05 吸血鬼ハンター

「まあ、知ってました。ええ、知ってましたとも。先生の強さは充分にね」


 現在、私と先生は帝都の冒険者ギルドに向かっている。私の独り言に先生は反応せず、道行く人々や、王都とは違う街並みに目を奪われているようだった。


 先生が呆気なく獣王を打ち破った時、闘技場内はありえないものを見たかのように静寂で包まれていた。観客も、闘技場オーナーのグリッドも、貴賓席に貴族たちも。


 全員が唖然としていたのだから。


 そんな中、私が控え室に先生を迎えに行った時ですら、会場内の空気に決着はついていなかった。おそらくはオーナーであるグリッドが方向性を決めかねていたのだろう。実況の人ですら「しばらくお待ち下さい」という一言を言い残して、観客の熱気を放り出したのだから。


 そんなゴタゴタの決着を待つ気もなく、私は先生を連れ出して、帝都の依頼を見に行こうと提案したのだ。獣王との戦いでも一切疲労した様子のない先生は「ここには強いモンスターがいりゃあいいな」などと散歩するかのような気軽さで言っていた。


(先生を満足させるような強さのモンスターなんて、未開の地にしかいないでしょうけどね)


 私はそんな心の中を打ち明けることなく、適当に相槌を打つことにしている。先生にはどれだけ言葉を重ねても無意味だ。戦う相手が弱い=それに勝てる程度の自分ではまだまだ弱い、と信じ込んでいるのだから。


 先生の強さを自覚させるなら、先生と渡り合えるような強者――それこそ私の師匠であるナーリーみたいな人外レベルの存在を打ち倒さないとダメだろう。


 ちなみに、獣王の動きは私が〈鷹の目ホークアイ〉を使っていれば見切れる速度でしかなかった。〈上級全身強化ハイ・フルポテンシャル〉、〈感知増幅センサーブースト〉などの肉体強化魔術を掛けていれば、相手のリーチ圏内で戦っても勝てるだろう。


 闘技場の王者といえども、英雄には至らず。

 所詮はその程度の強さだったのだ。


 私たちは帝都の冒険者ギルドに辿り着き、中に入る。城塞都市ブレーキとも、王都の冒険者ギルドともまた違った空気ではあったが、中は同じだ。冒険者たちが混乱しないようにか、大型のギルドハウスは同じ間取りなのである。


 すぐさま依頼掲示板を確認するが、


「……まあ、ないですね」


 あってもせいぜいAランクの依頼だ。先生の相手ができるモンスターだとは到底思えない。むしろその移動分、無駄足を踏ませてしまうようなもの。さすがに失望するとわかりきった依頼を受けるわけにはいかないのだ。


 じゃあどうしようかと思った時、


「すまないが、先ほど獣王を破った冒険者だな?」


 背後から声が掛かった。


 そこにいたのは長い金髪をもった細身の女性。銀色の軽鎧に身を包み、腰には剣を提げている。ただその佇まいから、熟練の冒険者であると感じさせた。


「あん? 誰だお前?」


「失礼した。私はアイゼア。君たちと同じ、Sランク冒険者だ」


 彼女は礼儀正しく腰を曲げ、礼をした。どこかの令嬢かのような動きに見惚れてしまうが、ハッとして私は頭を下げる。先生は当然下げなかった。


「もしかして、さっきの試合を?」


「ああ。と言っても、試合とも呼べないような内容だったがな。まさか獣王をあれだけ完膚なきまでに倒すとは、思ってもみなかった」


 女性――アイゼアは肩を竦めて嘆息して見せた。あのわずかな攻防をしっかりと見切り、なおかつ先生の力量を見極める実力者。そんな人が闘技場内にどれだけいただろうか。私は目の前の女性への評価を、一段階高めることにした。


「それで、お前はなんで話しかけてきたんだ?」


「実は君たちに協力してもらいたい依頼があってな。話を聞いてもらえるか?」


 アイゼアに手招きされ、冒険者ギルド内のイスに腰掛ける。テーブルを囲むように座ると、先生の圧迫感が半端ない。筋肉質なその身体は非常に大きくて重いので、ギルドの木製イスがミシミシと音を立てているのがわかった。


「それで、肝心の依頼とはこれだ」


 彼女がテーブルに出した依頼書を読む。そこには、


「吸血鬼の討伐依頼?」


「私は吸血鬼専門の冒険者――吸血鬼ハンターと呼ばれていてな。吸血鬼の討伐依頼以外、興味がないのだ」


 その依頼と私たちになんの関係があるのだろうと思っていると、アイゼアは言葉を続ける。


「それで今回、吸血鬼たちが集まっているという目撃情報があってな。調査、可能であれば討伐してほしいという依頼なのだ」


「……つまり、人手が欲しい?」


 私が聞き返すと、アイゼアは我が意を得たりと言わんばかりに鷹揚に頷いた。


「私自身が吸血鬼に対して遅れを取ることはない。だが、数は力だ。始祖吸血鬼すら討伐したことのある私でも、数十体の吸血鬼をいっぺんに相手取ることはできない」


「始祖吸血鬼を!?」


 私が驚いて見せると、アイゼアは得意げに微笑んだ。先生はなんの話かわかっていない様子だが、これも後で説明しよう。


「なので私の実力は保証されているようなもの。そちらも獣王を倒したことで力の証明は終わっている。報酬は頭割りといこう。どうだ? 組んでくれないか?」


「私はいいんですか? 先生に付いてるだけの半端者かもしれませんよ」


「それならそんなことは言わないだろ? それに君は有名だからな、フランさん。最年少Sランク冒険者で、『小さき紅の魔女』」


 私の眉毛がぴくんと動く。『小さき』は余計だ。本当にこの二つ名を付けた奴を見つけたら、指先でも炙ってやろうかなと思ってしまう。


「……わかりました。先生も異論はありませんよね?」


 訊くまでもないことを確認すると、先生は当然と言った顔で頷いた。


「強ぇ奴と戦えるなら、ありがてぇ話だ」


「こちらこそ。しかし、あれだけ強いエクレアさんのことは冒険者ギルドの情報として出回ってなかったな。新しいSランク冒険者となれば、大々的に喧伝しそうなものだが……」


「あー、それは……」


 偉業が偉業なので、ひとまず王国内に留めるだけで情報が封鎖され始めた、と帝国に来る直前にギルドマスターから聞いた。あまりにも大きすぎる偉業なので、そんなものを喧伝したところで誰も信じないから、らしい。


 例えば「太古の天災と呼ばれているブラックドラゴンを一撃で倒す」という強さが伝わったとしても、ほとんどの人は尾ひれが付いてると思うか、なにかの間違いだと判断するだけだろう。


 故に、名を売りたいのなら先生自身が各国で活躍する必要があるのだ。先生ならばそれも苦ではないだろうし。


「まあ色々ありまして」


 とはいえ、それを初対面の人に説明するのも手間だ。わかってもらう必要はないし、先生の強さは獣王を圧倒したことでわかってくれているから大丈夫なはず。


「……ふぅん。まあいいだろう。私としては、吸血鬼討伐に協力してくれるのならそれでいい。では細かいことを詰めていこうか」


 その後。アイゼアと依頼について日時や場所、連絡方法などの詳細を話し合うのだった。






「んで、始祖吸血鬼ってなんだ?」


 またもや宿屋の私の部屋に、無遠慮で先生が入ってきた。数日前にも見た光景だが、やはりなにを言っても無駄なことを理解しているので、私は大人しく知っていることを話す。


「始祖吸血鬼というのは、その名の通り始まりの吸血鬼です。吸血鬼の中でも最も強いとされていて、人間社会に降りてきたら簡単に国が滅ぶレベルと言われています」


「おお! そいつとはどうやったら戦えるんだ!?」


「落ち着いて下さい。あのアイゼアって人が倒したと言っていたので、もう先生は戦えません」


「んだよ。せっかく戦えるかと思ったのに」


 先生は残念そうに眉根を下げた。その表情が獲物を失った野生動物のように見えるのは、先生の気質だけでなく顔立ちの問題が大きい。


「ですので、現在最高レベルの吸血鬼としては真祖吸血鬼ですね。これは始祖吸血鬼から直接吸血鬼にされた奴らなので、それに次ぐ強さを持っているんです」


「ふぅーん。でも始祖吸血鬼よりは弱いんだろ? まっ、そいつらがいることを願っておくか」


 真祖吸血鬼を下に見ている先生。だが普通は吸血鬼対策をしていても、並のAランク冒険者が負けてしまうほどの強さを持つ。始祖吸血鬼が国なら、真祖吸血鬼は街を滅ぼすことができる強さだ。まあ今更それを言っても、始祖吸血鬼のインパクトには欠けるだろうが。


「でも始祖吸血鬼って本当に強いんですよ。伝承の通りなら、私でも勝てないでしょうね」


「ほぉ、フランがそう言うのは珍しいじゃねぇか」


「私は自分の実力を客観的に把握してるだけですよ」


 先生とは違って、という言葉は飲み込んだ。言っても理解されないし。


「だからあのアイゼアって人は、Sランク冒険者の中でもかなり強いですね。いや待てよ……吸血鬼に特化してるからかな?」


 実力的にはSランクの中か下だと仮定しても、吸血鬼専門だからこそ始祖吸血鬼を倒せたのかもしれない。吸血鬼への対抗策や、特攻を持つ装備品、魔術、武技などなど。そういうのを全て持っているからこそ、吸血鬼専門と謳っているのだろう。


 むしろ吸血鬼の討伐依頼だけを受け続けてSランクになっているのだから、対吸血鬼においてはこの世の中で最も強いと言ってもいいはずだ。そこまで吸血鬼に特化した人間はなかなかいない。


「どっちにしろ、吸血鬼をぶっ倒せばいいんだろ?」


「ああ、はい。先生はそれでお願いします」


 吸血鬼と言えば純粋な身体能力や魔術能力の高さ以外にも、様々な魔眼や攻撃方法を持っているのが普通である。故に対策が必要となるのだが……私はともかく、先生にそういった防備が必要なイメージが全く沸かなかった。

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