13 名乗る始祖吸血鬼

「ねぇ、あなた。私たちと一緒に来るつもりはない?」


 3つ目の選択肢、始祖吸血鬼と行動を共にする、だ。


 これは先生の願望を多分に加味した結果の選択肢である。強者を求める先生の旅に同行すれば、始祖吸血鬼の力を取り戻せるなにかがあるかもしれない。


 そもそも、いつ力を取り戻すかわからない始祖吸血鬼を放置するのが一番マズイ。人知れず、血液以外の手段で力を取り戻すのが最も危惧すべき状況だ。なにかあった時に対処できる人物――私や先生と一緒にいるのが最も安全だと言える。


「おお! そうなりゃ強くなった時にすぐ戦えるな!」


 喜ぶ先生だが、そういった理由も確かにある。最初に言った、先生の願望を多分に加味した結果とはそういうことだ。


「我がお主たちと……? ふむ、そうじゃなぁ……」


 極めつけはこれだ。彼女は生者であり弱者である人間を見下さず、対話が可能であり、論理的な判断を下すことができる。


 これが昨日の真祖吸血鬼とかだと話にならない。始祖吸血鬼だからこそ可能な選択肢である。彼女ほどの強者であれば、その程度のことは気にしないのだろう。


「そもそもお主、よくもそんな提案ができたのぅ? 我、始祖吸血鬼ぞ? こんな姿じゃから舐めてるのかもしれんが、お主たちの寝込みを襲うかもしれんぞ?」


「そんなことする利点がないのは、あなたが一番わかってるでしょ。それにあなたはそんなことしない。もし人間を憎んでいるのなら、対話なんかせず、真っ先に私たちに敵対していたはず」


 じっと始祖吸血鬼の瞳を見つめる。紅い瞳もこちらを見返してきたが、やがて肩を竦めてみせた。


「そうじゃ。我には人間への憎しみも、なにより吸血する必要もないんじゃ」


 あっけらかんと言うと、始祖吸血鬼は「吸血」の仕組みについて教えてくれた。


 吸収とはそもそも下級吸血鬼が、存在を維持する為に魔力を最高効率で吸収できる方法なのだ、と。それには人間が最もちょうどよく――効率の相性だけではなく、味や獲物としての弱さという点でも――それ故に、人間と吸血鬼は敵対することになったらしい。


 血液ならばモンスターのものでもいいが、基本的にマズイのでオススメしない、とは彼女の言だ。また存在の維持に自己魔力で足りる上位吸血鬼以上の吸血鬼にとって、血液はただの嗜好品でしかないのだと言う。


 ちなみにアンデッドは生者への憎しみで動くと言われているが、これは動く者を狙うことぐらいしかできないアンデッドの習性を見て、人間が勝手に言っていることらしい。無念を抱えて死んだ人間が、人間への憎しみを持ってアンデッドとなるケースなどの例外はあるけど。


「結局、人間の血が一番美味いからのぅ。コイツを除いて!!」


 先生に向かってビシッと指を突きつける始祖吸血鬼。だが先生はそんなこと気にした様子もなく、ぼーっと天井を見上げていた。


「ま、要するに我は人間にとって無害なんじゃよ。そもそも吸血鬼を広めたの我じゃないし」


「えっ、始祖吸血鬼なんじゃ?」


 そう訊き返すと、始祖吸血鬼は遠い昔を思い出すように目を細めた。


「昔は我と同格の吸血鬼が何匹もおった。我らは争いが好きで、互いに殺し合ったのじゃ。その結果、勝ち抜いたのは我じゃったが、部下を作ったのは別の吸血鬼なんじゃ。故に……お前たちは我の直系の部下ではないのじゃ。面倒じゃから説明せんかったけど」


「そ、そうだったのですね……」


 部屋の隅で黙ってこちらの話し合いを聞いていた生き残った吸血鬼は、話を振られたことでビクリと肩を震わせた。そんな怯えなくても、と思うけど、自分たちの王様から直々に声を掛けられたらそんな態度にもなるか。


「そもそも我は部下とか持つの面倒じゃと思っとる派なんじゃ。コイツらも基本的に放任しておったしのぅ。じゃから、我が最後に戦った人間があれだけ弱いと知って……ちょっと寂しかった思いもある」


「寂しかった?」


「昔は人間も身一つで我と渡り合ったものじゃ。我も別に人殺しがしたかったわけじゃないが、こちらを化物呼ばわりして襲いかかってくるでの、すべて返り討ちにしたものじゃ。その中には、我に迫る強者もおったしの」


 カッカッカッと笑う始祖吸血鬼だが、すぐさまその笑顔を引っ込めた。


「じゃからあの吸血鬼ハンターの話を聞いて、久々に血が沸き立ったものじゃが……ザコじゃったのぅ。あの忌々しい電撃さえなければ、あの一瞬後には首を獲っておったものを」


「そ、そう……」


 人殺しがしたかったわけではないが、人を殺さないわけではない。彼女の性質上、虐殺はしないだろうけど、真っ向から戦った相手の生命は奪うタイプだ。


 要するに。勝者が敗者の生殺与奪の権を持つ、という騎士にも似た考え方なのだろう。


「しっかし、あの電撃はなんじゃったんじゃ? 今でもわからん。背中にも全く気配を感じない内に飛んできおって……しかも我を灰に変えたんじゃぞ? 普通の電撃であるはずがなかろう」


「あー、それは多分……」


 私はちらりと先生に目を向ける。だが先生は相変わらず、話を聞いているのかいないのかわからない顔で天井を見ているだけだ。


 始祖吸血鬼を灰に変えた電撃。おそらく、というよりもほぼ確実に先生の〈雷撃ライトニング〉だ。森の中で武者修行中の先生が放った〈雷撃ライトニング〉が、たまたま当たったんだろう。先生がなにをしていたのかは不明だが。


「なにか心当たりがあるのか? 教えてくれんかのぅ!?」


「えっと、落ち着いて聞いてね。その、先生の……」


「フラン。なんか変な感じだ」


 私が先生の〈雷撃ライトニング〉について説明しようとした時、先生が不意に立ち上がった。それと同時に、始祖吸血鬼も先生が見ている方向と同じ方向へ顔を動かす。


「……これは、〈死の行進デスマーチ〉の魔力じゃな。帝都の方角で発生しておる」


「〈死の行進デスマーチ〉!?」


 私も思わず立ち上がる。その勢いでイスが倒れたけど知ったことか。


 〈死の行進デスマーチ〉は、かつて先生が城塞都市を覆う結界を壊してくれたからこそ未発に終わった大魔術だ。


 その効力は、範囲内の生者をアンデッドに変え、大量に生まれたアンデッドの負の力によって更に強力なアンデッドを呼ぶ、という恐ろしい循環魔術だ。


 これだけの大魔術なので、魔力を大量に注ぎ込んだ精巧な魔法陣の設置が不可欠である。それも一つではなく、範囲を囲うように複数。その数が多ければ多いほど、強力なアンデッドを生みやすいと言われている。


 もし、そんな魔術が帝都で発動されたら――。


「先生! 戻りましょう!」


「待て待て。今から戻ってももう遅い。このまま突っ込めば、お主たちもアンデッドになってしまうぞ?」


 私の慌てように対し、始祖吸血鬼は至って冷静だ。知らない大勢の人間よりも、ここで言葉を交わした私たちを心配しているように見える。


 だが、それはやはり不死者の考えだ。

 私は帝都にいる人間を見捨てることなんてできない。


「充分に警戒して戻る。首謀者は必ず捕らえるか……殺す」


 大勢の無辜の民を犠牲にするやり方に、私はかつて襲撃された私の村を思い出す。あの時は力がなくて誰も守れなかった。だけど今なら、自分の後悔を少しでも和らげられるかもしれない。


 私の答えが変わらないと見たのか、始祖吸血鬼は大ききため息をついて立ち上がる。


「わかった。我も行こう。上位吸血鬼ほどの力しかないが、そこらのアンデッドには劣りはせん」


「……もしかして、助けてくれるの?」


 すると始祖吸血鬼はカッカッカと笑い、不敵な笑みを見せた。


「お主らは我を同行させようとした稀有な人間どもよ。そんな奴らが、我の目の届かぬところで死ぬのは惜しいではないか」


 なにやら始祖吸血鬼に認めてもらっているらしい。私としては、こちらにもそちらにもメリットのある提案をしただけなんだけど。


「あっ、じゃけど期待はするなよ。上位吸血鬼ってアンデッドの中ではそこそこに過ぎん。〈死の行進デスマーチ〉で生まれる強いアンデッド相手なら、我はすぐに逃げるからの」


「わかった。それでもいい」


 帝都にどれだけの冒険者や騎士団、英雄がいるのか不明な中での貴重な戦力だ。ザコなどの露払いなら任せてもいいかもしれない。


「そういえば名乗っておらんかったな。我の名は――ティーナリウス・ムーン・マリーブラッドじゃ」


「なげぇ。てぃ、てぃ……ティーナでいいか」


「諦めるでない! ティーナリウス!!」


「いいから行くよ、ティーナ」


「ティーナリウス!!」


 名前について抗議するティーナは放っておいて、私は先生へと視線を移した。


「じゃあ先生! 行きましょう!」


「ああ! しっかり掴まってろ!」


「ぬっ? おぎゃあああ! なにゆえ我を抱える!?」


 先生は私と始祖吸血鬼を抱え、ここまで来た道を爆走して戻るのだった。

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