07 吸血鬼の末路

 軍団の左半分、その中心部あたりから破裂音が聞こえ始める。私はなにが起きてるのかをすぐに理解し、吸血鬼たちを哀れに思ってしまった。


「な、なんだぁ!?」

「いいからアイツを殺すぞ!」


 軍団の右半分は――数人は左半分の異常に気づいたようだけど――アイゼアに向かってくる。

 やはり吸血鬼としては、吸血鬼対策された武器や道具を持ち合わせているアイゼアが最も怖いのだろう。


「来いクズ共! 貴様らを殺し尽くすまで私は止まらん!!」


 そしてそのアイゼアも殺気をバリバリに振りまいて、移動時とは別人のような剣呑さを纏っている。近づく者はすべて斬るという気迫と剣技に、吸血鬼たちも攻めあぐねているようだった。


 ――なら援護は簡単。先生のおかげで数が半減したからね。


「〈光槍の豪雨シャインランス・スコール〉」


 私は上級魔術を発動させ、アイゼアを飛び越えて光の槍を降らせる。アンデッドに特攻を持つ光属性の槍だ。槍を受けた吸血鬼が一撃で消滅し、これには他の吸血鬼たちも目に見えて慌てふためき始める。


「やべぇ! アイツ、魔術師じゃなくて信仰持ちだ!」

「アイツから殺せ!」


「私の横を通れると思うな!!」


 吸血鬼たちは血相を変えて私に襲いかかろうとするが、アイゼアがそれを許さない。彼女に近づいた吸血鬼はすべて一瞬の内にバラバラの肉塊に変えられてしまうからだ。


 ちなみに、吸血鬼が言ったように光属性は信仰持ち――僧侶やシスターなどの聖職者にしか使えない魔術だ。聖職者になることで初めて光属性への適性を得られることは有名だが、何事にも例外があるということ。


 私は元々、全属性に適性を持っているのだ。ただ炎属性が一番得意というだけでしかない。


 伊達に最年少Sランク冒険者を魔術師でやってるわけじゃないのだ。アンデッドへの対抗策などいくらでもある。


「どうした吸血鬼ども! 最初の威勢はどこへいった!?」


 数が減ってきた吸血鬼に対し、アイゼアが前に出る。同時に吸血鬼たちは後ろへ下がり、明らかにアイゼアに怯えていた。


 これは勝負あったかな、と思っていると――。


「罠が発動した……?」


 出入口に設置した罠魔術に反応があった。どうやら保険として置いてきた魔術が活きたらしい。


 保険として使ったのは、〈白光の束縛シャイニング・ホールド〉。これは外から入ってくるアンデッドに対して敷いた、光属性の上級魔術だ。つまり、今は出入口に――何体かはわからないが――吸血鬼が捕縛されている状態になっている。


「挟み撃ちは失敗。アンタたちが持ってる情報を教えれば、悪いようにはしない」


 私は〈拡声スピーカー〉で声を大きくして、吸血鬼たちに告げた。


「なっ!? バカな!?」

「我らの策のひとつが……!」


 吸血鬼たちの顔から本当に余裕がなくなる。策のひとつ、ってことは他にも策があるようだ。それを聞くまでは全滅させるのはマズイかもしれない。


「……2人までだ。情報の正確性を保つ為、2人までなら投降を許す」


 アイゼアは剣を構えたまま、吸血鬼たちに威圧をかける。後ろ姿しか見えないが吸血鬼たちの怯えようを見るに、おぞましいほどの殺気を向けているのがわかった。


「わわ、わかった! 話す! 話すからオレを……!」

「い、いや! オレだ! オレが正しい情報を持ってる!!」

「そんなこと! オレだってそうだ!」


 醜くわめき出す吸血鬼たちに向け、アイゼアが接近して剣を振るう。キレイな真一文字は、最奥にいた2人の吸血鬼を除き、一斉に首を刎ねた。


「喋れ」


 残った吸血鬼に剣先を突きつけ、アイゼアは発言を促す。吸血鬼は怯えた様子で口を動かした。


「す、すべては真祖吸血鬼様のお考えでして! い、今、貴方がこちらに来ているということは、帝都が手薄だろうと!!」

「そ、そうだ! 真祖吸血鬼様は、血を集める為に帝都に向かわれたのだ!!」


「私が……? チッ! 吸血鬼ハンターとして名を馳せたことを逆手に取られたか!」


 今の戦いを見る限り、アイゼアの吸血鬼対策は度を越しているほどであり、その剣技もSランクに恥じないものだ。


 つまり、真祖吸血鬼はアイゼアを警戒して帝都に向かったことになる。逆に言えば、アイゼアさえいなければ帝都を襲える戦力がある……?


 状況を把握した私は、焦りを覚えた。


「アイゼアさん。急いで戻りましょう」


「ああ。だがその前に……」


 アイゼアは振り向きざまに剣を振るい、残った2人の吸血鬼の首も刎ねた。


「投降を許したが、生かすとは言ってない」


 彼女がそう言い残すのと、吸血鬼たちの頭が地面に落ちるのは同時だった。


(アイゼアからは、私と同じ匂いを感じる)


 恨みや憎しみを力に変えているのだろう。だからこそ、私も「殺さない」とは言わなかった。悪いようにはしない――数秒だけでも長生きできたのだから、嘘ではないだろう。


「じゃあ先生。帰りますよ」


「ん? 終わったのか。じゃあ行くかー」


 間延びした先生の声が聞こえる。

 先生の方は、あえて見ないようにしていた。結果などわかりきっているからだ。


 そちらに目を向けると、先生のいる場所を中心として血飛沫が地面を埋め尽くしており、吸血鬼の死体などひとつも残っていない。先生が軽く殴ると、ほとんどの生物は爆散するからだ。


 更になぜか先生はひと飛沫も浴びておらず、どれほどの力がその腕に秘められているのか恐ろしくなる。考えないのが吉なのだろうけど。






「帝都に危険が……真祖吸血鬼が迫っている。急いで戻らなくては!」


 見るからに焦るアイゼアだが――出入口で捕縛していた吸血鬼を息をするように殺し――冷静に方角を調べる。


 ここからいくら急いでも馬車で一週間だ。真祖吸血鬼が一日でも早く帝都に辿り着いてしまえば、被害は甚大なものになるだろう。真祖吸血鬼を帝国騎士団や冒険者たちで討てないわけではないだろうが、代償もまた大きいはずだ。


 誰もが私のように吸血鬼に対応できる術を持っていたり、アイゼアのように吸血鬼対策を万全にしていたりするわけではないのだから。


 むしろ吸血鬼など、冒険者からすれば珍しい獲物だと言っても良かった。陰に隠れるのが上手な為、基本的に相手の苦手な日中では戦えないし、夜では相手が強くなるので上位冒険者しかそもそも依頼を受けられない。


 つまり、真祖吸血鬼が夜闇に乗じて襲撃するのなら、帝都の大半の人間は殺されてしまうことになる。それこそ上位冒険者か英雄、騎士団長など――強者の到着までの時間そのものが、暴虐を許してしまう時間になるのだ。


「〈方位コンパス〉……出口はあっちで、帝都はそこからちょっと曲がる感じか」


 森の中なので方向を調べ、その先にある帝都の場所も確認しておく。これがなにを意味するのかというと、一直線で動くにはどうすればいいのか、ということである。


「先生。帝都まで走れますか?」


「あー、方向はわかんねぇぞ?」


 それはつまり、走れるということだ。

 馬車で一週間の距離を、この人は。


(言っといてなんだけど、できないことあるのかな?)

 

 あっけらかんと答えた先生にはさすがにちょっと驚き、思考が止まりかけた。だが首を振って無理やり動かす。今更驚くこともない、と自分を納得させて。


 〈風壁ウィンドウォール〉と〈安定化ステイブル〉を自身に掛ける。これから起きることによって、身体がどうなるかわかっているからだ。


「では、お願いします。方向は指示しますので」


「わかった」


 先生は軽く私を小脇に抱える。相変わらず荷物のような扱いだが、こればかりは仕方ない。


 そんな私たちのやり取りを怪訝そうな顔で見ているアイゼア。そりゃそうだよね。なにも説明しなきゃそうなるよね。


「えっと、私たちは帝都に戻ります。数時間ぐらいで着くと思いますので、アイゼアさんは馬車で……」


「待て待て! なにを言ってるんだ!? なんだその体勢は!?」


 見るからに混乱しているアイゼアに、私は抱えられながら説明する。


 先生なら帝都まで数時間で辿り着けるはずだ、と。私が荷物になることや、方向を指示することまで含めて。


 しかしアイゼアは理解不能なように頭を抱え、


「なんだ、コイツらは……? わけがわからん……。Sランク冒険者の中でも、とびっきりの変人なのか?」


 呟くような、こっちに聞かせているような独り言をこぼしていた。しかし変人とは失礼な。こっちはSランク冒険者の中でも良識派だというのに。いや先生は違うけど。


 ひとしきり悩んだ後、アイゼアはなにかを決めたような顔でこちらに向き直る。


「エクレアさん。私も運んでもらえますか?」


「おぅ」


 そんな彼女の決意を軽くいなして、先生は反対側の腕でアイゼアを抱える。アイゼアは女性としては高身長であり、鎧まで着けているというのに先生の腕さばきは軽々だ。まるで空の木箱でも持ち上げるような気軽さである。


「〈風壁ウィンドウォール〉、〈安定化ステイブル〉。これで多分大丈夫だと思います」


 アイゼアに保護の魔術を掛ける。経験上この2つを掛ければ、目が開けなくなるほどの風圧にも、常時襲ってくる振動にも負けないと思う。


「いや待て。やはりこの体勢で帝都まで走るというのは……」


「先生! 行きましょう! まずはあっちです!!」


「わかった! 舌噛むなよ!!」


「えっ、まさか本当にぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」


 私が示した方向に向けて、先生は一気に踏み出す。森の風景が捉えられない速度で流れていく。

 先生の速さは風を越えており、私は向かってくる突風を全身で受けながら、


(〈風壁ウィンドウォール〉を強化しないと! 相変わらず風が強い!! あと〈保温キープウォーム〉も追加! 風のせいで寒い!!)


 などと、この体勢でいかに快適に過ごすかだけを考えていた。

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