15 始祖吸血鬼の一端

 歩いて一時間以上かかった地下道は、先生が全力で走れば一分もかからない。

 私たちは異変を感じてから、わずか一分程度で地上――帝都の共同墓地へと辿り着いていた。


「なんだありゃ」


 先生は私たちを抱えたまま、あごで視線の先を指す。そこには帝都を覆う、巨大な半円状の結界のようなものが見えた。薄い紫色の膜からは、濃厚な死の気配を感じさせる。


「おお! あれこそが〈死の行進デスマーチ〉よ! 発動させたのを見るのは数百年振りかのう!!」


「なんで楽しそうなの……? と思ったら、あなたもアンデッドだったね」


 やたら愉快に騒ぎ立てる始祖吸血鬼――ティーナを尻目に、私は〈死の行進デスマーチ〉に意識を集中させる。


 あれだけ強いアンデッドの気配だ。帝都の人々はもうパニック状態だろう。


「とりあえず、近づく前に強化を……! 〈聖光の装衣ホーリー・プロテクション・ベール〉」


 私は自分に光属性の上級魔術によって防護をかける。これでそもそもアンデッドを寄せ付けなくなるし、闇属性の攻撃に高い耐性を獲得できた。


 ティーナはともかく、先生にも必要だろうと〈聖光の装衣ホーリー・プロテクション・ベール〉を彼に向けて発動させると、


「ッ! 弾かれた!?」


 強化魔術が消し飛んでしまった。先生の身を包もうとしていた聖なる光は、一瞬で空中に霧散していく。


 そういば強化魔術を先生にかけたことなかったけど、先生は支援・攻撃問わずに魔術を無効化してしまうらしい。支援魔術など必要ないということなのだろうか?


「ま、まあ弾かれたなら仕方ないですね。帝都に入りましょう」


 そう言いながらも、入れるのかどうかすら疑問だった。あの〈死の行進デスマーチ〉を象っている半円状の結界は、外敵の侵入を許すのだろうか。というか、そもそもこのままだと帝都の外壁を上ることになるので、私たちが敵だと思われてしまうのでは……。


「ん? あっちが騒がしいな」


 帝都にまっすぐ向かっていた先生が足を止め、突然正門の方へと走り出した。闇雲に〈死の行進デスマーチ〉へ突っ込むより、現状の情報が得られるかもしれないと思い、先生に任せることにする。


 そうして抱えられながら移動を見守っていると、正門に群がる人たちが見えてきた。身体強化の魔術はすべてかけているので、私ですら彼らの装備や動きまで正確に捉えられる。その装備品や統率の取れた動きから、


「あれは……傭兵っぽいですね」


 私はそう結論づけた。


 なぜ正門にそんな人間たちが集まっているのだろうか。しかも壁上に陣取っているのは衛兵ではなく、装備からして既に騎士団の人間だと見て取れる。


 そんな緊急的に動員されたであろう彼らも、壁上から傭兵たちに応戦している状態だ。アンデッドが帝都内で生まれると同時に、外からも攻撃が起きてるってことになる。


 つまり、


「全部計画通りってことか」


 誰かしらの陰謀による騒ぎだということだろう。帝都付近に傭兵を潜り込ませられるということは、帝国貴族あたりかもしれない。


「人間の社会もめんどうじゃのぅ。どれ、我がいって適当に済ませてくるか」


 私の出した結論にティーナも辿り着いたらしく、めんどくさそうにため息を吐いていた。


「穏便に収める手段を持ってるの?」


「ん、まあ大丈夫じゃろ。錆落としのつもりで力を振るってくるからのぅ。ほれ投げよ」


「あ? じゃあ行くぞ」


「先生軽く! 軽く投げてくださいね!!!」


 私が先生に念を押したからか、ティーナは視認できる速度で飛んでいく。これが先生の全力だったら、多分衝撃波でティーナごと傭兵たちは全滅してただろうな。ティーナは欠片でも残ってれば再生する、のかもしれないけど。


 発射されたティーナは空中で両手を広げ、爪を伸ばし、


「眠れっ!」


 飛び抜けながら多数の傭兵たちをかき切った。


 いやこれ、殺してない? と思ったのも束の間。赤い縄のようなもので、ティーナが抜けた軌道上にいた傭兵たちがグルグル巻きにされて地面に倒れた。さらに、誰も彼も気絶しているようで、白目を剥いたままビクビクと痙攣している。


「うわぁぁ! なんだぁ!?」

「わからねぇ! いきなり倒れやがって!!」


「今だ! 畳み掛けよ!!」


 傭兵たちが一斉に倒れたのを見て、壁上から降り注ぐ矢の数が増える。ここが決め時だと、騎士団による防衛が勢いづいたからだ。


「ダメだ! 逃げろ!」

「こんなん話が違う! 割に合わねぇ!!」


 ティーナの爪から逃れた傭兵たちは背を向けて逃走するが、そこへふらりと金色の影が立ちはだかっていた。目立つはずの影色は傭兵たちの視界には入っていないようで、彼らはその影に吸い寄せられるように走っていく。


「お主らも眠っておれ」


 金色の影――ティーナがわずかに揺れると、傭兵たちは眠るように倒れていく。結果、百人近くいた傭兵たちは、数十秒の内に誰ひとりとして立ち続けることができなくなっていた。


「これは?」


 到着して先生に下ろしてもらい、倒れた傭兵の状態を確認する。


 視認してみると、どうやら昏睡状態にされているようだった。おそらくは吸血鬼としての、なんらかの能力を行使したのだろう。


「いやぁー、1回で終えられないとは。我の力、思った以上に弱っとるのぅ」


「これで弱ってるんだ……」


 若干引きながら聞くと、こちらに戻ってきたティーナは胸を張って答える。


「当然じゃ。むしろ全盛期なら威圧するだけで全員気絶させられた自信があるぐらいじゃ」


 ティーナの言葉には見栄も嘘も感じられない。見た目は整っている金髪少女なのだが、その中身が始祖吸血鬼であることを痛感させられた。


 現状が上位吸血鬼程度まで弱ってるとは本人の談だが、あまり信じない方がいいかもしれない。昨夜見た真祖吸血鬼に近い動きをしていたのだから。


「おい! お前たちはなんだ!? どこから現れた!?」


 突如、上方から声がかかる。見てみれば、壁上にいた騎士団の隊長らしき人だった。脇に控える兵士たちは弓を構えており、いつでもこちらに撃てるように控えている。


 彼らの対応ももっともだ。いきなり出てきて、傭兵たちをすべて昏倒させたのだから。


「驚かせて申し訳ありません! 私はSランク冒険者のフラン! こちらが同じくSランク冒険者のエクレアです!!」


 私は〈飛行フライ〉を発動し、冒険者カードを掲げながら城壁に近づいた。未だ訝しげな騎士団の隊長に渡し、反応を待つ。


 あえてティーナには触れない。こうすればSランク冒険者ではないけれど、そのお供だと勝手に思ってくれるだろうから。


「これは確かに冒険者カード……失礼しました。突如、傭兵たちがどこからともなく現れて交戦していたところなのです」


「えっと、一応全員気絶していると思うので捕縛しておいてください。それで、中に入れてくれますか?」


「はい! おい、門を開けろ! それと奴らを捕縛する! 急げ!!」


 私がゆっくりと地上に戻ると、重たい正門が開かれていく。これなら緊急事態とはいえ、帝都の壁を越えていくという行動を取らなくて済む。そんなことをすれば敵だと思われて壁上の騎士団に撃たれてしまうので、あくまでも最終手段だったのだ。


 先生の速度で乗り越えれば、誰も追いつけない……という物理的な現実はともかく。


 まあ情報も手に入るし、こうした方が良かったと思おう。

 大事なのはこれからどうするかだ。


 そう思って正門が開き切るまで待機していると先ほどの隊長が出てきて、私に向けて頭を下げる。


「改めて感謝します。実は東門、西門、北門の方でも傭兵が襲撃してきておりまして。これで人員を割くことができます」


 どうやら、この動乱は用意周到に計画されたものらしい。そうでなくては、それだけの数の傭兵で帝都を包囲することなどできない。そもそも百人程度とはいえ、帝都周辺にそれだけの敵兵を用意すること自体が普通ならありえない。


 だが私が考えるのはそのことじゃない、と頭を切り替える。


「あの、この紫の結界のようなものは……?」


「いえ……これがなんなのかはわからないのです。スラム街からアンデッドが出現したとの報告もありますから、〈死霊魔術師ネクロマンサー〉が首謀者かもしれません」


 スラム街にアンデッド……! そこが〈死の行進デスマーチ〉の核だろう。ティーナをチラッと見れば頷いており、私の推測が正しいことを裏付けてくれるようだった。


「ですが心配はございません。アンデッドの方へは英雄ドレイク様と、近衛騎士団の方々が向かったようですので、すぐに制圧なさるでしょう」


 こちらを安心させるように笑う隊長だったが、私は笑う気にはなれなかった。このままいけば〈死の行進デスマーチ〉が進行し、近衛騎士団まるまる――最悪、英雄ドレイクすらアンデッドに変えられてしまう。


「英雄ドレイクか……」


 隣から先生の獰猛な呟きが聞こえ、私は彼をなだめるように声を出す。


「今は抑えてくださいね?」


「わかってる。ひとまずは、この騒ぎを収めてから、だろ」


「ならいいですが」


 先生の強者を求めるという行為は、旅の目的そのものだ。故に先生の中で優先度が非常に高いのはわかるけれど、こういう時ばかりは抑えてほしいと思う。


「うむ。目的がわかったな。では向かおうではないか」


「そうしようか。先生、お願いします!」


「おぅ。方向は指示頼むぜ?」


 騎士団の隊長は先生が私たち2人を抱え込むのを見て、あからさまに怪訝そうな顔をする。だが先生の速さを見れば、その顔色も変わるだろうと思い、


「ッ!」


 一瞬で置き去りにしてしまったので、その後の表情はわからなかった。

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