12 目覚める始祖吸血鬼

「先生! ストップストップ!」


 私は血を垂らす先生の腕を引き上げようとする。だが私如きの力で先生の腕が動くわけもなく、変わらずに指から血が滴っていく。


 その血液は始祖吸血鬼の口元に落ち、赤い点を次々と作っていく。


「これで目覚めねぇかな?」


「な、なんでこんなことを……!」


 先生の腕をどかすことを諦め、私は自分にできるだけの強化魔術を掛けておく。始祖吸血鬼が起き上がった場合、強化魔術なしでは厳しいだろう。先生が負けるとは思えないが、万が一だってあるし、そもそも私が標的にされる可能性もあるわけだし。


 チラッと生き残った吸血鬼を見ていると、彼もまた唖然としていた。そりゃそうだよね。人間が突然始祖吸血鬼に血液与えてるんだもん。意味不明だよね。


「むっ……ぬぅっ……!」


 私が先生の奇行を見守っているしかないと、棺の中から声がした。それと同時に先生は腕をどかす。先生が噛み切った親指の傷は、役目を終えたと判断したのか瞬時に塞がっていく。相変わらずの謎治癒だが、そんなことに構っている暇はない。


「くはぁっ! まっず! なんだこの血!! オーガの血液でももっとマシだったわ!!」


 ガバッと起き上がる棺の中の少女。金髪が揺れ、紅い瞳が薄暗い室内でも煌々と輝いているのが見えた。


 なんらかの事情によって幼くなってしまった始祖吸血鬼。それが今、目覚めてしまったのだ。


「あん……? なんじゃお主ら。人間……?」


「起きたか。俺と戦え」


「はっ!? なに!? 状況が掴めんのじゃけど!? っていうか我こんなちんちくりんになっとるし! なにが起きとるんじゃ! おい、説明せい!!」


 始祖吸血鬼は自分の身体を確認したり、周囲を見回している内に、生き残った吸血鬼を見つけた。自分の部下らしきそれを見て、安心したかのように駆け寄っていく。その姿は、まぎれもなく無垢な少女のようだった。


「……全然強さを感じない」


 目覚めた直後だからか、あの姿だからか。始祖吸血鬼からは強さを一切感じ取れない。魔力もないし、強者特有の威圧感もない。先生も威圧感は持っていないが、一定以上の強者はそういう威圧感で他者を怯えさせないのだろうか?


「なんだ、調子狂うな」


 先生が頭をポリポリとかいている。先生にそれを言われたらおしまいなんですけど、とは口に出さずにおこう。いつも調子を狂わされている身にもなってほしくはあるが、無駄なことはわかっているからだ。


 私と先生が始祖吸血鬼と吸血鬼の情報伝達を見ていると、いつしかそれも終わり、始祖吸血鬼がこちらに振り返った。両手に腰を当てて威圧するような姿勢だが、微塵も強さを感じない。


「おい、貴様ら! なぜ我を復活させた!?」


「戦いたかったからだ」


「はぁ!? 意味不明じゃ!! 我は始祖吸血鬼! この2000年間、誰にも討伐されなかった夜の王じゃぞ! 恐ろしいと思わんのか!?」


「俺より強ぇならありがてぇくらいだ。戦えるのか?」


「えっ、なにこの人間。我が俗世から離れてる内に、人間ってオーガ並の知能になったのか? そういえば、我がこうなる直前に戦った奴も彼我戦力差を理解できぬ頭オーガ女じゃったなぁ」


 しみじみと思い出すように語る始祖吸血鬼。


 頭オーガ扱いされたアイゼアだが、同情はしない。相手との戦力差を測れること、それもまた冒険者としての力量だからだ。


「とにかく! ……今は無理じゃ。今の我に力はほとんどない。せいぜい……コイツ、上位吸血鬼と同じくらいじゃ」


 始祖吸血鬼に指を差される生き残りの吸血鬼。そうか、彼は上位吸血鬼だったのか。通りで強さを感じなかったし、先生に一蹴――いや、先生に対しては誰であってもその程度だった。


「じゃあどうやったら力を取り戻すんだ?」


「だ・か・ら! お主おかしいじゃろ! 始祖吸血鬼の力を取り戻させてどうする!? えっ、コイツ本当に人間!?」


 そのやり取りを傍から見ていた私だが、なんだか冷静に「この始祖吸血鬼、リアクション大きいなぁ」ぐらいにしか思っていなかった。彼女が自分の強さについて嘘を吐いてる様子もないし、脅威を感じないからだろうか。


「えっと、とりあえず……状況の説明からさせてもらっても?」


 要領を得ない先生とギャンギャンわめく始祖吸血鬼の話し合いが徒労に感じ、私はそう割って入ることにした。






「ほぉー。お主は強者を探しておるのか」


「おぅ。だからお前と戦えたらと思ったんだよ」


 生き残りの吸血鬼がどこからか持ってきたイスに座り、私たち3人は現状の確認をしていた。


 先生が始祖吸血鬼を復活させた理由――先生が強者と戦いたいだけだったこと。

 私たちがここまで来た理由――真祖吸血鬼による帝都襲撃。

 始祖吸血鬼が討伐された瞬間――白い光に包まれていた。


 などなどの情報を共有している。


 始祖吸血鬼は意外と親しみやすく、こちらの話にちょうどいい相槌を打つほどだった。


「むぅ……我が力を取り戻すには、それこそ世界中の人間の血液が必要じゃぞ? それほどまでに我は強大じゃったのじゃ」


「でも灰になったんだろ?」


 先生に指摘され、始祖吸血鬼は勢いよく立ち上がる。


「ああ、そうじゃ! あの忌まわしい電撃! あれはなんじゃったのか検討もつかん! 我を一撃で仕留め、こうして部下が回収した灰の一部から復活するのすら数年を要した! そもそも灰になったことないから、これが普通なのかもしれんけどな!」


 ヤケになったようにひとしきり笑った後、始祖吸血鬼はため息をつきながら腰掛けた。


 見た目は完全に腰まで届く金髪を持った少女なので、その姿は痛ましく見える。だが彼女の言った情報は、私に驚きを与えた。


「待って。あなた、灰から復活できるの? でも、冒険者ギルドに大部分の灰を持っていかれてるから、復活するなら量の多い方じゃない?」


「そうじゃな……。そう考えると、おそらく持っていかれた灰の方は、既に風に流されたか、海にでも沈められたか。それとも光魔術で封印でもされておるのかもしれん。要は復活できん状態じゃな。故に、我は自然とこっちから復活したのじゃろう」


 生き残りの吸血鬼から聞いたところによると、回収できたのはさじ一杯分程度の灰だったという。それだけの灰から、少女の姿になるまで復活できるのだ。始祖吸血鬼の回復力の凄さを実感させられる。


「力を取り戻すには世界中の人間の血液が必要と言うけど、先生の血で目覚めたじゃない? 先生の血で力を取り戻せたりしない?」


「せんせん!! コイツの血はひどくマズイ上に、力を取り戻せたわけじゃないんじゃ! いわゆるショック療法じゃな! お主だって寝ているところに泥水を口に流し込まれたら起きるじゃろ? それと一緒じゃ」


 始祖吸血鬼の言うことに同意しながらも、「始祖吸血鬼ってショック療法とかの言葉知ってるんだ」と思ってしまう。永いこと生きてるから、人間の言葉や社会にも詳しいのかもしれない。


 しかし泥水って。先生の血液は、吸血鬼にとってそこまで言わせるものらしい。


「となると、あなたが力を取り戻すのは実質不可能ってわけね」


「そうなるのぅ。お主には残念じゃったがな」


 始祖吸血鬼はちらりと先生に視線を送る。


「そっか。なら帰るか」


「おぉぉぉぉい!! ちょっとドライすぎんか!? もうちょっと、こう、始祖吸血鬼を目覚めさせたんじゃからその責任とか対処とかあるじゃろ!? 放置!? 放置プレイか!?」


 始祖吸血鬼は先生に食って掛かり、そのお腹をゴスゴスと叩いている。だがその内に自分の拳の方が痛くなったのか、手をさすりながらイスに戻った。自業自得なのだが、少女の姿なのでなんだか見てる方がかわいそうになってくる。


 始祖吸血鬼がここまで感情の起伏の激しいことは予想外だったが、私たちにとって無害に近い存在まで落ちていることはもっと予想外だ。


 さて、どうしたものかな。

 始祖吸血鬼の処分を考えなきゃいけないんだけど、意外と理性的なんだよね。話し合いをすれば、わかってくれそうというか。


 そうなると、現状で考えれらる選択肢は3つ。


 ひとつは、冒険者ギルドに引き渡す。


 これを選ぶと、確実に始祖吸血鬼は処分されるだろう。とはいえ、その復活力が未知のものなので再復活する可能性もあるし、魔術研究の素材にされる可能性もある。見た目が少女だから、あんまり想像したくないけど。


 もうひとつは、逃がす。


 このまま見なかったことにして、彼女を世に放つ。でもそんなことをして、人間を襲われても困る。彼女は少女の姿でも上位吸血鬼ほどの力を持つと申告している。私たちの腕前だからほとんど無害なのであり、一般人にとっては充分に脅威だ。


 もうひとつは――。

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