22 英雄ドレイクVS首謀者(中)

【side:ドレイク 英雄】


 リッチが生み出したアンデッドは、どれも通常のアンデッドとは一線を画していた。


 一体は騎士のような装備を着けたスケルトン。見事な魔武具に包まれており、ひと目で只者ではないことがわかる。装備だけで言えば、近衛騎士団よりも上なのは明らかだ。


 もう一体はリッチ。魔法陣の中にいるやつよりも一回り大きく、豪奢なローブを纏っている。ドレイクは正しく魔力量を測定できるわけじゃないが、それでもこのリッチが今までの中でも――魔法陣の中にいる奴を除けば――最大の強敵だということは理解できた。


 最後の一体は、ゴーレムのような図体をもつゾンビ。一般的な成人男性であるドレイクの二倍はあるだろう。しかも巨体なだけでなく筋骨隆々だ。見るものによっては、その姿を認識しただけで圧倒されてしまうほどに。


「そいつらが切り札ってわけか?」


「いえいえ。ですが、時間稼ぎはさせてもらいましょう! キング・リッチ! グランドナイト・スケルトン!!」


 魔法陣に乗ったリッチが腕を振るうと、下僕と呼ばれたスケルトンとリッチは左右に別れて飛び上がった。


「行かすかっ!!」


 ドレイクがどちらかだけでも、とスケルトンの方を追おうとすると、眼前に巨大なゾンビが立ちはだかる。

 その姿は、そびえ立つ壁の如し。


「行かせませぬよ。あなたはここで釘付けになっていてもらった方が都合がいい」


「……俺を舐めてんのか? この程度の相手、いくらでも相手してんだよ!」


 ドレイクは駆け出し、ゾンビの懐に一瞬で潜り込む。その心臓がある場所――動いてはいないだろうが――に向けて一直線に槍を突き出した。


 しかし、硬い金属音と共にドレイクの槍が弾かれる。


「ッ!! ゾンビじゃねぇのか!?」


 ドレイクはゾンビから距離を取る。見た目はただのデカいゾンビだ。だがその肉体の硬さはゾンビのそれではない。


 つまり、考えられるのは2つに1つ。

 能力の高い特殊なゾンビか。見た目通りのゾンビではない別のアンデッドか。


(どっちでも同じことだ)


 くだらないことを考えた、とドレイクは槍を握り直して集中し直す。


 巨体ゾンビが前に動きだし、ドレイクとの距離を詰める。その動きは緩慢そのもので、通常のゾンビと同様の運動能力に見えた。


(防御力の高いゾンビってことか? だったら……)


 ドレイクは巨体ゾンビが振るった腕を、わざと間一髪のタイミングでかわして武技を発動させる。


「〈乾坤一擲〉!」


 相手の攻撃にカウンターとして発動させられる武技。発動タイミングが限られる上に難しいが、その分威力はドレイクの中で随一だ。


 それはただの槍の一突きを、破城槌並の一撃に変えるほどの力。


 ドレイクの槍が巨体ゾンビの腕を、まるで布のように貫く。突き刺さったままの槍を振るい上げて、丸太のような腕の上部を切り裂いた。


 刺さってしまえば内部からの攻撃が通るらしい。硬いのは肉体ではなく、表皮の外からの攻撃に対してだけだ。


 返す刃で振り下ろし、ドレイクの槍がゾンビの腕をまるまる切り落とす。スラム街を揺るがすような衝撃と振動が地面に走った。


 ドレイクは相手の動きを観察する。ゾンビの右腕は失われたままであり、すぐさま再生などということはしない。


(攻撃が通れば普通のゾンビと同じか)


 だが〈乾坤一擲〉は消耗が大きい武技だ。英雄ドレイクといえども、無限に撃てるわけではない。


 この巨体を効率よく仕留めなくては、首魁との戦いの前にスタミナ切れになってしまう。


「ほほほほほ! 英雄であっても、所詮生身ではその程度! わたくしは人間を超えた存在になるのです!!!」


 耳障りな声と共に、リッチの魔力が高まっていく。

 その様子にドレイクは内心で焦り、早く止めなくてはと思うのだが、


(このデカブツが邪魔だ!)


 ドレイクはゾンビの攻撃を回避し、〈乾坤一擲〉で左腕を貫き、同じように切り落とした。

 これで攻撃能力は失ったはずだが、それはドレイクにとってもカウンターを撃ちにくくなったということ。


 だがこのゾンビを倒さないことには、あのリッチの元には向かえない。元凶を抑えなくては意味がないのだ。


(やるしかねぇ!)


 ドレイクが攻撃を誘発させようとゾンビの懐に潜る。


 巨体ゾンビが繰り出したのは、当然蹴り。当たれば人間の身体などバラバラになって吹き飛ぶと思える蹴り上げを、ドレイクはギリギリで避ける。


「〈乾坤一擲〉!」


 ドレイクの槍が巨体ゾンビの大岩のような太ももに突き刺さる。そのまま内部から切り裂き、巨体ゾンビの片足を奪った。


 すると必然的に巨体ゾンビは片足立ちの状態になり、うつろな瞳でドレイクを睨んでいる。

 アンデッドに有効かどうかはわからないが、ドレイクは挑発するように歩いて近づいた。


 攻撃圏内にドレイクが入った瞬間、巨体ゾンビは頭を振り下ろす。ただの頭突きだが、落石にも似た攻撃だ。当たれば圧死は免れないだろう。


 だがその攻撃も読んでいたドレイクは、当たる直前に横へ避け、


「〈乾坤一擲〉!」


 突き出した槍で巨体ゾンビの喉元を貫いた。そのまま首を切り落とすように槍を振るい、巨体ゾンビの頭と胴体が切り離される。


 アンデッド故に、血液がぶちまけられなかったのが救いか。あれだけ巨大な身体の腕、足、首から血液が流れば、現在の戦場は埋め尽くされてしまっただろうから。


 ドレイクが死線をくぐった結果、左足だけが残った巨体ゾンビが地に伏していた。


 だが頭部を放されたことで闇の生命力を保てなくなった巨体ゾンビは、その姿を塵に変えていく。


「ほほほほほ! 頑張りましたねぇ! ですがもう手遅れ!  ちょうど下僕のリッチも倒されたようですしねぇ!! あなたがたの戦力の高さは嬉しい誤算ですよ!! 気分がいいので、ひとつ冥土の土産に教えてあげましょう! 〈死の行進デスマーチ〉の本当の力を!!」


 リッチから溢れる魔力が奔流となってドレイクを襲い、空間に暴れ出す。

 強力な突風のような勢いに圧され、ドレイクは槍を地面に突き立てて吹き飛ばされないように耐える。


「〈死の行進デスマーチ〉は生者をアンデッドに変え、集まったアンデッドはより強力なアンデッドを生む! だから〈死の行進デスマーチ〉の対策としては、出てきたアンデッドを減らすこと! これは常識ですが、実は誤り!!」


 魔法陣の中心で、表情のないリッチが勝ち誇ったように見えた。


「生まれたアンデッドがいくら減らされようとも、その死の匂いによって強力なアンデッドは生まれ続ける!! そしてそれは、強力なアンデッドが倒れれば倒れるほど加速するのです!!」


「んだと!? それじゃあ……!」


「ほほほほほ! ご推察通り! あなたがたが必死になってアンデッドを倒そうとも――いえ! 必死になって倒せば倒すほど! 〈死の行進デスマーチ〉は速やかに成就する!!」


 ドレイクが舌打ちをした瞬間、圧倒的な禍々しい光がリッチを覆い尽くす。その姿が見えなくなり、更に勢いを増す魔力の奔流にドレイクも吹き飛ばされそうになった。


 槍にしがみつく事しかできず、風圧にこらえるように顔を下げて目をつむるドレイク。


 そうして耐えていると。

 やがて突然、全ての光と音が消えた。


 何事かとドレイクが顔を上げると、そこには――。

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