10 始祖吸血鬼討伐(?)時のお話

「なんとか終わりましたね」


 真祖吸血鬼を抵抗できないほどに痛めつけた後、私はそいつを先生に預けて一息つく。


 吸血鬼たちの企みを知り、半日ほどで――先生が走ったおかげだけど――帝都に戻った私たち。すぐに冒険者ギルドに報告し、夜中の警戒を冒険者と騎士団で強めていたのだ。まさか、その初日に来るとは思ってなかったけど。


 そして正門から指揮官が来ると踏んでいた私は、そこの正門の外壁上に吸血鬼対策の罠を多く仕掛けたり、衛兵の幻影を歩かせたりと策を弄した。


 その罠が上手く作動し、まんまと真祖吸血鬼を捕らえることができたというわけだ。


 ――ただひとつの誤算を除いて。


 私はその誤算の下に歩いて近づいていく。


「で。どうして始祖吸血鬼を倒したなんて嘘を?」


 私は壁上でアイゼアに詰め寄った。壁に背中を預けて座り込んでいる彼女は、困惑したような顔で私を見上げる。


「ち、違う! 嘘ではない! 討伐証明に、奴の耳と灰を提出している!」


 確かに、と私はひとまず飲み込む。冒険者ギルドが始祖吸血鬼の討伐証明をしたからこそ、アイゼアは始祖吸血鬼を倒したと喧伝しても罪にならないわけだ。


「でも真祖吸血鬼に手も足も出ない人が、始祖吸血鬼を倒せるとは思えないけど……」


 真祖吸血鬼も、途中でなにかしらの技を使い、一気に動きがよくなった。吸血鬼は血を取り込めば取り込むほど強くなると言われるし、その類の技だろう。


 それでも、私なら苦戦もしないで倒せそうな強さだった。真祖吸血鬼がそこまで大したことのない敵だとわかったのは幸運だったと言える。もちろん、アイツが真祖吸血鬼の中でも最弱、という可能性はあるけど。


 だが、もしそうだとしたらそれに勝てないアイゼアはなんなのだろうか。


 彼女はあの程度の強さしか持たないのにも関わらず、始祖吸血鬼の討伐証明が行われている。冒険者ギルドとグルになって……と考えても、冒険者ギルド側に得がなさすぎる。


 今回だって私と先生がいなければ、一方的な蹂躙を許したはずだ。いくら名声で身を着飾っても、実力が伴わなければ意味がない。


「……ひとまず、始祖吸血鬼を倒した時の状況を教えてくれる? アイツが『不意打ちで倒した』と言ってたのが気になるのよね」


「わ、私よりあんな吸血鬼の言うことを信じるのか!?」


「貴女の強さじゃ信じられないから訊いてるんでしょ」


 悔しそうに歯噛みするアイゼア。そんな顔をされても、騙されたのはこっちなのだ。彼女に同情などできようはずもない。


 そうして私が見下していると、彼女はポツポツと話しだした。





 アイゼアが始祖吸血鬼と出会ったのは偶然だった。

 階位を持った吸血鬼――上位吸血鬼より強いが、真祖よりは弱い――吸血鬼を討伐した時。


 突然、森の奥から現れたのだ。


 アイゼアは吸血鬼が弱くなる日中を狙って討伐している。闇に溶けるのが得意であり、日中は影に息を潜めている吸血鬼。だが、それを探し出せるアイゼアにとっては日中の狩りの方が相手が弱くて楽だからだ。相手が調子づく時間帯に戦う必要などない。


 だというのに、その吸血鬼は全くもって弱った様子がないままにアイゼアの目の前に姿を現した。まるで日中に動けるのが当然と言わんばかりの態度に、アイゼアは警戒を強める。


「我は始祖吸血鬼。吸血鬼の王である。吸血鬼を殺し回っているのはお前か?」


 始祖吸血鬼と名乗ったのは、美麗な女性だった。


 アイゼアよりも輝く黄金の髪をなびかせ、腰まで届かせている。妖艶に微笑む表情は美しく、例え女性であっても心を許してしまいそうになるほどだ。その肌は血が通っていないと思えるほどに青白く、彼女の主張通り吸血鬼であるのだと思わせる。


 身長もアイゼアと同じほどだったが、黒いドレスのような服装に身体のラインが浮き出ていた。女性として持つものを持っているという身体つきだったが、アイゼアにはどうでもよかった。


「だとしたらどうする? 私を討つか?」


 アイゼアは油断なく剣を構える。ただ姿を現しただけで、その場の空気が数段引き締まった。この敵はいつものザコとは違う――本当に始祖吸血鬼なのかもしれない、とアイゼアは警戒レベルを引き上げる。


「討つ? 笑わせおる。お主など……ほれ」


 始祖吸血鬼が指を軽く動かしただけで、アイゼアの左側から轟音が響いた。視線を向けてみれば、なにかが凄まじい勢いでぶつかったように地面が抉り取られている。一瞬で人間ほどの大きさの穴が開いていたのだ。それも遥か後方まで続くように。


「指だけでお主など消し飛ばせるというのに。そのようなことはせぬ。我は愉しみに来たのだ」


「どういうことだ?」


 嫌な汗が額を流れる。吸血鬼は敵だ。すべて殺さなくてはならない。


 だが目の前の吸血鬼は、容易くそれを許してくれる相手ではないことを直感で理解した。自身の全力をもってして相手しなければ、自分も地面のように吹き飛ばされてしまう。


「なに、簡単なことよ。全力で打ち込んで来い。それで我を愉しませれば、帰してやろう」


「なるほど。倒してもいいんだな?」


「クカカッ! 我を倒せると自惚れる人間は多く見てきた! だが」


 始祖吸血鬼は退屈そうな顔でため息をつく。


「我はこのように存在しておる。今までの長い歴史で、我を打ち倒せる人間は生まれなかったというわけじゃ」


「では私がその一人目だ。その身に刻み込め!!」


 アイゼアは不意打ちのように聖水の詰まった瓶を投げ、同時に駆け出した。そうでもしないとこの吸血鬼には届かないイメージを抱いてしまっている。


 嫌なイメージを払拭する為にアイゼアは剣を振りかぶり、その間に聖水が直撃する。聖なる白い炎に包まれても、始祖吸血鬼は微動だにしない。


(聖水が効かない! これは、本当に……!?)


 アイゼアは疑念を確信へと変えながら、始祖吸血鬼へと剣を振り下ろした。


「ふむ……」


 しかし、始祖吸血鬼はわずかに身をずらしただけで回避する。その表情は、明確に「つまらない」と言外に発していた。


「くっ!!」


 アイゼアは持てる剣技のすべてを出し尽くしながら、始祖吸血鬼へと剣を振るい続ける。だが始祖吸血鬼はすべてを見切り、最小限の動作で避ける。


 数十回に及ぶ攻撃と回避の末、始祖吸血鬼はアイゼアを指だけで突き飛ばした。


「ぐあっ!!」


 アイゼアは矢のように後方の木へと打ち付けられ、衝撃で呼吸が苦しくなる。意地だけで立ち上がったものの、使用した剣技によるスタミナの減少によって剣を構えるのがやっとだった。


「うーむ……ちと弱すぎんかのぅ? 本当に我が部下はこれほどの人間に討たれるほど弱くなってしまったのか……。放任し過ぎるのも問題じゃのう」


 始祖吸血鬼は既にアイゼアに興味を失くしたのか、頬をかいて何事かを呟いている。アイゼアにそれが理解できるはずもなく――するつもりもないが――、彼女は呼吸を整えて再度、攻撃の意思を見せた。


 それを見て、始祖吸血鬼は心底つまらないものを見るようにアイゼアへと視線を飛ばす。


「なんじゃ、お主。まだやるのか? 我、暇すぎなんじゃけど」


「黙れ吸血鬼! お前たちが存在していること自体が、間違いなのだ!!」


「……はぁ。そういうタイプか。聖職者か? 吸血鬼に家族を奪われたか? どっちにせよ、我には関係のないことじゃ。面倒じゃし、終わらせるか」


 始祖吸血鬼は気だるげにアイゼアを手招きした。アイゼアは吸血鬼への憎しみで頭を満たし、絶望的な実力差を考えないようにする。


(今できる最高峰を……!!)


 アイゼアはとっておきの身体強化ポーションを飲み干し、攻撃力と光属性を増幅させる魔術溶液を剣にかける。どちらも農民からすれば一生かかっても払えないほどの高価なアイテムではあるが、それを出し惜しみしている場合ではないと判断した。


「行くぞっ! はぁあああああああ!!!」


 アイゼアは裂帛の気合を上げながら、剣を大上段に構える。ただの振り下ろしだが、最も威力に富むのはこの剣閃だ。


 純粋に強化された肉体能力から放たれた一撃は、先ほどまでの剣とはまるで違う。全身全霊を越えた、限界突破の一撃だ。さしもの始祖吸血鬼でさえ、この一撃は避けられまい。


「はいは……あばばばばばばば!!!」


「殺った!!!」


 剣が始祖吸血鬼に迫った瞬間、奴の身体が眩しく発光し、世界が真っ白に覆われる。なんの力かわからないが、動けなくなった始祖吸血鬼へアイゼアは剣を振り下ろし――。


「……死んだ?」


 空を斬るような手応えと共に、始祖吸血鬼は灰へと姿を変えていた。残ったのは、始祖吸血鬼が灰に変わる直前に切り落とした奴の耳のみ。


 アイゼアは全力を越えた代償によって、肩で息をしながらふらふらになった足取りでその耳を拾い上げる。自分が切り落とした、討伐の証拠だ。それに吸血鬼の討伐証明である灰も残っている。


「ふ、ふはははは! そうか! 私もなにかの力に目覚めたということか!」


 どうすれば先ほどの力が発揮できるのかはわからない。あの白い光は、自分のどこから発せられたのかも不明だ。


 しかし、アイゼアは現に始祖吸血鬼を討ち取って見せた。それだけがアイゼアの心を、喜びと達成感で満たす。


 そして、この世のどの吸血鬼よりも強いという自信を……事実として手に入れたのだ。






「まさか、始祖吸血鬼様が……! 汚い人間め! 不意打ちなどと……!」


 その戦いを影から見ていたのが、現在捕縛されてボコボコにされている真祖吸血鬼であることは言うまでもない。

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