議な気分になったが眠気などすでに無く今が朝だという事だけが理解出来た。


「不思議なものね。時計が無いから判らないけど、この世界観に慣れるのは苦労しそうだわ。それこそ〈鑑定〉スキルに時計でもつけようかしら? あ? 出来たわね? 〈時間干渉〉スキルね。夢だと思ったけど本当に女神様の元へと、お呼ばれされたのね」


 そして夢と思っていた事も夢ではなく実際にスキルが増えていたのだ。

 言うなれば地図に示した場所に自身の意思で飛べるものらしい。

 これが転移魔法であれば一度行った事のある場所という制限が付くが、空間跳躍くうかんちょうやくはその上に属するスキルの一つなので〈遠視〉での認識が出来さえすればそこに飛べるという物だった。

 ただ、距離はともかく何故か高度制限が付いているけどね。


「〈遠視〉出来る範囲も拡がっているわね。それこそ大陸縁たいりくぶちまではこのまま移動出来そうだわ。まぁいきなり現れると面倒しか招かないから跳ぶなら路地裏がベストよね」


 私は寝間着を脱ぎながら、その日の私服に着替え亜空間のログハウスを出た。


(あとで食事と銘打めいうった魔物料理でも作ろうかしら?)


 そう、なにげに魔物の血肉は魔力の源となるそうだから。

 純粋魔力だけを吸うのではなく食べる事も楽しまないと生きてるって実感がわかないのだから。それが仮に超越者ちょうえつしゃであってもね?



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