06 吸血鬼の巣窟

「ここに吸血鬼が?」


 帝都から1週間ほど馬車で移動し、私たちは森の奥にいた。

 どうやら、この森の奥で吸血鬼が複数目撃されたらしい。


「でもよく見つけられましたね。冒険者たちも」


「知っての通り、吸血鬼は日中は非常に弱体化する。それは日光の下でなくてもだ。それ故に向こうには気づかれず、こちらは気づくことができたんだろう」


 吸血鬼の生態に詳しいアイゼアが解説する。場所が場所なので、吸血鬼に強い彼女を先頭に進んでいるのだ。


「しかしめんどくせぇな。一気に攻めたら、すぐに親玉が出てくるんじゃねぇか?」


 早く強敵と戦いたくてうずうずした様子の先生に対し、アイゼアはあくまでも冷静だ。


「吸血鬼を一網打尽にしたいからな。できるだけこちらの襲撃を悟らせない方が、逃がさない確率が高まる」


 至極真っ当なことを言うアイゼア。大きな物音を立てれば大勢に気づかれ、日中の吸血鬼は逃げに徹するだろう。


 だがそうさせずに最大限吸血鬼を殲滅する為、今は息を潜めて近づく必要があった。


「今回の巣穴に、真祖吸血鬼はいると思いますか?」


「……難しいな。戦力を見ていないから断言はできないが、下位吸血鬼を集めるだけの強者がいることは確かだ。それが真祖吸血鬼である可能性は充分にある」


 アイゼアは断言せずに警戒を強めるに留めた。真祖吸血鬼が出てくるのなら、私も油断していい相手ではない。気を引き締めなくては。


「まっ、強ぇ奴が警戒心が高いのは当然か」


 そんな中、当の本人が警戒してるのかしてないのか。呑気な空気のままで後ろを歩く先生。先生なら大丈夫だろうという安心感はあるものの、それを私の油断に繋げてはいけない。


 数時間ほど森の中を歩いていると、突如岩肌が見えてきた。どうやら森の奥に辿り着き、ここから岩山になっているらしい。


 そこを迂回するように動いた先に、巣穴と思われる坑道の入り口があった。


「厄介だな。坑道を根城にされると、逃げ道を用意されている可能性が高い」


 アイゼアが難しい顔で舌打ちをする。彼女の言う通り、坑道というのは一本道ではなく枝分かれしているのが普通だ。その為、逃走に専念されたら追いにくいし、反対側に出口があればそちらから逃してしまう。


「じゃあ私がここの他に出口がないか、魔術で探知してみます」


「そうだな。頼む」


 私が前に出て坑道に入り、杖に魔力を集中させる。


「〈出口看破アンサー・ラビリンス〉」


 杖の先から緑色の光が粒子のように舞い散り、杖の先に滞空する。その光は別方向を示すことなく、その場に留まり続けた。


「出入口はここだけみたいですね」


 他に出入口があれば、緑の粒子が出入口の分だけ塊になって分かれるのだ。当然、出入口まで誘導してくれる。


「となると、奴らはまだここがバレてないと思っているのか?踏み入るなら今だな」


「じゃあここにトラップを仕掛けておきます。〈溶岩機雷ラヴァ・マイン〉」


 3人とも坑道へ入り、私は唯一の出入口に罠の魔術を仕掛けておく。これは近づいただけで溶岩流が足元に出現するという罠だ。これを出入口の部分にバラバラに仕掛けていく。不規則に並べることで、ジャンプして避けるのを阻止する為だ。


「もうひとつ。〈突風刃機雷ガストウィンドカッター・マイン〉」


 近づくと突風が発生する罠を空中に仕掛ける。これでもし飛行できる奴がいたとしても、押し戻されるようになる。罠の内容も風刃なので、もう一度飛行するのを躊躇するはずだ。


 あとはダメ押しでもうひとつ置いておこう。これは保険のようなものだけど。


「……君はその年齢でそこまでの魔術を……いや、冒険者同士の詮索はご法度だな」


 おそらく私の見た目で年齢を判断したのだろう。とはいえ、最年少Sランク冒険者であることは確かなので、反論はしないでおく。別に身長のことを言われたわけじゃないしね。


「師匠がナーリーでしたので」


「あの『見通す魔術師』の!? 道理で……いや、頼りにしている。ん、待てよ。それならエクレアさんを先生と呼んでいるのは?」


「魔術の師がナーリーで、こちらは……強さの師といったところでしょうか」


 そう説明すると、アイゼアは納得したように頷いた。


「獣王を赤子のように捻ったのだから、その強さも当然か。期待している」


「おぅ? おぅ! 任せとけ!」


 坑道を興味深くみていた先生は、話を聞いてなかったのだろう。いつも通りの返答だった。強敵にしか興味がないかと思っていたけど、帝都の時もキョロキョロしてたし、意外と新しい場所への興味は強いのかもしれない。






 私が〈太陽光サンライト〉を維持しながら、坑道内を進む。アイゼアは松明を多く持ってきたようだったが、光源として使うなら〈太陽光サンライト〉がいいと提案したのだ。


 〈太陽光サンライト〉なら、光が当たった時点で吸血鬼にダメージを与えられる。ダメージ自体は弱いものだが、光が当たっている間はずっとジリジリと炙るようにダメージを与え続けるのだ。


 そんな風にして坑道内を進んでいると、開けた空間に出た。そこにはなんと、待ち受けていたかのように数十体の吸血鬼がズラッと並んでいる。


 吸血鬼たちには青白い肌に黒いコートという共通点があり、これだけの数が一斉に揃うと軍隊のようにも思えた。


 私は小声で自分に身体強化魔術を掛け続ける。先生は吸血鬼の顔をひとりひとり確認しているように見えた。多分だけど、真祖吸血鬼がいるかどうか観察しているのだろう。顔を見てもわかりませんよ、と言いたくても身体強化で忙しいので言えなかった。


「なんだ貴様ら。覚悟を決めたということか?」


 アイゼアは躊躇なく剣を抜き、吸血鬼たちを威圧する。だが数十人と並んだ吸血鬼たちは、こちらを見て嘲笑を浮かべていた。


「バカ共が。我々の真の目的にも気付かずに!」


「真の目的だと?」


「それを知る必要はない! お前たちはここで死ね!!」


 間髪入れず、先頭の吸血鬼がアイゼアに襲いかかる。その鋭利な爪で彼女を切り裂こうとし、


「……そうか。ならば、返そう」


 一瞬の内に首を斬り飛ばされた。


 アイゼアの持つ剣は青色に薄く光っており、アンデッドへの特攻を魔術的に付与してるのが見て取れた。更にその刀身の素材は、銀。吸血鬼には特攻効果が二重にかかる。


 つまり。吸血鬼が相手であれば、どこを切っても熟れた果物より容易く切れるというわけだ。


「貴様らこそ、ここで死ね! 吸血鬼は根絶やしだ!!」


 アイゼアが腕を振り上げた後に突貫し、数十体の吸血鬼が一気に襲いかかってくる。危ないと思った時には、アイゼアの周囲で吸血鬼が白い炎に包まれていく。


 聖炎。白亜の炎はアンデッドに対して特攻を持ち、下位の吸血鬼であれば一撃で荼毘に付される。


 最初に腕を振り上げた動作は勢い付ける為ではなく、腕で遮ることで聖水を投げる動作を隠したのだろう。聖水は普通ならただの清らかな水だが、アンデッドが触れると白炎と化す。要は吸血鬼にとって恐ろしい液体である。


 アイゼアは冷静に一度下がり、数人が焼け死んだのを確認して剣を構え直した。数十体を一気に相手できないとアイゼアは言っていたし、援護は必要だろう。


「〈太陽光・遊撃・滞空サンライト・サテライト・ホバリング〉」


 私が杖を宙に突き上げると〈太陽光サンライト〉が射出され、広い空間の中央で留まる。それはまるで吸血鬼たちを照らす太陽そのもののようだった。


「ぐおおっ! なんだこの光は! 肌が焼ける!!」


 〈太陽光サンライト〉の近くにいた吸血鬼たちが痛みに悶える。ダメージが少ないと言っても、皮膚を焼くようなダメージがずっと続くのだ。自然回復力を持つ吸血鬼でも、それは決して無視できるものではないだろう。


 とはいえ、致命的なダメージがないことに変わりはない。広範囲魔術で一掃しようにも坑道内への影響を考えると難しいし、1体1体相手取るのも時間がかかりすぎる。


 ここは――。


「先生! 左半分お願いできますか!?」


「ん、ああ。お前が勝てる相手なんだろ? じゃ、どれだけいようと大丈夫だ」


 真祖吸血鬼が見つからなくて諦めたのか、先生は首をぐるっと回してから――姿を消した。

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