第14話 暗闇の中の光


「何で? どうしておじさんから目を離したのよ!」


 後部座席で、半泣きのりん恭介きょうすけを糾弾している。その声を後ろに聞きながら、黒川はマンションの駐車場から車を出した。

 行き先は、中野区にある鷲須わしず義肢製作所。そこで爆発騒ぎがあったのだと、恭介の仲間から連絡があった。おそらく、木島が言った〈遥希はるき〉による同時多発テロのひとつだろう。


 支離滅裂な凛の言葉をまとめると────元ヒューマノイド技術者の鷲須を引き抜きに来た男がいた。たまたま居合わせた凛の義手につけられたヒューマノイドセンサーが反応し、彼女は鷲須が狙われるのではないかと不安を覚えた。しかし、鷲須本人とハンターである息子の恭介は取り合ってくれなかった────ということらしい。


(ヒューマノイド技術者がなぜ狙われる? ロボット排斥派か……おれのような被害者遺族の犯行か? いや、それなら〈遥希〉を使ったりしない。そもそもヒューマノイドを何体も手に入れるには、莫大な金がかかるはずだ……)


 黒川はフロントガラスを見つめたまま眉をひそめた。


〈遥希〉を使った爆破テロは、まず処理工場で起きた。あそこの職員も、元はヒューマノイド技術者だ。処理工場でどれくらいの被害が出ているかにもよるが、彼らを狙った犯人の目的が、もしも技術者の排除ではなかったとしたら────凛が言っていた〝鷲須を引き抜きに来た〟という言葉が気にかかる。


(まさか……狙いは処理工場にいた技術者だったのか?)


 あと一息で何かがつかめそうなのに、考えがまとまらない。

 勧誘に来た男がどんなヤツだったのか、凛からもっと詳しい話を聞く必要がある。

 黒川は伸びすぎた髪をグシャっとかきむしりながら、バラバラになったパズルのような情報のかけらを、必死に合わせようとしていた


 車が幹線道路を離れ商店街に入ると、「まもなく到着します」という女性の声が車内に響き渡った。


「そこだ! 止めろ!」


 恭介の言葉にあわててブレーキを踏む。

 商店街のはずれに、黄色い規制線の張られた一角があった。

 車が停止したとたん、恭介と凛が慌ただしく車から降りてゆく。黒川も、車を近くの駐車場へ止めてから彼らの後に続いた。


 鷲須義肢製作所は辛うじて全壊を免れていたが、酷い有様だった。

 鉄筋コンクリート三階建ての一階部分は壊滅状態。二階三階はわからないが、窓ガラスが割れている。明るい商店街にぽっかりと空いた暗い穴のように、規制線が張られたこの建物だけが暗かった。


「親父! 親父!」


 恭介の悲痛な叫びが聞こえた。彼は規制線の中にいる警官に押し留められている。その後ろにいる凛も、呆然と建物を見上げている。


「警視庁の黒川だ。中に彼の父親がいたらしい。わかるか?」

「いえ。居住者の情報は入っていません。中がいつ崩れるかわかりませんので屋内探査機を飛ばしましたが、映像にも体温センサーにも人がいた気配はありませんでした。通行人および周辺住人に被害はありません」

「そうか。どうやら無事のようだな」


 ホッとして呟くと、恭介が睨んできた。


「なぜ無事だとわかる?」

「〈遥希〉を無駄に爆発させるはずない。ターゲットはここに居たはずだ。それなのに血痕のひとつも残ってないってことは、親父さんは連れ去られた可能性が高い。おそらく、勧誘してきた男に拉致されたんだろう。危害を加えられる恐れはない」

「くっ……」


 恭介は悔しげに唇を噛んだ。父親を心配するあまり、冷静な判断ができなかった自分を恥じているのだろう。


(恥じる事などないのに……大切な人の安否がわからない時に、冷静になれる者などそういない)


 かつての自分を思い出しながら、黒川は規制線の中に立つ警官に目を向けた。


「被害者と犯人の遺留品を探したい。短時間で済ませる」

「どうぞ」

 警官が黄色いテープを持ち上げる。

「おい、中に入るぞ」


 規制線の中に入りながら顎をしゃくると、不満顔の恭介が動き出したが──。

「おまえはここで待ってろ!」

 後について来ようとした凛を、恭介が止めている。

「何でよ! あたしも手伝うよ!」

「ダメだ。いつ崩れるかわからないんだぞ!」

「危険なのはみんな一緒じゃない!」


 平行線をたどりそうな二人の言い合いに、黒川は口を挟んだ。


「凛、言うことを聞いてくれ。すぐに戻るから、ここで待っていてくれ」

「……わかった」


 凛は不満そうに唇を尖らせていたが、それ以上何も言わずに規制線の手前で足を止めた。

 ジャリっと、粉々になったコンクリートの破片を踏みながら、黒川と恭介は一階部分に踏み込んだ。


「あいつ、何であんたの言うことは聞くんだよ?」

「さぁな。おれがおっさんだからじゃないか?」


 ブツブツ文句を言う恭介を軽くあしらいながら、黒川はコートのポケットから小型のライトを取り出した。小さな光に照らされた部分だけ見ても、元の姿が想像できないほど破壊されているのがわかる。火事にならなかっただけマシだろう。


「親父が誘拐されたとしても、爆破したのはその後だろ? 手がかりがあったとしても粉々だ」

「見てみないとわからないぞ。親父さんが何か残しているかも知れない。探せるのはきみだけだ」


 チッと舌打ちしながら、恭介は黒川を追い越して奥へ入って行く。

 入口付近は壁も吹き飛ぶほど跡形もないのに、奥へ行くほど被害の度合いは低くなる。おそらく〈遥希〉は窓の近くで自爆したのだろう。爆破の威力も最小限だったはずだ。


(それとも、〈遥希〉が自爆した訳じゃない、のか?)


 今や希少となったヒューマノイドを自爆させるほどの価値が、この現場にあるだろうか。頭の中に芽生えた疑問がムクムクと大きくなってゆく。


「ここに裏口はあるか?」

「ああ。トイレの奥にある」


 道路に面した店舗の部分は粉々になっていたが、その奥は辛うじて壁が残されている。細い廊下の右側に狭い物置のような部屋があり、その向かい側に簡易キッチンとトイレがある。廊下のどん詰まりに裏口があった。

 外側に吹き飛んだ裏口のドアをくぐり、黒川は辺りを見回した。細い路地は住宅街に続いていて、見える範囲に街頭カメラはない。


(こっち側から出れば映像には残らないな)


 黒川は一階部分をひと通り見て回ってから、凛が待つ規制線の外へ出た。すると、先に出ていた恭介がポケットから腕時計を取り出した。


「トイレに、親父の時計があったんだ。置き忘れただけかと思ったんだけど、これ……聞いてくれ」


 恭介が音声データを再生させると、二人の人物の穏やかではない会話が聞こえてきた。


『────なので、あなたが頷いてくれないと、こちらも強引な手を使わないといけない』

『い、いやだなぁ……物騒なこと言わないで下さいよ。あ、ちょっと失礼。どうも年のせいかトイレが近くて』


 ハハハと笑いながら足音が聞こえ、音声は途切れた。


「親父はトイレに逃げ込んで、おれに連絡しようとしたのかも知れない。ドアのカギが壊されてたから、きっと強引に連れ出されたんだ」

 恭介は眉間に深い皺を刻み、沈痛な面持ちでうつむいてしまった。


「だから、あの外国人は危険だって言ったのに…………何で信じてくれなかったのよ!」


 凛が涙目で恭介をなじる。

 彼女の言葉に、黒川は固まった。


「外国人? 鷲須さんを勧誘しに来たのは、外国人だったのか?」

「え、うん。そう。金髪碧眼の若い男。リュシアン・ディディエって名刺に書いてあった」


 戸惑う凛の答えに、黒川の背筋を戦慄が走った。

 金髪碧眼の外国人。テロ対策課で見た街頭カメラの映像が頭に浮かんだ。


「それは、まさか……この男か?」

 黒川はコートのポケットから写真を取り出した。街頭カメラの映像からプリントしたものだ。

「そう、コイツよっ! どうして黒サンがこの男の写真を持ってるの?」

「こいつは……ヒューマノイドのバイヤーに〈遥希〉を売った男だ!」


 凛の叫び声が遠くなってゆく。

 黒川の頭の中でバラバラだったパズルのピースが、ひとつの絵を描き始めていた。


  

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