第13話 連鎖


「────りんのやつは、いったい何を心配してるんだろう?」


 近所の南欧風カフェでランチをつつきながら、恭介きょうすけはテーブルの向かいに座る父親に目を向けた。

 このカフェのおすすめは恭介が食べているスープカレーだが、甘党の鷲須わしずはニコニコしながらオムライスを食べている。


「いくら何でも、親父が狙われるわけ無いのにな」


「そう言うなよ。凛ちゃんはぼくを心配してくれたんだぞ。あの子はしっかりしてるけど、火事にあったばかりだしさ、ちょっと神経質になっているんだよ。それにほら、例の外人さんがヒューマノイドばりのイケメンさんだったのが、きっといけなかったんだねぇ。もちろんセンサーが点滅しちゃったのがいけないんだけどさ……」


 鷲須が面目なさげな笑みを浮かべる。


「修理したばかりで誤作動かよ。親父も腕が落ちたもんだな」

「ううっ……腕が落ちたなんて認めたくないなぁ。ちょっとショックだなぁ……はむっ」


 言葉とは裏腹に、鷲須は平然とオムライスをぱくついている。そんな父親の姿に、恭介は軽いため息をついた。こんな男を誰が狙うと言うのだろう。


「まったく、JKの思考回路にはついていけないな」

「あっ、そんなこと言ってると、恭介もおっさん認定されちゃうよ!」

「おれはまだ二十五だぞ」

「女子高生から見たら、十分おっさんかも知れないよ」


 にこにこ顔の父親から目を背け、恭介は無理やり窓の外を眺めた。

 秋晴れの空。買い物袋を下げた小母さんたちが、店の前をのんびりと行きかっている。この小さな商店街は平和そのものだ。

 凛がやたらと気にするから、昨夜のうちにリュシアン・ディディエという男を調べるよう仲間に依頼したが、今のところ何の連絡もない。おそらく何も出ないだろう。


(神経質……か。確かに、他人と暮らしてるだけでも疲れるだろうな)


 凛が一人暮らしをはじめた経緯を、恭介は知っている。だから、うちへ来いと言ったところで、彼女が首を縦に振らないことも理解している。

 父と子だけの男所帯だ。警戒されているのは、男として認識されているということだ。それだけで満足すべきだ。そう思っているのに、頑なに居場所を教えてくれない凛の行動が気になって仕方がない。

 意を決して、恭介は席を立った。


「親父。ちょっと凛の居候先に行ってみるよ。大丈夫だとは思うけど、おれが留守の間、店は閉めとけよ」

「わかった」


 ひらひらと手を振る鷲須と別れ、恭介は駅へ向かった。

 凛の学校へは地下鉄一本で行ける。帰宅する彼女の後をつけるには、身軽な方が良いだろう。火事にあったアパートは高校から徒歩圏内だったが、居候している刑事の家がそうとは限らない。

 凛が今どこで、どんな奴と一緒に暮らしているのか、今日こそ確かめなければ。



 〇     〇



 捜査から外された黒川は、複雑な思いのまま帰宅した。

 自分なりに出来ることはないかと考えてはみたが、警察を離れた自分に出来ることなど何もなかった。


『捜査状況は、ぼくが逐一報告しますから!』


 こっそりと言いに来てくれた木島。彼の情けに縋って、今は連絡を待つしかない。

 ザバザバと顔を洗って鏡を見ると、疲れた髭面のおっさんが見返していた。


「凛! 髭剃りどこ置いた?」

「ええー、洗面所にない?」


 リビングから声が返ってくる。鏡横の引き出しを開けると、昔ながらのT字剃刀が入っていた。

 髭を剃ったくらいで何かが変わる訳じゃない。それでも、幾ばくかの願いを込めて、黒川は髭を剃った。久しぶりに見る顎のラインに思わず苦笑する。


「少しは若返ったかな?」


 髪はまだボサボサのままだからお世辞にもさっぱりしたとは言えないが、少しはマシになった気がする。

 凛はどんな反応をするだろう。そう思いながら洗面所を出ると、玄関が騒がしかった。


「帰ってよ! 勝手に入らないで、きゃあ!」

 凛が誰かと揉み合っている。茶髪に黒眼鏡の優男だ。


「誰だ?」

 黒川が凛と男の間に体を滑り込ませると、男がいきなり胸倉をつかんできた。

「それはこっちのセリフだ! 何故おまえが凛と暮らしてるんだ! 名前と身分を明かせ!」

 ガクガクと揺さぶられながら、黒川は凛に目を向けた。


「こいつは、おまえの知り合いか?」

「う……うん」


 凛が困まり顔でうなずく。

 黒川は眩暈を覚えた。怒鳴り込んできた男が、例えば凛の友人の阿部勇樹あべゆうきならばまだ納得できる。しかし、黒川の胸倉をつかんでいるメガネの優男は、一度も会った覚えがないどころか、その存在すら知らなかった人間だ。


「おれは黒川龍だ。一応、警視庁テロ対策課の刑事だ」


 冷静に対応するが、相手は喰いつかんばかりの勢いで黒川を糾弾する。


「刑事がっ! 未成年の女子高生を家に連れ込んでいいと思ってんのかっ?」

「連れ込んだつもりはないが……確かに、おれが軽率だったことは認める」

「軽率だったって?……そんな言いわけが通じると思ってるのか?」


 このままではいけないと自分でも感じていた。それでも、見も知らぬ相手からこうして改めて指摘されると、正直こたえる。


「やめてよ恭介! あたしが無理やり居候してたの! 黒サンは迷惑してたけど、仕方なく置いてくれたのよ!」


 恭介に責められどおしの黒川を庇い、今度は凛が間に入ってくる。


「この人は鷲須恭介。あたしの義手を作ってくれた義肢製作所の息子さんで……」

「────違法ロボットの回収会社を経営している」


 言い淀む凛に代わり、恭介が己の素性を口にする。

 黒川は目を瞠った。


「……ハンターか?」

「そうだ」


 眉間に怒りを残したままでいる恭介を、黒川は正面から見返した。

 今後〝ロボット処理班〟に代わってヒューマノイドの発見・回収・処理のすべてを任されることになるハンター。その仕事をしている男が目の前にいる。

 ふと、凛と知り合うきっかけになった新宿の事件を思い出した。あの時、誰かが言っていた。ハンターが関与していたのではないか、と。

 小さく息を呑んで、黒川は凛を見下ろした。彼女は気まずそうに視線をさまよわせた後、うつむいてしまった。


 疑惑が渦巻く中、辺りが一瞬だけ静けさに包まれた時、二つのコール音が同時に鳴り響いた。

 黒川の腕時計には、発信者の木島の文字が浮かんでいる。チラリと恭介に目をやれば、彼もまた腕時計を睨んでいた。


「木島か? 処理工場の件、何かわかったのか?」

 コールに応じると、怒涛のような早口で木島の声が流れてきた。


「くっ、黒川さん! ぼくはまだ処理工場に居るんですけど、本部から連絡が入って。それが、大変なんです! 複数の〈遥希はるき〉が、関東各地でほぼ同時に感知されたんです! 中には爆破テロを起こした個体もあるようです。すでに警察もハンターも動いてるみたいですけど、大変なことになりました! 同時多発テロ事件ですっ!」


 黒川は咄嗟に恭介の方へ振り返った。彼のところにも、おそらく同じ連絡が入ったのだろう。そう思ったが、彼が叫んだのは予想外の言葉だった。


「何だって! おれの家が爆破されただと?」


 目を見開いたまま詳細を問いただす恭介を、黒川も、凛も、呆然と見つめていた。

  

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