11 眠る始祖吸血鬼

「あー、はいはい。わかりました。白い光ね。はいはい」


 オチが見えた私は、アイゼアの話を聞いて本当は誰が始祖吸血鬼を倒したのか理解できた。


 気落ちするアイゼアに同情の声を掛けることもない。部外者の私が言っても逆効果だろうし、なにより掛ける言葉も持ち合わせていないからだ。


 私は真祖吸血鬼を逆さ吊りにしたまま暇そうにしている先生の下へ戻る。


「先生は始祖吸血鬼……って言ってもわからないですよね」


 アイゼアから聞いた風貌を説明し、「そんな敵に〈雷撃ライトニング〉を撃ったことがないか?」と訊いてみた。


 しかし先生は首を傾げながら、


「もしいても覚えてねぇな。倒した奴のことなんて」


 なんか暗殺者みたいなことを言い出した。いや、実際に暗殺者を見たことがあるわけじゃないけど。


 その後、真祖吸血鬼は冒険者ギルドに受け渡され、帝国直々の預かりになった。どういう扱いを受けるのかは知らないが、もう日の目を見ることはないだろう。いや吸血鬼だからその方がいいのかもしれないけど。


 アイゼアは真祖吸血鬼にすら勝てなかったことで、始祖吸血鬼を討ったのはなにかの間違いだと自己申告した。更には自分でランクの降格まで言い出し、冒険者ギルドと一悶着起こしている。


 今回のことは彼女の悪意による嘘ではないから判断が難しいらしい。だが、始祖吸血鬼を倒した功績でSランクになったので、Aランクに降格される可能性もあるそうだ。今後関わるかどうかわからないので、彼女がどうなってもあまり興味がないのだけど。






 そして、現在。


 私たちは、真祖吸血鬼に〈支配ドミネイト〉で吐かせた本当の吸血鬼のねぐらにやってきていた。


 そこはなんと、


「まさか共同墓地の下とはね」


 帝都の住民が使用する共同墓地の地下だった。灯台下暗しというやつだろう。


 ただし。墓地全体にアンデッドを封殺する結界が常時張っているので、この墓地から直接帝都を襲撃することはできない。だからこそ、墓地の裏側――帝都から離れる方向に、地中トンネルが掘られているのだとか。


 吸血鬼たちが作った墓地の外周にある隠し通路を下り、私たちは地下へ入り込んだのだ。灯りのない無機質なトンネルが、坑道のように延々と続いている。私たちはそこをただひたすらに歩いているというわけだ。


 ちなみに、そもそもどうしてそんな結界があるのかと言うと、アンデッドはアンデッドを呼び、アンデッドの群れは強力なアンデッドを生む、という性質からだ。


 結界が張っている以上、アンデッドは封殺されて生み出されないし、アンデッドの通行を阻止する効果もある。これは帝国の宮廷魔術師たちが持つ秘術のようなものだった。


 そんな墓地の地下に吸血鬼たちが潜んでいたとは。いやはや、ネズミの侵入を許した家屋の気分だろう。帝国としては、忸怩たる思いかもしれない。


 とはいえ、私たちは根城のない冒険者。国家がどう思おうが関係なく、また依頼を出されれば受けざるをえない。


 なぜなら、


「やっぱり始祖吸血鬼を警戒してるんですかね。Sランク冒険者への特命依頼なんて」


 特命依頼。それはAランクとSランクの冒険者にのみ課される、いわゆる『断れない依頼』だ。


 Aランク以上の冒険者は、冒険者ギルドによって身分が保証され、下級貴族にも迫る立場……つまりは権力を保持している。その措置の見返りとして、冒険者を強制的に使うことができる――それが特命依頼だ。


 と言っても、特命依頼を出せるのは国に承認された場合のみ。つまり、ほとんどの場合、依頼者は国だ。今回も帝国直々の依頼であり、始祖吸血鬼をどれだけ警戒しているのがわかる。


 ちなみに特命依頼の強制力の強さとしては、Aランクは半強制的であり、Sランクは強制的だ。Aランクは腕前と依頼の難度を比較して断ることもできる。


 その場合、Aランクとしては減点になるので、何度か繰り返しているとBランクに落とされてしまったりする。だが特命依頼が難しすぎるものばかり出てきたらどうするのか。そういった場合にはサポートに回ることが許され、その特命依頼はSランクに向かう、というシステムだ。


 今回は直行で私と先生に特命依頼が来たので、サポートも誰もいない2人きりの道中ではあるが。


「でもどこまで続くんだ、このトンネル」


 歩き続けるのに飽きたのか、先生は先導しながらぼやく。先生は元々身体が規格外に頑丈だし、私も身体強化を掛けているから疲労こそ感じないものの、延々とトンネルを歩くのは精神的にくるものがある。


 かといって、いつ敵が現れるのかもわからないのに走る抜けることはできない。それこそ罠が仕掛けられている可能性もあるのだ。


 先生ならなにが出てきてもぶち破れるんじゃないか、と思ったのは口に出さないでおこう。それに勢いづいて走り出されても困る。私が置いていかれるし。






 一時間は歩いただろうか。まだ出口は見えない。


 なぜ吸血鬼たちはこんな長いトンネルを作ったのか不明だ。不眠不休の吸血鬼たちなら、これだけ長いトンネルを作るのに時間は掛からなかっただろうけど。


 それにしたって意味がわからない。いつか帝都を襲撃するのなら、もっと手前――それこそ墓地のギリギリ範囲外ぐらいに出口を設置してもいいはずだ。もちろん、見つかるリスクは上がるが、ここまで遠い通路にする意味なんて……。


 そう思った時、ここは侵入口ではなくて逃げ道だと理解した。帝都を襲撃して、アンデッド対策が充分されている墓地の方向へ逃げ込む。帝都の騎士団などはそちらに逃げるアンデッドがいるとは思わないから、ここが死角になるのだ。


 つまり、帝都へ出る為の道ではない。ここが帝都から逃げ帰る道なのだ。


 それを理解した時、この道の最奥になにが眠っているのか。真祖吸血鬼が言っていた「始祖吸血鬼の復活」という情報と合わせて――。


「おっ、なんかあるぞ!」


 先生がトンネルの奥を指差す。〈太陽光サンライト〉でトンネルを照らしているのだが、私には全く見えない。


 〈千里眼クレアボヤンス〉と〈暗視ダークヴィジョン〉を発動させ、光の届かないトンネルの先まで見通す。そこには、


「扉?」


 土だらけのトンネルの最奥に現れたのは、鉄製の壁と、鉄製の赤い扉だった。確実になにかを守っている、と言わんばかりの主張具合である。


 私たちは罠を警戒しながら進み、扉に辿り着く。先生がドアノブをガチャガチャ回してみるが開かず、


「めんどくせぇ」


 そう言って先生はドアごと引き抜いた。もうこの程度の光景に驚く私ではない。


 室内に入ると小部屋になっており、部屋の中央には石造りの部屋には見合わないほど豪奢な棺桶が安置されている。


「な、なんだお前ら!?」


 中には数人の吸血鬼がいたが、全員こちらを見て驚いている。その佇まいから、戦闘力が高くないことを察する。だって誰一人、侵入者に対して構えることなく驚いているだけなのだから。


「この棺はなにかな?」


 私は吸血鬼たちへの警戒を保ったまま、棺に近づく。するとさすがに吸血鬼たちは目の色を変え、


「それに触るな! 人間風情が!!」


 一斉に襲ってきた。私は魔術を――、


「邪魔」


 放つ前に、先生が一瞬で全員を血飛沫に変えた。


 いや、1人だけ出遅れた奴がいて、そいつは腰を抜かしている。そりゃあ目の前で数人の同胞が一瞬の内に死んだのだから、そういう反応にもなるだろうな、とわずかな同情を覚えた。


「とりあえず開けますね」


 私は先生に断りを入れてから、杖で棺桶を叩く。罠がないことを確認してから、棺を開けた。身体強化が掛かっているので、こんな小柄な私でも金属製の棺の蓋ぐらい開けられる。


 蓋をどかして中身を見てみると、


「なんだこりゃ?」


 先生の言葉が私の気持ちを代弁していた。


 棺の中にいたのは――少女だった。


 アイゼアから聞いた始祖吸血鬼の特徴――金髪、青白い肌、黒いドレス――をすべて満たした少女。そんな人物が、吸血鬼たちに守られている棺の中に安置されているのだ。


「……始祖吸血鬼?」


 なぜかはわからないが、始祖吸血鬼が幼くなった姿。誰か別の人物が入っていると思うよりも、そう考えた方が自然だと思えた。


「これは始祖吸血鬼なのか?」


 私は生き残った吸血鬼に尋ねた。そいつはまだ腰を抜かしているようで、壁際に身体を預けてこちらを見上げてくる。


「あ、ああ……お力を失った始祖吸血鬼様だ。トゥース様の作戦でお目覚めになるはずだったのだが……人間が来たということは、すべて失敗したということか」


 腰を抜かしている吸血鬼は、表情を思いっきり落ち込ませた。敗北を突きつけられたのだからそうもなるだろうが。


「なんかよくわかんねぇけど、コイツ強いんだろ?」


「え、ええ……そうですけど」


 なぜだろう。いつもの先生の言葉なのに、なにか嫌な予感を抱いた。


 そう思っていると、先生は親指の先端を噛み切り、


「ちょっ、先生!!」


 そこから流れ出る血液を、始祖吸血鬼へと滴らせた。

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