23 英雄ドレイクVS首謀者(後)

【side:ドレイク 英雄】


「わたくしは――いや、我こそがノーライフキング! アンデッドの中のアンデッド! 王の中の王なり!!」


 ドレイクの目の前で生まれたのは、最強最悪のアンデッド。

 世にも名高き伝説級のアンデッド――ノーライフキング。


 もちろんドレイクとて、その存在を確認したことはない。奴が勝手に名乗ってるだけで、ノーライフキングではないという可能性もあった。


 だが迸る負のオーラが、先ほどまでのリッチとは一線を画している。それになにより、見た目がもうリッチとは違って骸骨ではない。


 まるで生身の人間だ。水色の髪を獅子のように生やし、精悍な男性のような顔立ちをしている。肉体は黒いローブに隠れてわからないが、飛び出ている手足から引き締まっていることが予想された。


「テメェ……!」


 ギリッと歯噛みするドレイク。戦力差を測るだけの行動は取られていないが、彼は負のオーラによって威圧されている。


 それだけで、どちらが上か思い知らされているのだ。


(オレの役目は……足止めかもしれねぇな)


 英雄と呼ばれたドレイクだが、そう呼ばれてから初めて戦場での死の予感を抱いた。ドレイクの役目はできるだけ奴を――ノーライフキングを足止めし、他の英雄やSランク冒険者の到着を待つこと。


 逃げるなどということはありえない。今ここでドレイクが職務を放棄してしまえば、被害はスラム街だけに留まらなくなる。この外にある貧民街、市場などがある大通り、更には高級街……最悪は城まで被害が広がることだ。


 それを避ける為、ドレイクは死を覚悟してノーライフキングに挑む。


「よろしいですよ。打って来て下さい。それだけで格の違いがわかるでしょう」


「その吠え面……後悔すんなよ!! 〈戦女神の祝福〉、〈必中必殺〉、〈全力全壊〉、〈背水渾身〉、〈才能開花〉、〈弱点看破〉、〈騎士の誓約〉、〈不惜身命〉」


 ドレイクは武技を全開にして身体能力を向上させる。どれもこれもドレイクが最前線で活躍する為に必要な武技たちであり、この名を英雄までのし上がらせたものだ。


 腰を据え、穂先を下げる。戦闘速度が長所であるドレイクが足を止めて力を溜める。そのこと自体が異常であり、目の前の敵がそれほどまでの難敵であることを示していた。


「――死ね」


 十歩以上はある距離を一瞬で無にして、ドレイクは槍を突き出す。


 本来、英雄としては膂力があまりないドレイクの一突きでは大岩を砕くことはできない。むしろ、わずかに穴を穿てれば上出来という方だろう。


 だが今のドレイクが放つ一撃は、例え鋼鉄の壁であろうとも撃ち抜いて砕く。それほどまでに英雄ドレイクの全力というべきものであった。


 神速の一撃。音を置き去りにして迫る槍の穂先。


 しかしてその全力は、


「ッ!!」


 割れんばかりの金属音で弾かれた。


 英雄が放った全力の一撃でさえ、ノーライフキングの肌を貫通――どころか、傷一つ付けられない結果に終わる。


 ドレイクの槍は虚しく宙を舞い、ドレイク自身もまた仰向けで地面に倒れ込む。鋼鉄を砕くほどの一撃を放ったのだ。その反動は大きく、代償も計り知れない。


「ぐっ、くそっ……」


 空を見上げる形で倒れてるドレイクは、起き上がることなど不可能。あれだけの武技を一気に使ったのだ。指の一本でも動けば、それだけで拍手を送ってもいいほどの限界状態である。


 ドレイクは視線だけを動かし、ノーライフキングの様子を確認した。ノーライフキングは微動だにしておらず、ドレイクの槍でなにかの衝撃を受けた形跡すらない。


 そんなノーライフキングは、不意に笑い出した。


「ふっ、ふはははははは!! 英雄とてこのとおり! 我の前には赤子も同然!! 我こそが最強! この世すべてを手にするもの!!」


 先ほどまでであれば、ただの妄言だと断じただろう。だが、今ではそれが真実だと思えてくる。ノーライフキングとは、英雄ドレイクにとってそれほどまでの敵だったのだ。


 ノーライフキングは高笑いをやめると、倒れたままのドレイクへと視線を映す。ゆっくりとした足取りでドレイクに近づいてくるその光景は、まるで断頭台の処刑人のようだった。


(そりゃトドメを刺しに来るか……)


 全く敵わなかったとはいえ、ドレイクはノーライフキングにとっての敵。そんな敵が無防備な状態で転がっているのだ。トドメを刺さないバカはいない。


(近衛騎士団の奴らは逃げたか? 皇帝は……奴の心配なんてする必要はねぇな)


 脳裏に悪態を吐く皇帝の姿が蘇る。決して友人というわけではないが、英雄と皇帝という公の立場以外でも交流があり、気兼ねなく話せる関係のひとりだ。


 とはいえ、あの皇帝は頭が切れる。もしドレイクがここで討たれようとも、どうにか手を尽くして対処してくれるはずだ。


 ドレイクはそう信じて目を閉じる。戦場で死ぬことになるとは思っていたが、強敵との死闘以外という結末は予想外だった。


「ぐっ……!」


 死を待っていたドレイクの横腹に衝撃が走る。蹴られたのだ。


 なんてことのない蹴りだったが、今のドレイクに抗う力など残っていない。そのまま転がされ、ドレイクはうつ伏せの状態にされる。


「がっ!」


 その状態で、ドレイクの頭部に圧力と衝撃がかかった。踏みつけられているのだ。すりつぶすように地面へこすりつけられ、ドレイクは歯を食いしばる。全身に力が入らない限界状態だが、痛みと屈辱で自然と身体が動いた。


「命乞いをしなさい。そうすれば助けてあげましょう」


 圧倒的強者の物言いだ。しかし、ドレイクはその的外れな発言に思わず頬を緩める。


「お断りだ、ボケ。ぐぅっ!!」


 拒絶の一言で苛立ったのか、踏みつける力が強まる。地面へ押し付けられ、ドレイクの頭蓋はミシミシと音を立てるようだった。


「勘違いさせてしまったようですね。命乞いをしなさい、と命令したのです。あなたがそうしなければ、帝都を瓦礫の山に変えてやりましょう」


「あほか……。んなことしようが、テメェはやるだろうが」


「わかりませんよ? 強者というのは気まぐれなものです。あなたの命乞いが滑稽で笑えるものであれば、帝都への攻撃を止めるかもしれません」


「ハッ……断言しないところを見ると、嘘ってこった。どうやらノーライフキングってのは、言葉を使うのが苦手らしいな?」


 ドレイクとて命乞いが嫌なわけではない。命乞い程度で帝都が救われるのなら、いくらでも命乞いをしよう。


 だが目の前の相手は、圧倒的な力を持つアンデッドだ。もしここでいくらドレイクが命乞いしようとも、帝都に生きる人間を虐殺するのは目に見えている。


 そんな相手に自身の矜持を捨てることはできない。命乞いをするとしたら、本当に帝都の安全が確保された時だ。無論、そんな時はそれこそ永遠に来ないだろうが。


 ノーライフキングは大きくため息を吐き、再度ドレイクの頭を踏みつけた。その衝撃にドレイクは耐え、歯を食いしばったままで呼吸を整える。まだ身体は動かないが、動けるようになった時にチャンスを逃してはならないのだ。


「……そうですか。気が変わりました。あなたは生かすことにしましょう」


 そのノーライフキングの言葉に、ドレイクは安堵よりも警戒を抱いた。

 生かすということは――。


「その四肢をもぎ、我が魔術によって回復もしない、さりとて死にもしない状態。生きた屍にしてやりましょう」


 やはりそうだ。


 生者に憎しみを抱くアンデッドが、ただ生かしたままにするわけがない。そんな状態で生かすぐらいなら、いっそ殺してほしい。そんな感情がドレイクにも生まれる。


 だが命乞いはしない。そうやって命を弄ぶ相手に対し、頭を垂れることは許されない。

 それが英雄というものだった。


 例え、自らが生きた屍にされようとも。


(逆に考えりゃ、オレに構ってる時間だけ時間稼ぎができる。せいぜい早く次の策を打ってくれ、皇帝さんよ)


 ドレイクは自分の命を諦めて静かに目を閉じる。背後から迫ってくる負のオーラが強まってきた。そのオーラが自分に達した時、この身体は生きた屍となるのだろう。


(ま、そこそこ良い人生だったな。心残りは……もっと強ぇ奴と戦いたかったってことぐらいか)


 息を吐き出し、断頭台にいるような心地でドレイクは死の瞬間を待つことにした。


「グガッ!!」


 次の瞬間。

 背中からの圧力が消え、遠くの方でなにかが転がっていく音がした。


 目を開いて視線をギリギリまで上げると、そこにはノーライフキングが地面に倒れている光景が目に入る。


「いったい誰が……?」


 あれだけの力を持ったノーライフキングを吹っ飛ばせる奴など限られている。

 他の英雄が帰ってきたのか。


 それとも――。


「やっべ。止まりきれなかった。まあいいか。悪い奴っぽかったし」


 ドレイクの知らぬSランク冒険者なのか。

 うつ伏せのドレイクには、その声の主が誰なのかを確認する術はなかった。

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