20 ティーナVSスケルトンナイト(後)

【side:ティーナ 始祖吸血鬼】


 戦況は拮抗している。下手すれば永遠に。

 群がるスケルトンをティーナは処理し続け、処理した分だけ生まれてくる。


 ティーナとしても大技を撃ち、スケルトンを召喚し続けている騎士スケルトンを討つ必要があった。だが最小限の動きである手刀でさえ、生まれ続けるスケルトンに対応するので精一杯である。


 ここから退避しようとすれば、騎士スケルトンからの横槍が入ることは確実だ。その為だけに騎士スケルトンは背後から追い打ちをかけず、ティーナを逃さないように睨んでいるのだろう。


 つまり、逃げ出した瞬間にティーナは背後から無防備に攻撃を食らうことになる。耐えられはするだろうが、その後の状況が不利なものになるのはわかりきっていた。もしその攻撃で吹き飛ばされて、スケルトンの中にでも放り込まれればたまったものではない。


(じゃがこのままでは〈死の行進デスマーチ〉の終わりまで、ここに釘付けじゃ! 援軍としてアンデッドが生まれたら終わりじゃぞ!)


 〈死の行進デスマーチ〉の効果として、死の匂いにアンデッドが発生するというもの。アンデッドが生まれる場所に決まりはないので、〈死の行進デスマーチ〉範囲内ならどこでもありえるのだ。それこそ、ティーナの背後にだって可能性はある。


 一心不乱に腕を振るいながら、ティーナは打開策を考えていた。だが弱体化した状態でできることなど限られている。そのどれもが、この状況を好転させるものではない。


(ならば。敵の攻撃を甘んじて受けたとて、上空に逃げるほかないのぅ!)


 スケルトンはいくらいようとも、所詮は地上を歩くしかない。騎士スケルトンからの一撃さえどうにかしのげれば、空中に逃げられるティーナに負けはなくなる。


 それを決意し、腕を振るうと同時に飛び上がった。その瞬間、同じく飛び上がった騎士スケルトンの剣が煌めき、ティーナの横腹を殴る。


(斬撃ではない!? これは!!)


 騎士スケルトンが選んだのは、剣の横腹における打撃。しかして今は斬撃よりも最善の――ティーナにとっては最悪の一手だった。


 ティーナの身体は少女でしかない。騎士スケルトンのどこに膂力があるのかは不明だが、成人男性よりも大きい身体から振るわれた一撃はティーナの身体を軽々と吹き飛ばす。


 その方向は――スケルトンの群れの中。


 ティーナはスケルトンに呑まれ、骨の中へと身体を沈めていった。スケルトンたちはティーナに群がり、その腕を振るい続ける。弱体化したとはいえ始祖吸血鬼に効果的なダメージを与える攻撃ではないが、1ダメージが積み重なれば100にも1000にもなることは明白だった。


「舐めるなぁ!! 骨どもがぁ!!!」


 スケルトンの群れの中から全力をもって起き上がり、周囲のスケルトンを吹き飛ばす。騎士スケルトンが遠いことを確認して、再度ティーナは飛び上がった。


 飲み込まれる危険性を考慮しなければ、自らを強化してスケルトン程度を吹き飛ばすことは造作もない。倒すことはできないが、それでも時間を稼ぐことはできる。そのわずかな時間の為に、ティーナは少なくない力を消費した。


(じゃがこれで宙に出られた! これなら――!)


 そう思った瞬間、上空からスケルトンの群れが降り注いできた。それはティーナの真上であり、避ける暇もなくティーナはスケルトンごと地上に落とされる。


「くっくっく!! ワガハイのスケルトンは地上にしか生み出せないと言ったか!?」


 再度スケルトンに飲み込まれたティーナに対し、騎士スケルトンの勝ち誇った嘲り混じりの笑いが響く。


 これが真の狙いだったのだ。一度目の脱出は騎士スケルトン自らが阻止することでそれしかないと思わせ、力を消耗させたところで本命の落下出現を仕掛ける。


 これにより、もう完全にティーナの逃げ場はない。少なくとも、空中に逃げ出す術は失われてしまった。


「チィッ! どけ! 骨ども!!」


 またもや力を消耗して、ティーナはスケルトンを吹き飛ばして起き上がった。だがそれも一瞬のことで、すぐさま周囲からスケルトンに群がられる。


 脱出する手段が潰されたティーナは、先ほどのように手刀での処理を再開するしかない。スケルトンの数を減らすことはできず、事態も好転しない。だがそれをしなければ、このままスケルトンに飲み込まれるしかないのだ。


「くっくっく!! ワガハイに楯突いたのが運の尽きよ! このまま貴様は惨めに――ん?」


 騎士スケルトンの哄笑が響き渡る中、帝都の夜闇に輝く白き光が見えた。流星かなにかと見紛うような光だったが、その光は騎士スケルトンの元へ急接近する。


「な、なんだ!? ぐぁああああああ!!」


 騎士スケルトンは真っ白な光に包まれ、周囲に電撃を振りまいた。その電撃は他のスケルトンに飛び火し、無数にいたスケルトンたちを一瞬で焼いていく。一撃を耐えるはずのスケルトンたちは抵抗らしい抵抗もせずに塵と化し、ティーナの周囲は突然がらんどうとした空間へと変わる。


「い、いったいなにがぁあぁあぁあああああ!?」


 その電撃はティーナにも襲いかかり、彼女の身体が夜闇の中で眩いほどに光り続ける。電撃を浴びながら、ティーナはなにかを思い出していた。


(この感覚……思い出した! そうじゃ! やはり我はこの電撃にやられたのじゃ!!)


 だが今回の電撃は、あの時に比べるとひどく弱い。あれだけいたスケルトンを消滅させるほどに広範囲なのだから、威力が控えめなのだろうか。


 しかし、その弱さが功を奏した。電撃のショックを受け、ティーナの肉体はかつての力を思い出す。


「お、おおおおおおおお!!」


 真っ白な光の中、ティーナの身体が徐々に大きくなっていく。少女だった肉体は、成熟した豊満な女性のものへ。顔立ちも幼さが残る少女から、整っていて気品さを感じる大人の女性のものに。纏っているドレスは魔力によるものなので、肉体の変化に応じて大きくなっていく。


「こ、これじゃ! 我の力が戻ってきたぞ!!」


 電撃が消え、そこにいたのは全盛期のティーナ――始祖吸血鬼の帰還だった。


 同じように電撃を食らっていた騎士スケルトンは、ティーナのあまりの変わりように骨を鳴らしている。その身体は半壊しており、同じ電撃を食らったとは思えない状態だった。


「な、なんだ貴様! その変わりようは!? 今の電撃か!? 今の電撃によって変化したのか!?」


「かっかっか!! 変化ではない! 戻ったのよ!! 見よ!!」


 ティーナが指を弾くと、それだけで騎士スケルトンの左腕がガントレットごと粉砕された。その光景に、騎士スケルトンは信じられないと言うように一歩後ずさる。


「これが我! 我こそが始祖吸血鬼! ティーナリウス・ムーン・マリーブラッドじゃ!!」


 完全復活を遂げた始祖吸血鬼。それが帝都の夜に顕現したのだ。彼女の目に映る敵に、助かる道は残されていない。


「ひっ! し、始祖吸血鬼!? う、嘘だ! 信じられるかそんなこと!」


 騎士スケルトンは剣を振るい、再度スケルトンたちを大量に生み出した。一度消されたからか先ほどよりも数は少ないが、それでも軍団と呼ぶには充分な量である。先ほどまでのティーナであれば、この数でも苦戦したであろう。


 だが、今のティーナにその不安はない。


「かっかっか! 信じられぬのならば見せてやろう! これが我の力じゃ!!」


 ティーナは一度だけ腕を振るう。それだけで根性持ちのスケルトンたちは、一斉に崩れていった。更にその斬撃の余波で、騎士スケルトンの剣が根本から折れる。


 折れた剣が地面に落ちて、虚しい金属音だけが辺りに響いた。同時に、ティーナの威圧感に押されるようにして騎士スケルトンは後ずさっていく。


「な、なぜ……! なぜ始祖吸血鬼がここに!? なぜ人間の味方など!?」


 叫ぶような騎士スケルトンの問いかけ。その答えに妥当性がないのならば、アンデッドの味方をするべきだ、とでも思っているのだろう。


 だがティーナは言葉を飾らず、ただ一言で答えた。


「これも巡り合わせよ」


 騎士スケルトンが逃げ出そうと踵を返し始めた時、ティーナは間髪入れずに指を鳴らす。


 その瞬間。

 騎士スケルトンの全身が砕け、粉々になった骨は帝都の石畳へと虚しく落ちる。


「ふむ。今ならエンシェントドラゴンにすら勝てそうじゃ! なんか絶好調じゃからのぅ!!」


 ティーナは飛び上がり、スラム街の最奥へと向かう。

 もしエクレアが苦戦しているのなら、〈死の行進デスマーチ〉の元凶をぶっ潰してやろうと。

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