21 英雄ドレイクVS首謀者(前)

【side:ドレイク 英雄】


 フランやティーナが戦闘する、もう少し前の時刻。




「チッ……キリがねぇな」


 目の前に群がるスケルトンを槍の一振りで薙ぎ払いながら、英雄ドレイクは悪態をついた。

 

 スラム街で発生した〈死の行進デスマーチ〉。その数や規模が不明の為、近衛騎士団と足並みを揃えて進んでいるのだが、遅々として進まない。


 その原因は、撃破しても撃破してもやってくるスケルトンやゾンビなどの低位アンデッドだった。


 〈死の行進デスマーチ〉の仕様上、今ドレイクや騎士団が薙ぎ払っているアンデッドはスラム街の住民なのだろう。

 だがそこへの怒りや申し訳なさなどはなく、ドレイクとしてはただただ面倒な作業に苛立ちを覚えていた。


 ひとつ槍を振るえば消えるように倒せる低位アンデッドだが、ここまで数が多いと辟易してくるというもの。

 それは近衛騎士団も同じようで、先頭に立っている騎士たちの表情には「ウンザリ」と大きく書いてあるようだった。


(とはいえ、そろそろ最深部だな)


 緩やかにではあるが進軍してきたドレイクと騎士団は、ようやくスラム街の最奥――〈死の行進デスマーチ〉の発生源に来ることができた。


 ドレイクといえども、帝都にいた司教による光属性の加護を受けていなければここまで近づくことはできなかっただろう。


 その証拠に加護を受けていなかった時は、スラム街に近づく前から〈死の行進デスマーチ〉によって身体の自由を制限されていたのだから。まるで水中にいるかのような動作感覚に陥り、さすがの英雄ドレイクも加護に頼らざるを得なかった。


 それほどまでに死の魔力が満ちているスラム街の最深部。そこへ辿り着いたドレイクの視界には、まず強烈な光を放つ魔法陣が入ってきた。禍々しい薄紫色の光が周囲に放たれていて、ドレイクですら目を細める。


 その光に慣れた頃、ドレイクは魔法陣の中に佇むひとりの人物を発見した。真っ黒いローブに身を包んでおり、こちらに背中を向けている。


「なにもんだ、テメェ?」


 ドレイクが問いかけると、その人物はゆっくりと振り向き、


「チッ。リッチか」


 不気味なほどに真っ白い骨の顔が見えた。ローブにスケルトンのような骨の姿――ドレイクがこぼしたように、一般的にはリッチの特徴である。


 リッチとは魔術を得意とするアンデッドであり、ドレイクとて何匹のリッチを屠ったか覚えていないほどに対峙してきた存在。だが〈死の行進デスマーチ〉を完成させ、発動までするようなリッチが、ただのリッチであるはずがない。


「お前らは下がってろ」


 魔術師相手なら、集団戦は分が悪い。ドレイクは同行していた騎士団を下がらせる。

 槍を握り直し、目の前のリッチへ警戒心を高めた。


「なにが目的だ? って、アンデッドに言ってもしょうがねぇか」


 アンデッドの存在目的は生者への憎しみだ。アンデッドは生者を憎み、殺す為に行動する。それはどのアンデッドだって変わりはない。〈死の行進デスマーチ〉を成し遂げたリッチであっても、それ以外の理由などないのだろう。


「いえいえ。対話を望むのは、生物としてまずは正しい行動だと思いますぞ?」


「ッ! 普通に喋れるのか! ただのリッチじゃねぇな!?」


 ドレイクは警戒心を最大限に引き上げた。


 人間が変じた存在である吸血鬼といった例外を除けば、本来アンデッドに対話能力はないのだ。


 だがリッチは魔術が使えるほどに賢い為か、アンデッドの中でも知能が高く、会話ができることがある。とはいえ、それは辿々しく片言を喋るだけのことがほとんどであり、吐き出す言葉も生者への怨念だ。


 しかし、眼前のリッチはそうじゃない。まるで生きている人間のようにハッキリと言葉を紡いだ。

 

 その経験からドレイクは、目の前のリッチが今まで対峙してきたリッチの中でも飛び抜けた実力を持つ者だと判断する。


「会話ができるならもう一度聞くが、なにが目的だ?」


「さらなる高位の存在へと変じる為。〈死の行進デスマーチ〉とはその為のものなのです」


「……なに言ってやがる?」


 元々、槍一本で生きてきたドレイクにとって魔術は縁遠いものである。


 ドレイクの脳内にある〈死の行進デスマーチ〉とは、生者をアンデッドに変える大魔術というだけであり、他の効果のことはよく知らない。せいぜいアンデッドの集まる場所には、強力なアンデッドが生まれやすいという基本的なことだけだ。


 そんなドレイクのことを知ってか知らずか、目の前のリッチは機嫌よく口を動かし始める。


「〈死の行進デスマーチ〉をもってして! 私はリッチなどではなく、もっと高位の! 高尚の存在になるのです!! そう! ノーライフキングへ!!」


「頭がイカれた奴の相手ほど疲れるものはねぇな」


 話が通じないと断じ、ドレイクは槍を振るった。

 

 十歩以上の距離が一瞬で無になり、槍の穂先がリッチに迫る。

 だが。


「チッ……やっぱ届かねぇか」


 槍はリッチに触れる前に弾かれた。それは魔法陣の効果によるものだろうか。禍々しい光の中にいるリッチには、物理的な干渉ができないように見えた。


「それなら……〈戦女神の祝福〉、〈必中必殺〉」


 ドレイクは武技を立て続けに発動させて、突きを放った。前者の武技は、魔力がなくとも魔術への抵抗を可能とするもの。後者の武技は必ず命中させる槍を放つものだ。


 2つの武技を合わせることにより、魔法陣の中にいようとも確実に狙ったところ――リッチの頭蓋を貫き通す。


 そのはずだったのだが、甲高い金属音が虚しく響く。


「クソがッ!!」


 ドレイクの槍はまたもやリッチに触れる前に弾かれてしまった。魔法陣の中には、ドレイクの技量をもってしても干渉できないことが証明される。


 そのことがわかり、リッチは耳障りな高笑いを響かせた。


「ホホホホホッ!! ムダムダ!! わたくしは、更に高位の存在へとなるのです!! 誰にも止められるものではありません!!!」


 リッチが得意げになって腕をかざすと、そこから火球が発射される。ドレイクはそれを打ち払い、舌打ちしながら騎士団に指示を飛ばす。


「お前らは下がって発生するアンデッドの掃討に専念しろ! 伝令も飛ばして司教を連れてこい! 高位の光魔術がなきゃコイツは無理だ!!」


 騎士団はドレイクの指示を受け、すぐさま散開する。ドレイクで勝てない以上、近衛騎士団などいくらいても無駄だとわかっているからだ。


「光魔術! おお、憎き光魔術!! 神の力などというまがい物の力に溺れ、我らが真理への到達者の邪魔ばかりする狂信者ども!! しかし最早そんなものは敵ではない!! 出でよ!! 我が下僕たち!! 〈召喚・指定不死者サモン・アンデッド・オーダー〉!!」


 禍々しい光の高まりに、ドレイクはとび下がって距離を取る。

 その瞬間、リッチとドレイクの間に三体のアンデッドが黒い光と共に現れた。

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