第三章

第15話 ハンターの武器


 翌朝。

 恭介きょうすけに連れられて、黒川は古い雑居ビルの一室を訪れていた。ここは恭介が経営しているハンター組織の事務所兼倉庫アジトのひとつらしい。


 ドアを開けると、白くて無機質な四角い部屋が広がった。左奥に申し訳程度の水回りが張り付いている他は、壁にそって置かれた棚とPCデスクがいくつかあるだけだ。

 PCデスクの前には、青い頭の青年がこちらに背を向けて座っていた。ドアが開いたのに気づいたのか、椅子がくるりと回った。


「お帰り恭介……と、誰さん?」

「黒川って刑事さん。しばらく共闘するから。それよりミケ、リュシアンの情報は?」

「あー、まだ。検索かけてるけど、世界中のネット記事からひとりの人間探すの、マジ時間かかるから」


 ミケと呼ばれた青年は、アッシュブルーのサラサラ髪を搔き上げながら言い返した。文句を言っているのに、彼の顔にはまるで表情がない。体の線がわからないダボダボな服を着ているせいか、とても中性的なマネキンのように見える。


「あ、こいつはミケ。うちの情報担当だから」

「よろしくぅ~」


 無表情で親指を突き出して来るミケに、黒川は会釈を返した。


(ミケって三毛猫か? どっちかって言うと……)


 黒川は、アッシュブルーの毛を持つ猫を思い浮かべた。


「ああ。こいつ三毛猫のミケに門って書いて三毛門みけかどって名前なんだ。だからミケ」

 恭介がミケの肩をポンと叩くと、ミケは無表情のまま立ち上がった。

「ちょっとコンビニ行ってくるね」

 軽く手を振りながらひょこひょこと部屋を出てゆく。


 一瞬の沈黙が流れたあと、恭介は壁際に並んだ棚に歩み寄り、引き出しを開けて何かを探しはじめた。


「あんたさぁ、本気でおれ達と動くつもりなの?」

「ああ。警察には居場所がなくてね」

「はっ、何やらかしたんだ? おおかた自分勝手な捜査でもしたんだろ? あんた、そういうタイプだよな────あった! これ、指にはめてみてくれ」


 引き出しの中から取り出した物を、恭介が放り投げた。

 振り向きざまに投げられたそれを、黒川は慌ててキャッチした。


「勝手な捜査どころか、おれは何も出来なかった」

「え?」

 恭介がぽかんとしている。

「三年前のショッピングモール爆破テロ。あの事件で婚約者を失った。それからのおれは、ただの腑抜けだった。おかげで今は窓際だ────ところで、これ、何だ?」


 黒川は、恭介が投げてよこした物を目の前にかざして見た。

 指輪が四つ繋がった、いわゆるカイザーナックルという拳武器に似ているが、甲冑の指のようなものが一本分だけついている。


「アーマーリング。おれたちハンターの武器だ。左手にはめてみろよ。アーマー部分は人差し指だ」

 そう答えてから、恭介は痛ましげな目で黒川を見た。

「あんたも……りんと同じだったのか」

 それは問いかけではなく、確認の言葉だった。同情されているとわかっても、不思議と以前のように不快な気持ちにはならなかった。


 小さく息を吐きながら、黒川はアーマーリングを左手にはめてみた。銀色の甲冑アーマー指部分が指より少し長くて、悪魔の爪みたいに見える。


「武器ってことは、この爪の先から何か出るのか?」

「ああ。ヒューマノイドをブラックアウト機能停止させる不可視光線ビームが出る。やつらの額、特に眉間を狙えば間違いない。ちなみに、誤って人に当たっても害はない」


 恭介は自分もアーマーリングを装着し、かざした自分の右手に銀色の人差し指を向けた。パシュッと音がしたが、何も見えない。


「不可視なのか? 見えないのにどうやって当てるんだ?」

「は? ならあんたは、拳銃撃つとき弾が見えてんのかよ?」

「……なるほど。確かに弾は見えないな」


 どうも見慣れぬ武器に焦り過ぎたらしい。黒川は苦笑を浮かべて銀色の指先を見つめた。

 刹那、雑踏の中で片腕を伸ばした凛の姿が浮かんだ。あの日、新宿の地下街で〈明日香〉を倒したのは────。


「凛の義手にも、これが搭載されているのか?」

「……ああ。あいつを守るために、親父がつけたものだ」

「そうか……」


 凛にとってヒューマノイドは家族の仇だ。じっとしていられなくて、ハンターになる道を選んだのだろう。彼女の強さの根幹に流れるヒューマノイドに対する憎しみ。そのすべてを力にして、彼女はこれまで生きて来たのだ。


 昨夜、凛を家に連れ戻した時も、今朝学校へ送り出した時も、彼女をなだめるのに苦労した。ヒューマノイドの一番の被害者は自分なのに、何故のけ者にするんだ、と激しく抵抗された。

 凛のその姿が、捜査から外された自分自身に重なって見えた。

 何とか言うことを聞いてくれたのは、たぶん黒川が、凛と同じ立場に立つ者だからだろう。


 苦い思いを振り切るように黒川が顔を上げると、恭介は疲れた顔でぼんやりと佇んでいた。仕事場兼住居を爆破され、現在父親は行方不明。いくらハンターの仕事をしているとは言え、まだ若い彼にとっては相当辛い状況だろう。

 あれから警察に被害届と父親の捜索願いを出し、黒川と何度も連絡を取り合った。おそらく一睡もしていないはずだ。


「おまえ、いつから凛に惚れてるんだ?」

「は?」

「彼女がハンターになってからか?」


 アーマーリングを弄びながらそう聞くと、恭介は苦虫を嚙み潰したような顔をして黙り込んだ。

 何も求めず、ただ凛のことを見守ってきた恭介の姿が思い浮かぶ。黒川に噛みついてきたのだって、彼女を心配するあまりの行動だ。


(この男なら、任せても大丈夫か……)


 父親めいた気分でそんなことを考え、黒川は苦笑した。


「凛を、家に泊めたりして悪かったな。アパートは元大家が探してくれる手筈になってるようだが、すぐに部屋を探して移ってもらう。それまでおれは、別の場所に寝泊まりするから安心してくれ……」


 凛にはもう、十分過ぎるほど力を貰った。これ以上わがままは言えない。謝罪を込めてそう宣言すると、恭介はさらに顔を歪ませた。


「何なんだよあんた」


 悔しそうに歯を食いしばる恭介。

 黒川は彼の怒りが分からず、眉をひそめて首をひねった。



  

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