19 ティーナVSスケルトンナイト(前)

【side:ティーナ 始祖吸血鬼】


「ふむ……気配が多すぎてよくわからんくなってきたのぅ」


 ティーナは上空を飛びながら、スラム街を見下ろす。彼女の飛行は〈飛行フライ〉ではなく、始祖吸血鬼の能力によるものだ。この程度の能力行使ならば、弱った状態だろうと問題ない。


 そんな彼女の眼下では、近衛騎士団が大量のスケルトンと戦っていた。詳しい数はわからないが、数十人いる近衛騎士団を四方八方から囲んでいるのだから、大量にいることだけはわかる。


「あんなザコを倒すより、あっちに行った方がいい気もするんじゃが……」


 ティーナはチラッとスラム街の最奥へ視線を向けた。そこからは〈死の行進デスマーチ〉の濃密な波動が放たれており、明らかに強者がいると理解できる。なので戦力を分散するよりは、集中させてさっさと終わらせた方がいいと考えていた。


「じゃが頼まれたしのぅ。それになにより……」


 曲がりなりにも、自分を倒した存在がそちらへ向かったのだ。


 エクレアにどうにかできなかったら、帝都にいるどんな存在でも〈死の行進デスマーチ〉を突破できない。それぐらいの能力差であることはティーナも察していた。


「っと。そろそろ助けるか。フランにも頼まれておったしのぅ」


 ティーナ的には近衛騎士団とかいう弱者がどうなろうとどうでもいいが、頼まれたことを履行できないのは始祖吸血鬼としての沽券に関わる。


 苦戦している近衛騎士団を見下ろし、ティーナはどうやって介入するか考え始めた。


 スケルトンが集中的に群がっているのはこの地区だけだ。つまり、スケルトンを生み出している術者がいるということ。それを倒さない限り、スケルトンは延々と湧き続けるだろう。


 故に、探し出すのは強者の気配。始祖吸血鬼として弱くなっている状態ならば、そこそこのアンデッドでも強者だと認識できるはずだ。


 弱体化していなければ、どんな相手でもただのザコだったのだから。例えあの伝説的なアンデッド――ノーライフキングでも。


「ふむ。アレか?」


 ティーナはそれらしい気配を見つけ、その相手を上空から観察する。


 そいつは見た目はスケルトンだが、近衛騎士団よりも立派な武具に身を包んでいた。まるで騎士のような装備は、ティーナにはパッと見ただけで魔武具だとわかる。だが上等なものではない。ティーナ相手なら、そこまで障害にならないレベルだろう。


「うーむ……それでも強くはなさそうじゃが。まあ良いか」


 ゴキゴキと拳を鳴らし、ティーナは宙を蹴った。


 あっという間に加速したティーナの身体は、流星のような速度で件のスケルトンへと突っこんでいく。風切り音を聞いたのか、それとも攻撃の気配を感じたのか。それは定かではないが、スケルトンがティーナを見上げた瞬間、


 轟音と共にスラム街の一角が崩落した。


 高所からのティーナ渾身の体当たり。それは隕石の落下にも似た衝撃波を生み、無人の街となっていたスラム街を瓦礫の山へと変えた。


「ふむ。やはりあんまり威力は出んのぅ」


 スラム街への上空まで立ち上る土煙の中、ティーナは平気な顔をして立っていた。アンデッドなので呼吸はしない。それ故に、どれだけ粉塵が舞っている中でも平静時と変わらないのだ。


 だがそれは相手も同じ。


「……なんだ貴様は」


 積み上がった瓦礫を押しのけて、中からスケルトンが出てきた。ガシャガシャと鎧の音がするものの、それに苦している様子はない。筋肉のないその身体でも纏えているのは、やはり魔武具によるものだろう。


 ティーナの体当たりを防いだのも、その防具による性能のおかげだと考えられた。そうでなければ、通常のスケルトンより一回り程度大きいだけのスケルトンが防げるとは思えない。


 ゆっくりと起き上がるスケルトンを見ながら、ティーナは両手を広げてみせた。


「うん? 見ただけでわからんのか?」


 今のティーナはただの金髪美少女にしか見えない。微笑めばあどけなく、舞ってみせれば可憐な一輪。だがその正体は始祖吸血鬼、という最強の食虫植物のようなものだ。


 今は始祖吸血鬼として弱っている。だが、それでも同類のアンデッドならなにか感じるところがあるだろうと質問を投げたのだ。


 しかし起き上がったスケルトンは、緩やかに頭を振った。


「同族――アンデッドの中でも、吸血鬼であることはわかる。だがそれだけだ」


「……そうか。そんなもんなのかもしれんのぅ」


 今の弱くなった自分を改めて認識させられて、少しばかり残念という気持ちを抱く。


 アンデッドにも恐れられるアンデッド。闇の帝王として君臨していた、かつての自分はもういないのだと。


「まあよい。それも時代じゃ」


 不死者である自分に寿命はない。いくつもの文明が興り、いくつもの英雄が生き、そしてどちらも滅んでいったのを見ていた。


 それは自分も同じ。死なないだけで、いつかは始祖吸血鬼という存在が滅んでいくのだろう。


「フン。同族がなぜ邪魔をする? 〈死の行進デスマーチ〉が完成することに異論があるわけではあるまい?」


「吸血鬼としてはない。じゃが、これも巡り合わせよ。今の我は、人間の味方なのでな」


「生者の味方のアンデッドとは……。愚かしいこと極まりないな」


「お主とは年季が違うのよ。その程度のことで目くじらを立てる時期は、とうに過ぎたわ」


「そうか……ならば死ね!!」


 スケルトンは一気に飛び上がり、持っていた剣を振り下ろす。ただの飛び斬りだが、そこらの騎士よりも鋭い一撃だ。


 ティーナはそれを片手で受け止め、その衝撃で足元の地面がひび割れる。


「なに!?」


「悪くはない。悪くはないが……惜しいのぅ」


 剣をがっちりと掴み、ティーナは剣ごとスケルトンを放り投げる。スケルトンは地面に叩きつけられた後、転がりながら起き上がった。


「き、貴様……! ただの吸血鬼ではないな! あの御方に生み出された、ワガハイの一撃をこうも容易く受けるとは!!」


 魔術の付与された鎧とはいえ、鎧は鎧である。使用者の体格に合わせて形状変化が行われるとはいえ、それなりの重量のある装備だ。それごと軽く投げたことは、スケルトンにとって衝撃だったらしい。


「うむ。我がもう一回り弱体化しておれば、勝負になったかもしれんのぅ」


 現状でティーナとスケルトンの戦力はかなり開いている。少なくともティーナはそう判断していた。


 今の大上段からの一撃だけで、それだけのことがわかる。彼我戦力差を測るだけの実力はまだ錆びついていない。相手を侮っているわけではないのだ。


 スケルトンは構えていた剣を下ろし、カタカタと骨を鳴らし始める。


「くっくっく……。なれば、喚ぶまでよ。他の生者に向けていた我が尖兵をな!!」


 両手を広げるようにスケルトンが動くと、ティーナとスケルトンの間の地面からなにかが生まれてくる感覚があった。


 ティーナが警戒して一歩下がると、そこの地面から出てきたのは――無数のスケルトン。雨後の筍のごとく、真っ白い骨を持った人型が生まれてきたのだ。


 だがその光景を見て、ティーナはため息を吐く。


「なんじゃこれは? ただのスケルトン如きがいくらいても相手になるわけないじゃろが」


 しかし目の前のスケルトン――騎士スケルトンは余裕ぶって笑っている。それがまたティーナの癇に障った。


「ただのスケルトンだと? それが見抜けないのならば、所詮貴様もその程度よ。行け、我が尖兵ども!!」


 騎士スケルトンの声に呼応するように、無数のスケルトンが一斉にティーナに群がっていった。それに対し、ティーナは軽く腕を振るう。手刀による斬撃を飛ばしたのだ。


 それだけでスケルトンたちは数十と数を減らし、これを数回繰り返すだけで決着がつく――はずだった。


「なに!?」


 だがスケルトンたちはティーナの一撃を耐えた。無論、指で小突けば崩れそうなほどに弱ってはいるが、それでも攻撃能力を失ったわけではない。依然として、ティーナに群がろうと腕を伸ばしてきていた。


「ええい、鬱陶しい!!」


 ティーナは二度、三度と腕を振るってスケルトンたちを処理していく。その中でわかったことは、このスケルトンたちは必ず一度は攻撃を耐えることだった。


 根性。ガッツ。食いしばり。様々な呼び方があるが、この能力を有している者は厄介極まりない。どんな攻撃であろうとも、必ず一度だけなら生き残るのだから。


 しかもそれが眼前を埋め尽くすほどに存在している。最弱のスケルトンであっても一掃できないのであれば、処理できるザコから煩わしい存在へと変化してしまった。スケルトンに攻撃を許すわけにはいかない。塵も積もれば山となるのだから。


 更にそうやって手こずっている間にスケルトンは生まれ続ける。ティーナが腕を一度振るう内に倒した数の半分。二度目に振るえばまた半分。つまり、この状況が続く限り、スケルトンの数は減らないのだ。


 無論、生まれ出るスケルトンの最大数に限りはあるようだ。無限に生み出せるわけではないとはいえ、拮抗した状態に変わりはない。


(お互いアンデッドじゃ。体力に限りはないから、永遠に決着がつかんぞこれは!)

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