22 四天王と乱入者

 時を同じくして、魔王城・玉座の間において。


「して。幹部どもは敗れたと?」


 玉座に腰掛けているのは黒髪をモヒカンのようにし、筋骨隆々の青い肌を持った男――魔王だった。彼は睥睨し、膝を突く4人に問いかける。


 この4人が魔王軍の最大戦力――四天王だった。


「はっ。〈監視型使い魔シーカー〉にて確認しました」


 答えるのは、撫でつけられた赤髪をもった細身の男。一見すると執事のような風貌だが、細い身体にはギラついた闘志がみなぎっていた。


「ただ……騎士団長であるオーウェンにゼクスが敗れたのは予想の範疇だったのですが……」


 男は言葉を濁らせ、魔王は焦れたように玉座の肘掛けを叩いた。


「よい、スザク。先を話せ」


「はっ。では恐れながら報告させていただきますが……1人の無名の男によってアハトとズィーベンは敗れました。それも上級魔術をその身に受けても傷一つ付かずに肉体のみで打ち破り、反応できない速度で2人の頭部を掴んでそのまま潰し……」


「バカを言うな!!」


 大声を上げたのは魔王ではない。整列した4人の内、スザクの反対側にかしずいていた男だ。男はスザクと違って、緑髪をボサボサに広げた粗野な風貌であり、風来坊といった出で立ちをしている。


「そんなわけのわからない話があるか! ありえない! なにかしらの幻術でも掛けられていたのだろう!」


「待て、ゲンブ。これは私が〈監視型使い魔シーカー〉を通して見た光景であって……」


 すると、間に挟まれていた女性の1人が顔を上げた。


「となると、スザクの〈監視型使い魔シーカー〉がバレて逆に魔術を掛けられたか。それとも戦場自体になにかしらの仕掛けが施されていたのね。監視を予想して罠を張っておいたのよ」


 女性は白い髪を美しくかきあげ、妖艶な瞳でスザクを見やる。


「ビャッコもそう思うのか……」


 スザクは顔をしかめる。ゲンブだけでなく、ビャッコにまで反論されたのが痛いらしい。


「誰だってそう思うわよ。ねぇ、セイリュウ?」

「はい。スザクは幻を見せられていたと考えるのが妥当かと」


 感情の少ない声で答えるのはセイリュウという女性の魔族。水色で短い髪を持ち、今の言葉以降は成り行きを見守るように無表情で口を閉ざした。


「よかろう。スザク、お主は幻術の痕跡を探せ。それと新たな使い魔を出し、戦場の状況を把握せよ」


「はっ。仰せのままに」


 スザクは魔王からの命令に頭を下げ、素直に従った。


「だが四天王に幻術を掛けられるほどの魔術師がいる、ということだ。もしや……『災厄の子』かもしれんな」


 魔王は先代魔王――つまり父親が死の間際に残した予言の内容を思い出す。それに対し、スザクが顔を上げた。


「ありえますな。今年は『災厄の子』が魔族に害を成すと言われた年……。魔族を根絶やしにするという予言が確かならば、あの光景も……」

「スザク! だから幻術に決まってるだろ!」


 あくまでも自分が見た光景に固執するスザクに、ゲンブが声を荒げた。


 言い方は荒々しいが、魔王も同じ気持ちではある。上級魔術で傷一つ付かないなどと、ドラゴンでもあるまいし、たかが人間にできる芸当ではない。故に幻術だと結論付けたのだ。


「いずれにせよ。四天王に対し、気づかれずに幻術を掛けるほどの使い手がいることは確かだ。各員、油断せずに……」


 魔王が四天王たちの警戒を引き上げようとした瞬間、


「……ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああ!!!」


 なにかの叫び声が急接近し、玉座の間の壁が派手な音と共に思いっきり崩壊した。

 あまりの出来事に四天王は振り向くだけで精一杯であり、魔王ですら目の前の光景を理解するのを拒む。


「な、なんだあれは……」


 5メートルはあろうという玉座の間の天井まで届く土煙の中より、ゆらりと人影が現れる。それは筋肉質な男性であり、真っ白な髪が特徴的だった。


「魔王はどいつだ?」


 ギロリと睨まれて、思わず魔王は息を呑んだ。あんな剣呑な瞳は見たことがない。射殺す眼光、というのはああいうものを指すのだろう。

 

「先生! 玉座に座ってる奴だと思います!」


 男の奥から現れたのは、赤い髪をなびかせた少女だった。なぜあんな子どもが乗り込んできたのかと思いつつも、『災厄の子』の予言を再度思い出す。


 ――あの魔力量、確かに脅威だ。


 男の方は外見に怯んだだけで、魔力量自体は大したことがない。城に突っ込んできたことから見て、戦士タイプなのだろう。


 だが少女の方は違う。魔王の目を持ってして、膨大な魔力を有していることがわかった。おそらくは彼女によって、魔王城の結界は破られたのだろう。


 ただの力押しでは突破できない魔王城の結界。それをこちらに気づかせずに突破してきたのだ。少女の方が恐ろしい存在であることは確かだろう。


 魔王が少女を警戒していると、ずんずんと無遠慮に男が近づいてきた。


「待て! これより先に進むつもりならば、我らを倒していくがよい。我は四天王のひとり、スザク。『蒼炎』のスザクだ」


 こちらに向かってきた男に対し、まず立ちはだかったのはスザク。


「同じく四天王。オレは『黒岩』のゲンブ」

「言わずとも四天王。私は『白風』のビャッコ」

「四天王。『緑水』のセイリュウ」


 他の3人も続き、4対2の構図になる。さすがに四天王が集まれば、あの少女と言えど成す術はないだろう。


 ――魔王城に突っ込んできたのには驚かされたが、最終兵器を出すような相手には見えないな。


 魔王は心の内でほくそ笑んだ。なによりも結界を突破できる相手をここで討ち取れるのは運がいい。少数で敵地に乗り込むという愚を犯してくれたおかげだ。もし赤毛の少女が『災厄の子』であれば、魔族の勝利は揺るぎないものとなるだろう。


「待て。今、『蒼炎』と言ったか? お前は《蒼い炎》を使うのか?」


 不意に、少女の纏う雰囲気が変わった。

 今までは所詮、魔術師のそれでしかなかったが、スザクを見る瞳には魔王ですらすくみそうになるほどの殺意が込められている。


「ふむ……いかにも私が使うのは蒼い炎ですが。それがなにか?」

「お前とは1対1で決着をつけてやる。……先生、すいませんがアイツだけは譲ってください」


 少女が男に許可を求める。パートナーの関係かと思ったが、どうやら師弟の関係だったらしい。


「ああ、前に言ってたしな。負けるなよ」

「ありがとうございます。……負けるはずがありませんよ」


 低い声を共に、少女はふわりと飛び上がった。〈飛行フライ〉の魔術を使ったのだろう。


「来いよ、スザク。まさか飛べないわけじゃないだろ?」

「いいでしょう。その安い挑発、受け取りましたよ」


 少女は壊された壁から飛び出していき、スザクもまた〈飛行フライ〉でその後を追っていった。

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