09 真祖吸血鬼VS???・side:真祖吸血鬼

【side:トゥース 真祖吸血鬼】


 オレの目算では、奴に到達する頃には剣で防がれると思っていたのだが、女の剣は未だ構えられたままだ。


(なにかの剣技か? それとも罠? ……考えても仕方ない! 攻めるしかないだろ!!)


 防御の姿勢を取らない女に不審感を抱きながらも、駆け抜けながら爪を振り切った。手応えは……ある!


「ぐっ! なんだ、貴様……! 真祖吸血鬼のくせにその速度は!」


 振り返れば、女がなにか叫びながら肩から血を流していた。吸血鬼への抵抗を高めた鎧を、オレの爪が貫通したのだ。奴はなんとか直撃を避けたみたいだが、かわしきれなかったのだろう。


「……おいおい。これってまさか」


 オレはこの状況に喜悦の感情を抱く。いや、まだ早い。本当にそうなのか確かめてからだ。そうでないと、見下した相手に殺されることになる。そんな無様な死に方はゴメンだ。


 目つきは鋭いが、先ほどよりも隙の増えた女に対して爪を振るう。一発、二発と振るう度に、オレは自分の爪が加速し、女の動きが鈍くなっていくのを視認していた。


「はっ、ハハッ! マジか、おい! お前、こんなに弱いのか!?」


 防戦一方の女。それはオレの油断や隙を伺っているわけではなく、本当に必死なように見えた。あれだけ強く見えた女が、今やそのへんの一般人と変わらない獲物に見える。


「いや違うのか!? オレか! オレが強いんだ! ハハッ! 始祖吸血鬼様に次ぐ強さを持ってるんだ! オレが!!」


 さすがにあの方より強いなどという不敬は言えない。そもそもあの方は、真っ向勝負でこの女を遊んでいたのだから。〈狂宴〉を使って上回ったオレとは土俵が違う。


 だがどちらも同じなのは、この女より強いということだ。


「なんだ! じゃあ策なんて弄するんじゃなかったぜ! ほらよ、ザコが!」

「ぐぅっ……!!」


 女の胴体をオレの爪が切り裂き、大量の血が流れ出る。あれだけ恐ろしかった銀の剣も白銀の鎧も、今のオレには木の枝と布の服程度にしか感じられない。


 肩で息をして、立ち上がるのもやっとという女。オレはそいつに更に攻撃を加えようと歩み寄る。


「一騎打ちだよな? まさか逃げないよな?」


「吸血鬼の分際で偉そうに……ぐあっ!」


 なにか生意気なことを喋っていた女を蹴っ飛ばす。血を吹き出しながら、壁上を転がっていく女。こんなにも弱い生き物に、なにをオレは怯えていたのか。


「お前を殺せば、もうオレを殺せる奴はいない」


 先ほど恐ろしく感じた少女にも、もう恐怖は感じない。圧勝は難しいかもしれないが、負けるイメージを抱くほどの力量差ではないのだ。


 そして男は論外。多分身体が頑丈だから、女どもの運搬係でもやってるのだろう。


 その2人から視線を外し、オレは這いつくばった女に近づいていく。


「あとはまたゆっくり血を集めればいい」


 帝都中の人間を殺して回れれば、ここで使った血液なんて指先にも満たない。始祖吸血鬼様復活どころか、大量の眷属を生み出し、吸血鬼が世を統べることもできるだろう。それほどの血液量だ。


「じゃあ、死んでくれ。オレたちの為に」


 こちらを見上げる女の顔に恐怖が浮かばないのが残念だが、その生意気な目を殺せると思うと胸がスッとする。


 オレは爪を振り下ろし――不快な金属音が響き渡る。


「――はっ?」


 目の前の光景に、間抜けな声を上げた。


「もういいか、フラン? こんだけ負ければ、手を出してもいいだろ」


 オレの目の前に立つのは、無能だと判断した男。だというのに、男の指先ひとつでオレの爪は5本ともへし折られてしまった。


「そうですね。知り合いが目の前で死ぬのも心苦しいですし。〈上級回復ハイ・ヒーリング〉」


 少女はなんのこともないように女に近寄り、我ら不死者にとっては致命的なダメージを与える回復魔術を行使した。


 2人とも、まるで息をするかのように自然に。


「な、なんだお前たちは……!」


 オレは目の前の男に問いかける。白銀の鎧を、こちらにとって有利な効果を散々かけられた鎧を切り裂いたはずの爪を、たった1本の指でへし折るなどありえない。ありえていいことじゃない!


「なにと言われてもな。まあいいや。お前、一番強い技を俺に打ってみろ。それで俺を倒せれば、見逃してやる……だっけ?」


「見逃してやるっていうか……先生が死んだら、それこそ誰が倒せるのか疑問ですけどね」


 吸血鬼ハンターの女を遊ぶように倒した真祖吸血鬼。それがオレだ。オレのはずだ。


 なのに、この2人の空気はなんだ? まるでなんてことのない日常――その道中にある路傍の石を見るかのように、オレを見ている。


 オレを……オレを……!

 なんの興味もないような目で!


「オレをそんな目で見るなぁ!! 〈怨嗟の叫びリゼントメント・ロアー〉!!」


 最大の術を、持てる最大の魔力で放つ。これほどの力はオレでも行使したことがない。3人もろとも殺してやろうと、全身から闇の叫び声が無数の塊となって飛散していく。


 音の波に乗って空間を埋め尽くす闇の塊だ。誰ひとり生き残れるはずがない。


「こんなもんか」


「〈神聖なる薄幕ホーリー・カーテン〉」


 だが、男は雨粒でも潰すほどの正確な動作で無数の塊を潰していき、少女はあの女もろとも光属性の防御魔術で防いでいた。


 あれほど大量に浮いていた闇の塊は数秒後には全滅し、壁上に残っていたのはオレと、人間が3人。〈怨嗟の叫びリゼントメント・ロアー〉を放つ前と状況が変わらない。


 いやむしろ悪くなっている。オレは今の魔術にほとんどの魔力を注ぎ込んだ。それ故に、もう先ほどまでの動きはできない。


 しかし、男も少女もピンピンしている。それどころか少女の回復魔術で、あの女すら起き上がろうとしているではないか。


「く、くそっ!」


 ここは逃げの一手だ。全力で逃げればさすがに誰も追いつけないだろう。戦う力を脚に集めれば、力がみなぎっていた時以上の速度は出るはずだ。


 オレが踵を返した瞬間、


「ぶべっ!」


 後ろから足を持ち上げられて、逆さ吊りにされる。そんな! すべての力を脚に集中させた動作なのに、見切られた……!?


「フラン。コイツ、どうするんだっけ?」


「死なない程度に痛めつけます。そうすれば自然回復に力を回すので、戦う力を失いますから。要は血抜きですね」


 オレはこれからどんな目に合うかを想像して、芯から震え上がった。動かないはずの心臓が、恐怖によって動いているんじゃないかと思えるほど恐ろしい状況に陥っている。


「や、やめてくれ! 全部話す! 話すから……!」


「ダメ。さっきの力で抵抗されたら厄介。先生と私と……あと英雄とかかな? とにかく対応できる人材がいないのよ。だから……ね?」


 少女がにっこりと笑い、オレに近づいてくる。それは死神の微笑みのように感じてしまい、


「ひゃああ!!」


 オレは恐怖から逃れようと、折れていない方の爪を振り回した。


 だが少女はそれをじっくりと見て、わずかな動きで避ける。魔術に精通していないオレの目から見ても、彼女が圧倒的に肉体を強化しているのがわかった。


「ほら、こういうこと。だから、受け入れてもらわないと。あっ、先生。絶対離さないでくださいね」


「おぅ、わかってる」


「や、やめ……ぎゃあああああああああああ!!!!!」


 懇願虚しく、オレの皮膚は全身炙られるように焼かれていく。

 それは吸血鬼に痛覚を思い出させるほどの威力を持った、白い炎だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る