第12話 崩れゆくもの


 東京湾沿岸に広がる工業地帯。そこから長い橋で繋がれた人工島に、一台の黒い車が滑り込んでゆく。四角く厳めしいフォルムの車は、ヒューマノイド移送用の装甲車だ。

 車は重い鉄のゲートをくぐると、そのまま地下へ続く坂道に入って行く。

 小さな人工島にあるのは横に長い三階建ての白い建物、違法ロボットの最終処理工場だ。

 車が地下の搬入用の入口で止まると、建物の奥から白衣を着た男がふたり、わらわらと駆け寄ってきた。


「HA型が一体だ」


 車の窓を開けて運転席の警察官がタブレットと差し出すと、白衣の男がうなずいた。


「スリープ状態だって? 破損してない〈遥希ハルキ〉に会うのは久しぶりだよ」


 この処理工場で働いている人間は、ほとんどがヒューマノイドの技術者だった者たちだ。開発に携わっていた彼らにとっては、違法ロボットと言えども愛着があるのだろう。目元が柔らかく笑んでいる。

 車の後ろに回っていたもう一人の白衣の男が、車からストレッチャーを引き出して横たわった〈遥希〉を運んでくる。


「製造ナンバー確認しました。OKです!」

「ご苦労さま」


 車のそばに居た白衣の男が警察官の持つタブレットに受領印をかざすと、車はすぐにUターンして地上へ戻ってゆく。


 重いゲートを通り過ぎ、長い橋の半ばにさしかかった時だった。

 ドォォーン!

 装甲車の中まで聞こえるような轟音を響かせて、背後の処理工場から火の手が上がっていた。



 〇     〇



 警視庁別館にあるテロ対策課では、オレンジ頭の小山連こやまれんの供述により、〈遥希ハルキ〉を売りに来た外国人を倉庫街の街頭カメラ映像から取り出していた。


「なっ、何ですか! このイケメンは!」


 モニターに映し出された静止画を前に、木島はぐっと眉を寄せた。

 湾岸エリアの寂れた倉庫街。先日囲んだばかりのバイヤーの根城の前で、金髪の青年がこちらを向いている。

 明らかにカメラ目線なのは、彼が街頭カメラから顔を隠すつもりが全くなかったということだ。しかも、隣に並んで立っている〈遥希〉に、カメラ目線のまま何事か囁き、笑みまで浮かべている。


「こっ、これは……警察に対する挑戦ですよ! 間違いありません!」


 木島が私怨まじりの意見を高らかに言い放ったとき、ふいに、モニターが真ん中から二つに分割され、片方に困惑顔の警官が映し出された。


「移送班から連絡が入りました。〈遥希〉搬入後、処理工場が爆発したそうです!」

「爆発ですって?」


 祐美ゆみの声を皮切りに、テロ対策課は騒然となった。


「どういうことでしょう? まさか、ぼくたちが押収した〈遥希〉が爆発したんでしょうか?」

「ンなわけあるか! 保管倉庫へ入れる前にちゃんとスキャンしたんだぞ! 爆発物はなかった!」


 木島の声に振り返り、テロ対策課の刑事が噛みつかんばかりの勢いで否定する。

 その声を遠くで聞きながら、黒川は脳裏に閃いた嫌な考えに、ひとり戦慄を覚えていた。


(〈遥希〉を移送した途端、処理工場が爆破されただと? どう考えても偶然じゃないだろう。まさか……あの金髪ヤローは初めからそれを狙っていた? いや、そんなわけないか……)


「静かに! すぐにレスキュー隊を向かわせる!」

 課長が立ち上がりざま、大声を放った。

「柴田班は処理工場へ向かえ。レスキューの邪魔にならない程度でいい。爆破の痕跡を調べろ。木島も連れて行け! 他の班は、急いで街頭カメラにその外国人を探させろ。見つかりしだい急行して確保だ!」


「はい!」


 祐美以下数名が敬礼をして、自分のコートを鷲掴む。班のメンバーを追い立てるように出て行く祐美を、黒川は追った。


「柴田! 教えてくれ。あのバイヤーの根城、どうしてわかった? タレコミか?」

「え?」

 祐美がぽかんとした顔で振り返る。


「黒川、おまえは行かなくていい! 柴田、いいから行け!」

 課長の声が、祐美と黒川の会話を遮った。


 急ぎ足で部屋を出て行く祐美と、申し訳なさそうな顔で振り返る木島を目で追ってから、黒川は課長の方へ振り返った。


『オマエハイカナクテイイ』


 課長の声が、黒川の耳の奥でぐるぐる巡り始める。

 一緒に行きたくて祐美を呼び止めたんじゃない。バイヤーの根城をどうやって見つけたのか。それを聞いて安心したかった。頭の隅に芽生えた嫌な考えを打ち消したかった。


「課長なら、知ってますよね? あの倉庫がバイヤーの根城だって、どうやってわかったんですか? 地道な捜査ですか? 情報屋ですか? それともタレコミですか?」


「────善良な市民からの通報だ。〈遥希〉に似た男を見たらしい。質問はそれだけか?」


 課長の目が、まるで哀れなゴミ屑を見るように細められる。

 カッと熱く燃え上がった怒りを、黒川は必死に飲み込んだ。


「そのタレコミは……〈遥希〉を我々に押収させ、処理工場を爆破させるために、ヤツがわざと流したものだとは考えられませんか?」

「ヤツとは誰だ?」

「金髪の外国人です」


 目を眇めて凄むように答えると、課長は笑った。


「今頃になってやる気を出してももう遅い。残念だが、おまえの選択肢は、辞めるか〝資料室〟しかないんだ、黒川」

「……わかってますよ」


 黒川は苦笑を浮かべた。

 自堕落な自分が招いた結果が、今の自分を追い込んでいる。もうここには自分の居場所はないのだと、もっと早く悟るべきだった。


「使えないやつは、さっさと退場しますよ」


 黒川はリュックとコートをひっつかんで部屋を出て行った。


  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る