23 フラン VS スザク

 私はようやく仇を見つけた、のかもしれない。


 空中を飛びながら、10年前のことを思い出す。いや思い出す必要もない。今でも明確に覚えている。


 焼き尽くされていく村。友人、家族、近所のおばさんも、別け隔てなく――くそったれなほど平等に炎が降り注いだ。

 髪や肉が焼けるひどい臭い。こみ上げる吐き気。こだまする絶叫。悲鳴。叫喚。


 ――ああ。今でも思う。あんな地獄があっていいのかと。


 降って湧いた不幸。絶望。

 明日もあさっても、少し退屈だけど穏やかな日々が続くのだと。誰もがそう思っていた平穏な一日。


 それが、突然の炎でぶち壊された。

 それも見たことのない、蒼い炎。幻想的なそれは、私たちの営みを灰燼に化す魔族の炎だったのだ。


「人間とは弱いな」


 村を襲った、蒼い肌を持つ人型がそう呟いた。人間とは思えない肌の色。いや、もし肌の色が同じでも、人間だとは思えなかっただろう。


 私がそれを聞いたのは、死体の山の下。私をかばおうと、周囲の大人たちが背中を炎に焼かれながらも壁を作ってくれたのだ。


 あの時、私は泣き叫ぶしかできなくて……それでも近くにそいつが通った時は、本能的に息を潜めた。そのおかげか、今も私は生きていて。


「ようやく、復讐ができる」


 もしこの魔族が、あの時の魔族ならば。

 私の生きる目的は、ひとつの成就を迎えるのだ。


「どこまで行くのだ? もしや逃げるつもりか?」


 〈飛行フライ〉で魔王城から離れていると、背後からなにか勘違いした魔族が声をかけてきた。本来なら答えてやる必要もないが、せめてもの情けだ。答えてやろう。


 私は速度を落とし、空中で魔族――スザクと相対した。このあたりまで来れば、どれだけの魔術を使おうとも先生の邪魔はしないだろう。


 眼下に広がるのは、王都にも似た発展を遂げた魔族の街。こんなものがどう壊れようと知ったことではないが、先生の戦いを邪魔するのだけは憚られたのだ。


「逃げる? それはお前のことだ。尻尾を巻いて逃げることを、今だけは許してやろう」

「背丈に似合わず尊大なことだ。その態度、どこまで貫けるか見ものだな」


 私は大きくため息を吐く。

 今逃げるのなら許してやろうと思ったのに。そうすれば楽に殺してやる、と。


 それにコイツは私の体格に口を出した。もうこれは慈悲もなく殺すしかない。蒼い炎を使うだけでも、この世に存在することが許しがたいというのに。


「最期に訊いてやる。10年ほど前、人間の村を襲ったことはあるか?」

「さぁ? そんなことは日常茶飯だったのでね。いちいち覚えてられん」


 スザクは下らないと一笑に付しながら、値踏みするような視線をこちらに向けた。


「ん? もしや貴様、その時の生き残りか? くだらん。復讐など何も生まんことはわかっているだろう? 時間の無駄だ。生産性のないことに精を出すほど、人間とは愚かしい生き物だったのだな」


 なにかを言い返そうとも思った。

 だがその考えは、脳裏をよぎっただけですぐに消える。


 ――もう、いいや。だって、コイツは死ぬんだから。


 相手をするだけの価値がない。私が口を開くほどの労力を割く相手じゃない。それほどまでに無価値な存在だ。


 どこまでも徹底的に下等で、腐った死体よりも汚らしい生き物。

 どうして神がこのような生物を作ったのか。理解に苦しむどころの話ではない。


「〈爆発エクスプロージョン〉」


 私はノーモーションで魔術を発動させた。

 各種のバフは、移動中に全部掛けている。当然、〈詠唱短縮化ショートチャート〉も。


 スザクは爆裂の中心にいて、回避行動もできずに呑み込まれた。

 だが今の一撃で死んだとは思えない。仮にも四天王だ。

 

 ――そもそも。罪に対して、罰が軽すぎる。


 むしろ生き残っていてほしいぐらいだ。

 私の願望が届いたのか、爆炎の中からスザクは飛び出した。燕尾服がところどころ焼け焦げているが、その程度である。


「貴様も炎使いか! だが惜しいな! 魔族の中でも最高峰の炎使いだけに許される『蒼炎』を! その身をもって知るがいい!!」


 スザクは上空に浮かび上がり、両手に蒼い炎を纏った。


 ――その色だ。私が10年も待ち焦がれた、殺すべき炎。


「〈蒼炎の両翼ブルーフレイム・ダブルウィング〉!」


 両手を交互に振るうことで、蒼い炎が2つ飛来する。

 まるで鳥の翼のような炎は、私の逃げ道を塞ぐように広がっていく。


 ――上下に逃げることは簡単。でもそれが狙いなのはわかりきってる。


 だからこそ、ここは避けずに炎をぶつけるだけ。


「〈焼夷ナパーム〉」


 杖を振るうと、その軌跡に沿って炎が広範囲にばらまかれた。

 その炎のひとつひとつが空間を焼き、蒼い炎を打ち消していく。


 炎魔術に相対するのなら、水魔術を使うべきだ。それぐらいはわかっている。

 でも私の得意魔術も炎なのだ。ならばどちらの炎が上なのかハッキリさせてから、負けを認めさせたほうがいい。


「そこそこやるな! ではこれはどうだ!? 〈蒼炎の嵐弾ブルーフレイム・バレットストーム〉!!」


 スザクは両手をこちらに向け、魔術を放つ。

 その手のひらから無数の蒼い炎弾が打ち出され、私に向けて流れ来る。


「〈流星群メテオシャワー〉」


 慌てることなく魔術を紡いだ。

 私の後方から小さな隕石群が降り注ぎ、数多の炎弾を打ち消していく。


 ――小手調べのつもりか?


 奴が使ってる魔術は、上級魔術と同等の威力だ。詠唱破棄をしているのはさすがとも言えるが、それは魔王軍幹部でもできていたこと。四天王ともなれば、その上である超級魔術も使えるはずだ。


「ふ、ふふふ……。言うだけはあるな、小娘! このままでは埒が明かん。最大の魔術を撃ち合おうではないか!!」


 スザクは自信満々に、こちらへ指を突きつけて言い放つ。


 ――やはりそうか。


 これを狙っていたのだ。細かい魔術を撃ち合っても、互いに実力が拮抗している現状ではいつまでも決着がつかない。


 それを証明する為に、撃ち合う時間が必要だったということだろう。


「そんなことをしなくても。お望みなら、撃ってあげるって」


 互いに魔術語で詠唱し、魔力を高めていく。私が使うのは、オーソドックス故に強いアレしかない。


 ――先生には通用しなかったけど。


 初級魔術で打ち破られた光景を思い出して、思わず口の端が吊り上がる。あれだけ規格外な強さでない限り、私は必ず勝つ。


 同様に詠唱を終えたスザクと睨み合い、そのままどちらともなく。


「〈朱の新星ヴァーミリオン・ノヴァ〉!」

「〈神蒼炎ブルーウリエル〉!!」


 私の3倍はあるであろう炎の球体が、まっすぐにスザクへ向かって飛んでいく。

 スザクの両手からも、青白い炎が噴射されるように向かってきていた。


 互いの魔術がぶつかり合い、中空で拮抗する。私は更に魔力を送るが、それは相手も同様だ。


 ――超級魔術も同等……。これだと、どうやって勝負をつけようか……。


 魔術を拮抗させながら私は頭の裏側で考える。

 だが、その瞬間。


「かかったな! 〈神蒼炎ブルーウリエル〉!!」

「なっ……!」


 私は思わず瞠目した。


 先程まで、奴は両手のフリをして片手で超級魔術を放っていたのだ。

 それを今は両手のそれぞれで発動している。


 ――この為に、わざと超級魔術を撃たせたのか!


 噴射される蒼い炎の勢いが2倍になり、当然〈朱の新星ヴァーミリオン・ノヴァ〉は押し返されていく。


 どれだけ魔力を送っても、その勢いを殺し切ることはできない。超級魔術の数が違うのだから当たり前のことだ。


「くそっ!! 〈獄炎ヘルフレイム〉! 〈燎原の灯火ワイルドファイア〉!」


 苦し紛れに上級魔術を放って蒼い炎に対抗する。

 だが、それでも〈朱の新星ヴァーミリオン・ノヴァ〉はこちらに返ってきており、


 ――脱出するしかない!


 私はぶつかる直前でパッと魔力を手放し、回避行動を取った。〈朱の新星ヴァーミリオン・ノヴァ〉は蒼い炎に耐えきれずに爆発し、私の身体が空中をグルグルと吹き飛ばされる。


 ――まずは姿勢を整えないと!


 〈安定化ステイブル〉と〈風壁ウィンドウォール〉を発動して、どこまでも飛んでいこうとする身体を受け止めた。

 くるりと姿勢を正すと、スザクが勝ち誇ったように両手に魔力を蓄えている。私が姿勢を正している間に、新たな超級魔術の詠唱を終えたのだろう。


「クハハハハハ! どうだ! これで私の勝利は決定したようなものだ! もう貴様に超級魔術を撃つだけの時間的余裕を与えるつもりはないからな!」


 奴の哄笑は耳障りだが、言っていることは正しかった。


 上級魔術ではどう頑張っても超級魔術を打ち破れない。つまり超級魔術には超級魔術しかないのだ。しかし、私にはもう超級魔術を撃つ為の詠唱時間を確保する方法はない。


 ――普通なら、詰み、という場面だ。


 だが、スザクはひとつだけ勘違いをしている。

 

「それがお前の奥の手だったんだな?」


「そうだ! 両手を出せば、ひとつしか撃てないと勘違いするバカの多いこと! どうして私ほどの魔族が、片手でひとつ撃てると思えないものか! 弱者は想像力が貧困で笑いが止まらん!!」


 徐々に声の気勢が上がっていくスザク。見るからに上機嫌の奴は、もう勝利を確信しているのだろう。

 

 そんな姿を見て、脳裏に師匠の言葉が蘇る。


『いいかい、フラン。奥の手というのは見せないから奥の手なんだ。奥の手を先に見せた奴から負ける。これは古来から変わらない不変の定理だと言えるね』


 師匠はそこで区切って、いつものヘラヘラした笑顔を見せた。


『だからもし、いくら君が追い詰められても奥の手だけは先に見せてはいけないよ。奥の手は後出しするものだ。だってそのほうが勝てるわけだし、なにより……面白いだろう?』


 ――そのとおりです、師匠。


 勝ち誇り続けるスザクに対して、私は微笑んで見せた。

 これから使うのは、先生との手合わせでも見せなかった奥の手だ。


 ――いや。先生との手合わせで使わなかったのは、これを使っても勝てる未来が見えなかったからだけど。


 私は小さくため息を吐き、焦げたローブの裾を手を払った。余波とはいえ超級魔術を間近で受ければ、いくら炎耐性を上げていても焦げるぐらいはしてしまう。


「どうした? 負けを認めるか? ああ、そうだ! 尻尾を巻いて逃げることを、今だけは許してやろうではないか!! 私は寛大だからな!」


 声のトーンを上げたスザクを見て、私は心を鎮めていく。


「そうか。じゃあ寛大ついでに、ひとつだけ頼む」


 私は杖をくるりと回し、カチリと頭の中にイメージした歯車を噛み合わせた。


 ――〈限界超越オーバーヒート〉。


 全てを超える為の魔術だが、私には詠唱すら必要ない。思うだけでいい。

 師匠に見出された、私だけの特別な魔術。


 これが私の、奥の手だ。


 同時に、私は空中を蹴ってスザクの背後に回る。

 スザクは全く反応できず、無防備に背中を晒していた。


 私はそんな奴の肩にそっと手を置き、


「ここで死ね」

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