24 エクレア VS 四天王3人

 少女とスザクが飛んでいき、玉座の間に残されたのは4人。

 魔王と、3人の四天王と、1人の人間だ。


「スザクはいいとして。テメェ、四天王の内の3人が残っちまったぞ?」

「今降参するなら、楽に殺してあげるけど?」

「土下座でもすれば、あの少女が戻るのを待ってあげてもいい」

「そりゃねぇだろ、セイリュウ! スザクがあんなガキに負けるかよ」


 ゲンブが少女を侮ったように笑っていたが、実力を理解している魔王に笑みは浮かばない。


 ――あの少女、魔力量だけで見ればスザクと同等か、それ以上。あとは魔術の技量の差になる。


 だがそれでも、魔王もスザクが敗北する可能性は欠片も考えなかった。それだけスザクの魔術技量は飛び抜けているのだ。


「3人……お前たちは魔王より強いのか?」


 男はジッと視線を魔王に飛ばす。だが先程よりも威圧感がない、と魔王は感じていた。おそらく少女という後衛がいなくなったことで、勝利する自信を失くしているのだろう。


 ――これなら、やはりこちらの勝ちだな。


 突入時のインパクトがあっただけに心配していたが、魔王はここに来て鷹揚に構えることにした。四天王、それも魔王の力で強化した四天王が負けるはずがない、と冷静に信じられた為である。


「さっきから魔王様を呼び捨てにすんじゃねぇ! テメェみたいな無礼な奴は、オレが殺してやる!」

 

 ぶわっとゲンブの殺気が膨れ上がる。

 魔族最強の前衛であるゲンブ。彼の二つ名『黒岩』は、彼が限界まで肉体強化能力を引き上げた時に、真っ黒に塗り替えられる肌を指したものだ。


 彼の肉体強化能力は特に防御力に秀でており、最大強化時の彼の肌はキングオークの一撃すら無傷で耐える。それどころか、殴ってきたキングオークの拳を粉砕するほどだったのだ。


「オラァァァァァ! 魔王様への非礼を後悔しながら死にやがれ!!」


 肉体を強化し、全身を真っ黒に染めたゲンブが床を蹴った。肉体強化能力のおかげで、十歩ほどの距離を一瞬……いやそれ以上の速度で詰める。その速度で突き出される拳は回避不可だ。風よりも早く、鋼鉄よりも硬い一撃。身体のどこに当たろうと、粉骨は免れない。


 だというのに。


「なっ……!?」


 男は手のひらでこともなげにゲンブの拳を受け止めた。


「それが全力か?」


 ただ訊き返されただけだと言うのに、魔王の背筋に冷や汗が滝のように発生する。


 ――なんだコイツは……!?


 男から見て、遠くの玉座に座している魔王ですらそう思ってしまうのだ。

 間近で言葉をぶつけられたゲンブの恐怖は、魔王の比ではないだろう。だがそれでもゲンブは戦闘意欲を失わず、


「う、ウォォォォォォォォォォ!! ふざけんな!! 今度、今度こそ全力だぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ゲンブは跳び上がり、天井へと両足を着いた。その状態で蹴り出すことで、天井が爆発音を残して砕け散る。


「死ねぇぇぇぇぇ!!」

 

 そのままゲンブは自身の出せる最高速度で落下してきたのだ。


 ゲンブ自身が最大まで引き出した肉体強化能力、落下による重力の助け、突き出した拳による一点集中。

 世界最硬を誇るモンスター、プラチナムゴーレムですら打ち抜きそうな一撃だ。これならば、誰だって耐えられるはずもない。


「違う」


 だが、無情にも。


「お前も弱い」


 強烈な破裂音の後、首から上が消し飛んだゲンブの身体が床に転がっていた。見れば、ゲンブの右拳も同時に消滅している。


 男が天井に差し出していたのは、片方の手のひらだけ。状況から見るに、あの手のひらだけでゲンブの硬化した拳を打ち破り、そのまま首から上を持っていったのだろう。


 首なしで転がる血まみれのゲンブの死体を改めて見て、魔王は口が閉じれなくなった。


「あ、ありえないわ!! ゲンブの肉体強化は、私たちの誰ですら打ち破れなかったほどのものなのよ! 貴方、いったいなにをしたの!?」


 ヒステリックに叫ぶビャッコ。立場さえ許されれば、魔王だってそうしたい気分だった。


 ――ありえない。ありえない。こんなことは許されない……。


 魔王は思考を放棄し、ただただ男に視線を向けることしかできない。


 ――もしや、この男こそが『災厄の……。


 それ以上考えるのは、本能が止めた。これより先を考えてしまえば、今すぐに逃げ出してしまいそうだったから。


 それほどまでに圧倒的だったのだ。男の力量は。


「ピーチクパーチクうるせぇな。次はお前が来るか?」


 指をさされ、ビャッコは「ひっ」と小さく悲鳴を上げる。

 だがそれでも四天王。弱みを見せたのは一瞬だけで、真っ白な髪をかきあげて強気に踏み込んだ。


「そうね。ゲンブの仇を討たせてもらうわ」


 ビャッコは先程までの慌てようなど無かったかのように、優雅に構えた。黒いドレスが白い髪に映える。いや、白い髪が黒いドレスに映えているのか。


「悪いけど、一気に決めさせてもらうわよ。自信満々なんだから、これぐらい許してくれるわよね?」


 ふわりと手のひらを翻すビャッコ。彼女は男の目の前で詠唱を開始する。


 ――四天王が詠唱する……それは超級魔術に他ならない。


 魔王は今度こそ、と勝利の可能性を見た。いくら奴が強くとも、単純にゲンブ以上の肉体強化能力を持っていただけかもしれない。それならばビャッコの超級魔術の間に、セイリュウが搦め手でも放てばどうにかなるだろう。


 それにはセイリュウも理解しているのか、ビャッコに向けてわずかに頷いた。


 ――四天王はそれぞれが突出しているが、コンビネーションがないわけじゃない。四天王は4人揃った時も恐ろしいのだ。


 強者は別の強者とぶつかり合うと思われがちだが、真の強者はそれを補い合うことができる。それが四天王の強さでもあった。


 男は本当に自信があるのか、ビャッコの詠唱が終わるまで堂々と待っている。


「これで死になさい。〈恐慌大竜巻フィアフルサイクロン〉」


 詠唱を終えたビャッコが手のひらをクルクルと回すと、男を中心として大規模の竜巻が発生していく。玉座の間を埋め尽くさんとばかりに竜巻が巨大になっていくが、そこは四天王のビャッコ。正確な魔力操作で、男だけを竜巻の中に収めていた。


「……〈筋力低下パワーダウン〉、〈速度低下スピードダウン〉、〈魅了チャーム〉、〈ポイズン〉、〈麻痺パラライズ〉、〈火傷スカルド〉、〈盲目ブラインド〉、〈混乱コンフュージョン〉、〈恐怖フィアー〉、〈呪詛カース〉、〈腐敗ロット〉、〈失神スタン〉」


 その傍らで、セイリュウが状態異常付与の魔術を間断なく放っていく。無条件の状態異常付与と言えば、それだけで上級魔術だ。それを雨あられのように浴びせられるのだから、男といえど無効化し続けるわけにもいかないだろう。


「……ッ。ダメ、詠唱する」


 だがそんな魔王の楽観を打ち砕くように、セイリュウはすぐさま超級魔術の発動へと切り替えた。それが意味するところはつまり、状態異常を全て無効化されたということに他ならない。


 ――何者なんだ、この男は……。


 荒れ狂う竜巻も収まる気配がない。それはビャッコが男を倒した手応えを得ていないからだろう。だからこそ、延々と超級魔術を維持する必要があるわけだ。


「〈狂乱大水龍ワイルドアクアドラゴン〉」


 詠唱を終えたセイリュウの背後より、巨大な水の龍が出現した。龍は果敢にも竜巻に挑み、その身体を風と一体化させていく。


 ――そうか! 超級魔術の合体が残っているではないか!


 魔王は今度こそ、今度こそと希望を抱いて顛末を見守ることにした。

 暴風と激流の合わせ技である。男を囲む超級魔術は2倍。だが2人の相乗効果によって4倍、いや8倍以上の威力にはなっているはず。


 単純な威力で見れば、ドラゴンだって音を上げるほどの威力だろう。大災害とも言えるほどの大魔術の奔流を持ってすれば、人間の男など簡単に……。


「違う」


 だが魔王の耳には聞こえてしまった。聞こえていけないはずなのに。大竜巻によって、そんな呟きなど聞こえるはずもないのに。


「〈ライトニング〉」


 続けて聞こえたのは、この場にそぐわない初級魔術の名前。気でも狂ったのかと思った直後、四天王2人による合体魔術は跡形もなく消え去った。


 一瞬で。一発で。


 大災害の跡地。瓦礫すら粉々に砕かれている空間。

 その中心に、男は変わらずに立っている。


「なっ!?」

「はっ……?」


 2種類の驚きの声が聞こえた後、


「お前たちも弱い」


 2人の頭部はいとも簡単にひしゃげる。まばたきすらする暇もないわずかな時間。転移でもしたのかと思える速度で、男は四天王2人を殺したのだ。


 それも、ただ頭部を握りつぶすという恐ろしいほどに原始的な方法で。


「ありえない……ありえない!!!」


 誰も聞くことのなくなった環境が、魔王の声を喉から絞り出させる。魔王としても叫びたかったわけじゃない。思ったことが口から出たと思ったら、自然と大声が出ていたのだ。


 ――そうだ! スザク! 奴が帰ってくればまだ……!


 まだ帰らぬ四天王の姿に、魔王は最後の希望を見た。火力だけならば随一の四天王である。奴さえ帰ってくれば、まだ男を倒せる可能性は十分に……。


 だが魔王は忘れていた。スザクは、彼と同等以上の魔力を持つ少女と戦いに行ったことを。


「おっ、なんだ?」


 突如、男の足元になにかが転がってきた。それは壊された外壁から飛び込むようにして現れたものであり、ただ黒焦げのなにかだということしかわからない。


「すいません。遅くなりました」


 空いた外壁から入ってきたのは、スザクと戦いに出たはずの少女だった。少女はローブの端々こそ焦げてはいるものの、大した怪我を負っているようには見えない。


 ただその足取りはフラフラであり、スザクとの戦闘が激闘だったことを物語っていた。


「おい、大丈夫か?」

「ああ、いえ。ちょっと魔力が尽きかけているだけです。そのゴミクズには、一発もしっかりしたものをもらってませんよ」


 そう言って少女が杖で指し示したのは、先程男の足元に転がってきた物体。


 よく見れば、その大きさはスザクの上半身のようにも見える。ただそう考えると、首も、腕も、下半身もない。こんな状態になっているということは、あの少女がそうしたとしか考えられなかった。


 ――ふ、2人とも、化物なのか……いや、本当は人間全てがこうなのか? もしや、どちらも『災厄の子』ではない……? それとも『災厄の子』は2人いる……?


 脅威度で言えば、明らかに高いのは男の方だ。四天王の3人を無傷で、しかも一撃の下に倒したのだから。


 だが魔王からすれば、少女の方が遥かに恐ろしかった。彼女の手に掛かってしまえば、四肢を奪われ、丸焦げにされたあげくに首を消し飛ばされる。それほどの恨みを魔族に抱いているのだろう。もちろん快楽的に行っている可能性もあったが、魔王にはもうそれを考慮するだけの余裕がなかった。


 ――こ、こうなってはしかたない……!


 2人分の敵意ある視線を受け、魔王は立ち上がった。そして懐から宝珠を取り出す。


 紫色の禍々しい光を放つ手のひら大の宝珠だ。これには代々の魔王が引き継いできた最終兵器が封印されている。封印したのは初代魔王だったらしいが、どのような手段によってかは定かではない。


「我が呼びかけに応え、深淵よりいでよ!! 〈大災害黒竜ディザスター・ブラックドラゴン〉!!!」


 伝承されていた召喚に則り、魔王の手にある宝珠が砕け散った。

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