21 エクレア VS 魔王軍幹部2人

「誰だ……?」


 オーウェンは突然現れた乱入者に視線を向ける。

 そこには白髪を逆立てた男性がいた。身長は高く、筋肉質な見た目と相まって威圧感を覚えさせる。


「大丈夫です。先生は味方ですから」


 ふと声のした方を見れば人がおらず、オーウェンは周囲を見回した後で首を下げる。自分の死角に近い場所に、赤髪の小柄な少女がいたのだ。黒いローブに魔術用の杖を持った姿は、魔術師のそれだと一発で理解させる。


「君は……」

「私はフラン。動かないでください、今治しますから。〈上級回復ハイ・ヒーリング〉」


 少女がオーウェンに杖を向けると、オーウェンの全身を薄緑色の光が包む。流れ込んでくる温かな力の流れに身を任せると、数秒後には左肩の傷はもとより、腹部を貫通していた傷さえ消えていた。


 ――この魔術の技量に、フランという名前……。


「そうか。君がSランク冒険者、『小さき紅の魔女』フラン殿か」


 騎士団長であるオーウェンは、Sランク冒険者の名前は把握していた。その中でもフランという少女はSランク冒険者としても突出している、ということも。


 その類まれなる技量があってこそ、オーウェンの腹に空いた穴すらすぐに治せたのだ。いくら上位回復術師であっても、ここまですぐには治せない。


 それを称賛する意味で二つ名を添えたのだが、フランはにっこりと微笑み、


「……そうです。Sランク冒険者のフランです。ところでその二つ名は誰が? 特に『小さき』の部分は誰が流布してるんですか?」


 ゾクリ、とオーウェンの背筋が凍る。


 オーウェンよりに比べればかなり小柄な少女だが、今浮かべている笑みは誰であろうと冷や汗を流させる迫力があった。


 なにかが逆鱗に触れたのだろうと判断して、オーウェンは話題を変えることにする。


「ところで、彼は大丈夫なのか?」


 オーウェンが示すのは、魔王軍幹部と対峙するように前に出た男性。見た目は屈強そうだが、装備品がただの衣服であることはひと目でわかり、前線にいるのは場違いだと思わざるをえない。


 しかしフランは自信満々に微笑みを浮かべる。


「いえ。彼こそがC+++トリプルプラス冒険者のエクレアです。私の先生にあたります」

「C+++トリプルプラス?」


 聞き慣れない言葉を訊き返すと、どうやらSランクと同等の戦力を保持していると冒険者ギルドに認められた証だと言う。


 とはいえ、Sランク冒険者は騎士団長であるオーウェンとほとんど同じ強さのはずだ。違いは対人戦に特化してるか、対モンスターに特化してるか程度である。


 魔王軍幹部2人を1人で相手しようとするのは、どう考えても無謀だ。


「やはり私と君と3人で……」

「いえ。ここは見守りましょう。今の先生は……止められませんから」


 確信を持ってエクレアを見つめるフランの顔を見ると、オーウェンもなにも言えなくなってしまう。彼女が信じるのならば自分も信じてみよう、と。


「来いよ。2人まとめて相手してやる」

「ほっほっほ。いつも人間は最初だけ威勢がいいのぅ」

「……慢心。すぐ死ぬ」


 魔王軍幹部2人から放たれる雰囲気の質が変わり、平原が一気に剣呑な空気に包まれる。


「〈闇力弾ダークフォース〉」

「〈水流アクアストリーム〉」


 2つの魔術が同時に発動される。闇の魔術は足元から、水の魔術は上空から質量の暴力となって襲いかかった。

 かわすなら横に跳ぶしかない。


「逃さぬよ。〈闇刃舞ダークアラウンド〉」

「〈水落流アクアフォール〉」


 だが、その逃げ道を闇の刃がエクレアの周囲に浮かんで塞ぐ。更にそれを突破しても、急流のように空中を飛び回る水流がエクレアの身体を捉えるだろう。


「いけないっ!」


 反射的にオーウェンは救出に向かおうとするが、突然足が重くなって進めなくなった。


「いえ、手を出さないでください。あの程度の中級魔術、先生に傷一つ付けられませんから」


 足が重くなったのはフランがなにかしたのだと察し、オーウェンはエクレアを見守るしかない。

 だが当のエクレアは一切動こうとせず、


「ッ……!」


 闇の奔流と水流の中に飲み込まれた。


「ほっほっほ。本当に威勢だけじゃったのぅ」

「……反応もできなかった。弱い」


 勝ち誇ったように笑う魔王軍幹部たち。オーウェンだってエクレアの敗北を感じ取ったのは同じだ。


 だが、ここには不敵に笑う少女がいる。それがオーウェンに敗北を信じさせなかった。


「違う」

「なっ……!」


 驚いたのはオーウェンだったか、魔王軍幹部たちだったか。


 完全に呑み込まれたと思ったエクレアだが、腕を一振りするだけで襲い来る魔術をはねのけたのだ。激流のようだった魔術たちは全て無に帰した上に、エクレアには傷一つ見られない。


「本気で撃ってこい。さもなくば……」


 エクレアは悠然と立って手招きするだけだ。

 だが言葉の後を想像したのか、魔王軍幹部2人の顔が一気に恐怖に染まる。


「ならば我が最大魔術を喰らえぃ!! 〈悪魔の闇槍デモンズランス〉!!」

「……〈大激流葬メイルストローム〉」 


 エクレアの頭上に現れたのは、人間の数倍はあろうかという巨大な漆黒の槍。闇のオーラを重厚にまとっており、それだけで見るものを圧倒させる。


 同時にエクレアの足元から水流が渦を巻き、彼を中心として地上に渦潮が完成していく。徐々に迫っていく大水流に逃げ場などない。


 周囲を上級水魔術に囲われ、唯一の逃げ場である上空も上級槍魔術によって塞がれている。先程もそうだったが、この2人のコンビネーションは既に完成の領域に達していた。


 ――本来ならば、死を覚悟するほどの魔術だが……。


 オーウェンは自らの常識を疑ってかかる。普通ならばあのまま死ぬだけだが、中級魔術に対して傷一つない人物だ。もしかして……と期待のような、恐れのような感情で戦闘を見守る。


「それ死ねぃ!!」


 アハトの合図で闇の槍が落下する。地上に発生した巨大な渦潮に、槍がゆっくりと呑み込まれていくような光景だ。


 こうなれば選択肢は2つ。槍に貫かれるか、それとも渦潮で溺れ死ぬか。


 だがそれもやはり普通の人間ならば、だ。


「これでもない」


 静かだがハッキリと声が聞こえた。騒がしい渦潮の音で遮られ、聞こえるはずのない声が。


 突如、渦潮は空中で解け、水飛沫となって消えていく。と同時にエクレアは跳び上がり、突き出した人差し指だけで闇の槍を逆に貫いていった。


「な、な、な……」


 呆然としたアハトの声が間抜けに落ちる。隣に立つズィーベンも、声こそ出さないものの口をポッカリと開けたままだった。


 闇の槍を両断し、エクレアはスッと着地する。まるでそれが当然だと言わんばかりの態度に、味方であるはずのオーウェンですら背筋に薄ら寒いものを感じた。


 ――あれは、本当に人間なのか……?


 魔術を使った気配もない。ただ純粋な肉体能力だけで上級魔術すらいとも容易く打ち破ったのだ。魔術を使えないオーウェンとしても尊敬や羨望という感情よりも、畏怖の思いが先立ってしまう。


「俺もまだまだ弱い。だが……」

「ガッ!?」


 フッとエクレアの姿がかき消える。

 と思えば、魔王軍幹部2人の頭部を両手でガッチリと掴んでいた。剣技を極めたオーウェンですら、その動きは追うことすら敵わない。


「お前たちも弱い」


 瞬間、魔王軍幹部2人の頭は果物のようにあっけなく弾け跳んだ。エクレアがただ握りつぶしたにすぎないが、その光景はオーウェンにとって異常以外の何物でもない。


 頭を潰されればさすがに即死なのか、魔王軍幹部の身体はゆっくりと地面に倒れて微動だにしなくなった。だというのに、オーウェンは勝どきを上げる気分にすらなれない。


「あ、アハト様が……」

「ズィーベン様まで……」


 どよめきの方向へ視線を向けると、魔王軍の隊列が恐れをなしていた。その視線はエクレアに集中しており、敵でさえなければこの気持ちを共有しに行っただろうとオーウェンは思う。


「さて。あとはお任せしていいですか? 指揮官を失った軍なんて烏合の衆でしょう」


 背後からかけられた気軽い声にオーウェンはハッとする。今のエクレアのありえない強さに対して、フランはなにひとつ動揺することなく対処していた。つまり、これが彼らの日常なのだ。


「あ、ああ……魔王軍の掃討は任せてくれ」


 オーウェンにも騎士団長としての意地がある。驚かされたのは確かだが、いつまでも最前線で呆けているわけにもいかない。


 自分の役目を思い出したオーウェンに対し、フランは頷いてからエクレアの下に向かった。


「では先生。魔王を倒しに行きましょう。魔王軍がここにいる今がチャンスです」

「その魔王ってのが一番強いんだよな? よし、なら行くぞ!」


 エクレアはひょいっとフランを抱きかかえ、


「……跳んだ方が早そうだな。しっかり掴まってろよ!」

「いやこの抱え方じゃなくてもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 フランの叫び声が平原に残響する中、エクレアは天へと跳び上がり、数瞬の内に空へと消えていってしまった。

 まるで災害のような男。平原には、魔王軍幹部の死体だけが残されている。


 ――冒険者というのは、思った以上に化物ばかりなのかもしれないな。


 オーウェンはそっとため息を吐き、後ろに控える兵士たちに振り向く。


「行くぞ諸君! 魔王軍幹部は滅した! あとは残りの奴らを片付けるだけだ!!」


 わずかな間の後で、兵士たちから鬨の声が上がった。

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