16 作戦会議

「近づけば近づくほど、圧力が強くなってる……!」


 私はスラム街に近づくにつれて、身体にまとわりつく圧力が増していくのを感じる。


 〈聖光の装衣ホーリー・プロテクション・ベール〉をかけているから、ちょっと圧を感じる程度で済むが、これがなければ頭を上げられなかっただろうと思うほどの圧力だ。


「そうか? 我は徐々に心地よくなっておる!」


「そりゃあなたは始祖吸血鬼だからでしょ。先生は平気ですか?」


「あん? なにがだ?」


「……なんでもありません」


 どうやら、この結界内の圧力も先生にとってはなんの意味もないらしい。ある意味、いつもどおりで安心するほどだ。


「ところで。もう着くっぽいが、このまま突っ込むか?」


「いえ、状況を確認しましょう。あの辺りにある屋根に上ってください」


 先生は指定した屋根の上に立ち止まり、私は抱えられた体勢のままでスラム街を見下ろした。身体強化をかけた視力や聴力によって、どこで戦闘しているかがわかる。


 観察の結果、スラム街の奥まったところで何箇所か戦闘が発生しているようだった。スラム街からアンデッドを出していないのは僥倖だろう。近衛騎士団や英雄ドレイクで抑え込んでいるわけなのだから。


 そう思って加勢しに行こうとすると、なにやら屋根の下――屋内が騒がしくなっているのを感じだ。もしかして今まで寝ていて〈死の行進デスマーチ〉に驚いて、今更逃げようとしているのだろうか?


 そこまで考えて、そんなわけがないと断じる。今も感じる〈死の行進デスマーチ〉の圧力にこれだけ至近距離で晒されて、眠っていられるだけの一般人なんていないはずだ。


 となると……。


「うむ。アンデッドじゃな!」


 あっけらかんと言った様子で、ティーナが私の考えを先回りする。にこやかに笑う金髪少女だが、その価値観は始祖吸血鬼そのものだ。


「とりあえず倒しておこっか……」


 ここから貧民街を抜け、大通りなどの人の多い方へ向かって行かれたら面倒この上ない。気勢を削がれた感じがするが、倒しておかなくてはならないだろう。


 私は〈飛行フライ〉で小屋のドアまで下り、警戒を重ねてドアを蹴り飛ばした。この緊急事態にドアの安否なんて気にしてられない。


「がぁああああ!!」


 屋内からの襲撃を予想していた私は〈飛行フライ〉で飛び上がり、中から出てきたアンデッド――ゾンビの攻撃をかわした。


 一瞥してわかるが、本当にただのゾンビだ。特に能力を持っていたり、特殊なゾンビには見えない。念の為、確認用に弱い魔術を使ってみる。強いゾンビなら生き残ったり、場合によっては無効化するかもしれない。


「〈火球ファイアボール〉」


 杖の先から拳大の火球を生み出し、弱点の火属性である初級魔術をゾンビに向けて放つ。着弾した瞬間、ゾンビの衣服も肉体も燃え上がり、アンデッド特有の腐臭を撒き散らして朽ちていった。見た目通り、最も弱い普通のゾンビだったらしい。


 私は屋根に戻りながら、ゾンビに抱いた違和感を分析する。


「今のゾンビ、なんか服が貴族っぽかったな……?」


 こんな貧民街とスラム街の中間地点に貴族が来るわけないんだけど、何者だったんだろうか。たまたま平民に関係者がいたとか……人には言えないような商売に手を染めていたとか。色々と考えられる理由は多かった。


 だが殺した以上は、どうでもいい。そういうことだ。


「ふむ。今のゾンビじゃが、このあたりから複数の気配がするのぅ」


「げっ。じゃあ、ひとまずはそれを掃除しよっか。先生……は、ここで待っててください。はぐれるといけないので」


「おぅ。ザコの相手は頼んだぜ」


 私とティーナはそれぞれに分かれ、付近のアンデッド――ほとんどがゾンビであり、たまにスケルトンがいる程度――を掃討した。始末を終えて戻ってくると、既にティーナが笑顔を浮かべて待っている。本当に調子が戻っていないのか疑問になる手際の良さだ。


「このあたりには、もうおらんようじゃな」


 アンデッド特有の同族感知能力なのか、始祖吸血鬼の能力なのかはわからないが、ティーナには発生したアンデッドの強さが気配でわかるらしい。その彼女が言うのだから、私もきっちり掃除できたというわけだろう。


「でも全部のアンデッドが最弱の存在だったんだよね。強いアンデッドはまだ生まれないのかな?」


「それもあるがのぅ。そもそも〈死の行進デスマーチ〉によって生者がアンデッドに変えられる時は、強さに応じてアンデッド側の種族が決定するのじゃ。ゾンビとスケルトンばかりじゃったのは、元になる人間がザコだったからじゃな」


 得意げに解説するティーナ。〈死の行進デスマーチ〉の詳しい内容については書物にも残っていないので、こういった生きた知識はかなり貴重だ。まあ彼女自身は死んでるんだけど。


 アンデッドにされた人々は、アンデッドにされた上でザコ呼ばわりされてかわいそうだとは思う。ただ、それとは別に私の脳裏に疑問が浮かんでいた。


 それは最初のゾンビと同じように、他のアンデッドも貴族のような服装をしていたことである。私が倒した全員が貴族服に身を包んでいた。ティーナにも訊いてみると、「確かに我が倒したアンデッドどもも、なんかキラキラした服を着ておったのぅ」と呑気に答える。


 つまり、貴族たちがなにかしらの事情でここに集められていたことは想像に難くない。その理由については、一切情報がない為に推測することすら難しいが。


「それで? どうするよ。作戦がないなら、俺は突っ込むぜ」


 先生は私の指示を待ちかねているように拳を手のひらに打ち付けている。先生に色々と行動を指示している内に、なぜか私が司令塔のようになってしまっていた。


 まあ実際、私がいなかったら先生は突撃しかしないだろうし。情報もなく闇雲走り出して、持ち前の方向音痴で迷子になるのが目に見えている。それに交渉事もできないので、騎士団に取り囲まれたりして、それを無理やり突破してお尋ね者になる未来までありえるのだ。


 そう考えると、私の役割は意外と重要だな? なんかこう、制御のできないじゃじゃ馬を乗りこなすような感覚を抱きつつあるけど。


「我はエクレアの意見に賛成じゃ。まだ強いアンデッドの発生は確認できん。術者や結界を制圧するなら今のうちじゃからな」


 まだ〈死の行進デスマーチ〉が発動してから間もないから、弱いアンデッドしかいないのだろう。〈死の行進デスマーチ〉の恐ろしさは、時間をかければかけるほどアンデッドがアンデッドを呼ぶ状況になることなのだから。


「術者を抑えれば〈死の行進デスマーチ〉は止まる?」


「魔力の流れを止めるだけじゃから、あくまで一時的にじゃがのぅ。完全に止めるには結界の破壊が必要じゃし、集まったアンデッドによって、より強いアンデッドが生まれる可能性は残るがの」


 結局は元を断つしかない、か。


 それに元を断った後も油断はできない。すぐさま発生したアンデッドを掃討しないと、結局強いアンデッドが生まれる可能性を残したままだ。


 私はスラム街で発生している戦闘の規模と数を魔術で把握し、意を決して指示を飛ばす。


「じゃあティーナは右側。私は左側。先生はこのまま真っ直ぐ行って、スラム街の一番奥へ向かってください」


 戦闘の規模からして、スラム街の最奥で行われているものが最も手強いはずだ。そこを先生に任せることにする。本当は対応力のある私が行くべきなのかもしれないが、もし私が勝てないアンデッドだったら、先生を呼びに行く手間がかかってしまうからだ。


 なら、最初から先生に任せた方がいい。先生が負けるということは、おそらくこの世界の誰も勝てないということだから。


 それぐらい、私は先生の強さを信じていた。いや信じていたっていうか、目の前でブラックドラゴンを倒された時――しかも一撃で――から信じるしかないんだけど。


「おぅ。任せとけ!」


 そんな先生は強者と戦える予感からか、嬉しそうに笑う。


 だがその顔の怖さから、やっぱり獰猛な野獣にしか見えないな、と私は思うのだった。

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