17 フランVSリッチ(前)

「いきなり魔力が膨れ上がった……?」


 先生たちと別れ、単独行動をしているとスラム街の最奥――先生を向かわせた場所から魔力の奔流が感じられた。


 おそらくだが、〈死の行進デスマーチ〉の段階が進行したのだろう。これからはもっと強力なアンデッドが生まれる可能性が高まった。


 だが警戒しながら進むという手段は取れない。前方で繰り広げられている戦闘音は、明らかに騎士団――近衛騎士団たちのものだ。そして聞き取れる悲鳴の多さによって、近衛騎士団が劣勢であることがわかる。


 私は急いで現場に向かい、〈飛行フライ〉で上空から戦場を見下ろす。


「あれは……?」


 近衛騎士団と相対しているのは、アンデッドの魔術師――リッチだ。でもあのリッチは並のリッチではない。かなりの魔力を蓄えており、それだけでSランク冒険者に依頼が来てもおかしくないほどに。


 見ていると、リッチから大きな火球や長い電撃が放たれ、近衛騎士団たちは防御に専念して耐えていた。だが1人、また1人と倒れていく。


「これ以上は! 〈神の鉄拳ゴッド・フィスト〉!!」


 私は光属性の上級魔術を発動し、リッチに向けて落とす。神々しく光る人間大の拳だ。並のアンデッドなら耐えることすらできずに消滅する。


 不意打ちとも言える私の一撃に気づいたリッチがこちらを見上げた。しかし神の拳は目の前に迫っており、防ぐ手段などアンデッドにはありはしない。


 真っ白く光る拳がリッチに落ち、周囲は極光に包まれる。神聖な光の奔流が近衛騎士団を包み込み、不浄なる魔力から守っているようだった。


 だが、拳が落ちた地点にリッチの姿はない。消滅したわけでもなかった。その手応えが全く感じられなかったのだから。


 つまり、


「〈光槍の豪雨シャインランス・スコール〉!!」


 私は背後に向けて光魔術を放つ。スラム街の上空を光の槍が雨となって降り注ぎ、中空にいた漆黒のローブへと突き刺さる。


「ぐぅっ! 貴様! なぜ私がここにいると気付いた!!」


 〈飛行フライ〉を使っているのだろう。仕切り直すようにふわりと離れ、ローブから顔を出すリッチ。その眼窩には青い炎が灯っており、私の中の怒りを無条件で増幅させる。


「いやあれだけ綺麗に消えられたら〈転移テレポーテーション〉だってわかるでしょ。バカにしてんの?」


 魔力の残滓も残さない消え方と、魔術師であるリッチが〈転移テレポーテーション〉を使えないわけがないという2つの条件。

 それに加えて、〈神の鉄拳ゴッド・フィスト〉が当たる直前にリッチは私のことを認識した。


 となれば、背後から奇襲をかけるのは当然のこと。戦闘において私は至極真っ当な思考回路しか有していないので、これぐらいは予測できる。というか、できないのならSランク冒険者なんてとっくに剥奪――いや、そもそもなれるわけがないのだ。


 いやまあ何事にも例外はあるけど、と脳裏に浮かぶ先生の顔を打ち消す。

 そうして無駄に思考を回していると、突然リッチが低く笑い出した。


「ふ、ふふ……。そうか、そういうことか。貴様も不死者なのだな?」


「は?」


 なにを言ってるんだコイツは、という感情を凝縮してリッチを見下す。


「隠さずとも良い。その濃厚な吸血鬼の匂い。そして、そのナリをして私に匹敵する実力。更には、おそらく永い年月をかけてアンデッドに天敵である光魔術まで修めていること。となれば、不死者以外には考えられぬ。貴様もまた、魔術の研究の為に不死者になったクチか?」


 急に喋りだしたと思ったらわけのわからないことをペラペラと。


 吸血鬼の匂いっていうのは、間違いなくさっきまで一緒にいたティーナのことだろう。弱っているとはいえ始祖吸血鬼の体臭……体臭なのかな? ともかく、あれだけ近くに強い吸血鬼がいたのだから、その気配が私にもくっついているということだ。


 そのナリっていうのは――考えないようにしよう。コイツの眼窩の灯火が蒼いだけでも、魔族の蒼い炎を思い出して苛立つのに。身長のことまで言われてると考えてしまったら……最大火力で殲滅にかかってしまいそうだ。


 その場合それで倒せればいいが、倒せなかった時や、敵に隠し玉があった場合に対処が難しくなる。今は我慢だ。戦闘中は頭を冷静に保つことが肝要なのだから。それが師匠――ナーリーの教えだ。


「だとしたらどうする?」


 私は奴の勘違いにあえて答えず、出方をうかがうことにした。協力しようと言うのなら、そう見せかけて背中から撃てば良し。そうでないのなら――。


「だとしてもなにも変わりはせん。私は創造主……いや、あの方以外のアンデッドを倒す為に創られた存在なのだから」


 どうやら自然発生したものではなく、創られたリッチだったらしい。


 流暢な喋り方をするリッチは少なくない。無論、それは人類が大々的に足を踏み入れていない未開の地であることが多いのだが。


 人間が魔術研究などの為に無限の寿命を手に入れようとしてアンデッドになることは、魔術師の中では有名な事柄だ。それ故に、流暢な喋り方をするリッチは元々が人間のことが多い。


 しかし、目の前のリッチはそうではなく、更に上位のアンデッドから生み出されたもの。つまり主人は〈死の行進デスマーチ〉を起こした犯人そのものである、という可能性が高いだろう。


「〈死の行進デスマーチ〉を成功させるぐらいだから、優秀な魔術師であることに変わりはないんだろうけど」


 帝都に〈死の行進デスマーチ〉の魔法陣を完成させ、そのまま発動させたのだ。下準備に何年、何十年とかかっただろう。だがリッチとなった彼らに時間の概念は意味をなさない。


 どれだけの時間がかかろうとも、一度発動させればいいのだから。


「おお! 貴様にもわかるか! 我が主の偉大さが!」


 私の独り言が聞こえていたのか、目の前のリッチは大仰に腕を広げて喜んでいる。


 これはコイツが特殊なのではなく、ゴーレムやホムンクルスといった創造物はだいたいこういう性格をしているものだ。


 創造主をすべてと崇め、絶対者として奉る。

 それが創られた者の義務、もしくは本能とでも言うように。


「それはどうでもいいや。私はさっさとそいつを止めなきゃいけないんだからさ」


 突き放すように言うと、眼前のリッチはピタッと動きを止める。〈飛行フライ〉で高度をゆっくりと上げ、こちらを見下ろすような角度へと上昇した。


「どうでもいい? 我が創造主に対して、どうでもいいと言ったのか貴様は」


「そうだよ。〈死の行進デスマーチ〉なんてくだらない。他人の命をいたずらに奪うカスのような魔術だ。そんな奴……この世に存在させてなるものか」


 私はすぐさま詠唱に入る。だがリッチはそれでもこちらを見下しており、怒りによって肩を震わせていた。


「カスは貴様だ!! 我が創造主の偉大さを理解せん下等な生き物よ! やはり吸血鬼はアンデッドの中でもカスだ! 下手に人間臭くて、なにかを勘違いしておる!!」


 リッチは叫びながらも両手を合わせ、合唱のようなポーズで詠唱を始めた。詠唱のタイミングとしては遅いが、それでも私より早く発動できる自信でもあるのだろう。


 その自信が結果として現れ、リッチは私の詠唱よりも早く魔術を完成させて腕を振るう。


「〈雷龍の暴れ雨ライトニング・ドラゴン・ブースト・スコール〉!!」


「まさか!」


 発動された魔術に私は驚きを隠せなかった。

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