20 騎士団長 VS 魔王軍幹部

「ホントに来てる……」


 先生に抱きかかえられ、数十秒で城塞都市ブレーキに戻った私たち。東門から入って正門――『混沌の森』がある方向――である北門に向かうと、バタバタと兵士や騎士たちが通りを行き交っていた。


「Sランク冒険者のフランさんですね! 至急、魔王軍討伐にご参加ください!!」


 その内のひとりに案内され、私と先生は正門から押し出されるようにして戦場へ出る。Sランク冒険者は、魔族やモンスターの緊急討伐を断れないのだ。私と一緒になって出てきた先生には申し訳ないと思うが、さして気にした様子もないのが器の大きさを物語っている。


 ちなみに師匠は「魔王軍討伐は私の仕事じゃないからね! あと疲れたから帰るよ!」などとのたまって消えてしまった。私の知らない転移魔術かなんかなのかもしれないが、魔力がないと言いながらもそんな魔力がまだ残ってたのか、と改めて師匠の人柄を知らしめさせられる。


 そういえば私に魔術を教えてくれている時も「今日は疲れたから終わり!」と、唐突に帰宅することもあった。本能的に自由なのだ、師匠は。


「今度は強い奴がいればいいな」


 そんな師匠のことなど既に気にせず、先生はやる気に満ち溢れていた。師匠に〈雷撃ライトニング〉を防がれたことで、更に強者を求めるようになったらしい。


「でもどうですかね。来てるのは魔王『軍』ですから」


 今までのような一対一ではない。軍勢同士がぶつかる乱戦になる。そうなれば、先生の求めるような戦いはできなさそうだが。


 私たちは魔術師かつ冒険者ということで、正騎士団の最後尾に配置された。魔術師なので後衛は当然なのだが、回復魔術師より後ろなのは冒険者と騎士団では連携が取れないからだ。


 要するに、冒険者は遊撃軍となる。正騎士団の邪魔にならないように戦うしかないのだ。


 とはいえ、数万にものぼる王国軍が勢揃いで平原に整列しているわけで。こんな最後尾では兵士たちの背中しか見えない。


「ここからじゃ、前線がどうなってるのか見えませんね」

「……じゃあ上から見るか」

「えっ? って、ひゃあああああ!!」


 私は先生の方へ振り向いた瞬間、急激な浮遊感に襲われる。先生が私を小脇に抱きかかえ、そのままジャンプしたのだ。魔術で飛ぶことはあるので変な感覚ではないのだが、こういきなりだとビックリしてしまう。


 数秒の後、なんの衝撃もなく城壁の上に着地した。私はお礼を言ってから先生から降りて、戦場を見下ろす。周囲にいた兵士たちが驚愕でどよめいていたけど、先生と一緒にいるとはこういうことなのだ。10メートルほどの城壁を、一足跳びで上りきっても驚くことではない。


「んー……なんかまだ戦ってねぇな。戦場の真ん中で……4人いるな」

「え、それはどうなってるんでしょうか。〈千里眼クレアボヤンス〉」


 私は遠くを見る魔術をかけて先生の視力に並ぶ。真っ黒に平原を埋め尽くす兵士たちの向こうにある戦場の中央には、先生が言ったように4人の人物が立っていた。


 ただ立っている場所的に向こうの3人が魔王軍で、こっちの1人が正騎士団の人間だろう。

 先生がどう考えているかはわからないが、私はもっと動きがあるまで静観していようと決めたのだった。




 ◇




「魔族は一騎討ちもできん腰抜け揃いというわけか」


 真っ白い金属鎧に身を包んだ男が、腰から抜いた剣を操って挑発する。鎧は堅牢な輝きを持っているが、動きやすいようにか全身鎧ではなく、内側の鎖帷子が見える部分もあった。


 男が金の髪を揺らしながら、対峙しているのは3人。どれもこれも青い肌を持った、れっきとした魔族たちだった。


「我が名はオーウェン。王国軍、正騎士団長。恐れぬならばかかってこい!!」


 名乗りを上げ、剣を構えるオーウェン。それに対し、魔族たちは顔を見合わせてから薄く笑った。


「わかったわかった。こちらも名乗ろう。オレはゼクス。魔王軍幹部だ」

「同じく魔王軍幹部……ズィーベン」

「ワシはアハト。魔王軍幹部じゃ」


 オーウェンに従って名乗った3人だが、その言葉の節々にはこちらを見下す響きがあった。


「先程も言ったとおり、こちらは魔術師が2人じゃ。一騎討ちには応じられんよ」

「それに……魔王軍幹部は人間のせいでほとんど死んだ……」

「こっからは慎重に行かせてもらうってわけだ。悪く思うなよ」


 ゼクスと名乗った魔族が、背中から大剣を抜く。見るからに屈強な魔族であり、彼だけが魔術師でないことはすぐに察せられた。


「ならば、総力を以ってぶつかろう。では開戦だ」

「いや……まずは」


 オーウェンが開戦を告げようとした瞬間、ゼクスが踏み込んで大剣を薙いだ。不意打ちにも近いそれをオーウェンは防ぎ、魔族の身体を押し戻す。


「貴様ッ……!」

「オレたち3人を相手に、お前がどれだけできるか試してみよう。ああ、部下をよこしてもいいが……役に立つかな?」


 今の一撃でゼクスが確かな使い手であることをオーウェンは理解した。足を踏ん張らなくては耐えられないほどの衝撃が、ゼクスの膂力を物語っている。ゼクスが言うように、例え部下を呼んだところで一撃の下に倒されるだけだろう。


 だとしても、正騎士団長である自分ならば倒せる相手のはずだ。


「戯言をッ!」


 今度は逆にオーウェンが切り込み、ゼクスが防いだ。オーウェンの鋭い連撃はゼクスを後退させていく。


「なにっ!?」


 だが、範囲外から襲い来る炎弾を察知してオーウェンは後方へと飛び退いた。飛来した元を辿れば、ズィーベンと名乗った女魔族だった。深く被ったローブのせいで顔はわからないが、今の攻撃を卑怯と思っている様子はない。


「言っただろ。オレたち3人を相手に、ってな」

「ほれ。休んでる暇があるのかのぅ」


 次の瞬間にはオーウェンの足元が黒く光り、彼はまたもや飛び退いた。直後に吹き上げる闇の槍が、人のいなくなった空間を貫く。


 体勢を整えるオーウェンへ、ゼクスが斬りかかった。反射神経に任せて大剣を迎え撃つも、重たい剣戟の雨に防戦一方の形になってしまう。


「団長! 私たちも加勢を!」

「クッ……! では魔術師を狙え! その間に私はコイツを斬り捨てる!」

「威勢だけはいいなぁ! 騎士団長サマよぉ!!」


 オーウェンの指示で後方より騎士団が駆けていく。大群の騎兵が平原を進み、2人の魔術師に迫っていった。


 だがそれを見守る余裕はオーウェンにはない。目の前の魔族が思った以上に剣士として熟練だからだ。


「魔術師相手に大軍は愚策だろ?」

「どうかな。あれは私の直属の部下たちだ」


 ゼクスの言う通り、直線的に動いてしまう大軍というのは魔術師の格好の的だ。だがオーウェンの指示で動いたのは精鋭部隊。心の内に生まれた不安をかき消して、オーウェンは部下を信じることにした。


「そっか。じゃあ……部下共々死んじまいなぁ!!」


 ゼクスの気合の入った一撃が振り下ろされる。オーウェンはそれを受け、弾き返す。その隙を狙って剣を振るが、


「〈氷粒アイスグレイン〉」

「ぐっ……!?」


 小さな氷の塊がオーウェンに向かって飛来した。オーウェンはそれを回避し、攻撃のチャンスを潰されてしまう。


 ――まさか、もう!?


 ちらっと視界をゼクスから外すが、騎兵たちはまだ倒れていない。押し込めてもいないが、二手に分かれた軍団は魔王軍幹部たちと相対していた。


「となれば、今のは……」

「そうだ。オレの魔術だ。どうだ? 剣だけじゃなくて、魔術も使えるんだよ!!」


 得意げに笑うゼクスに対し、オーウェンは警戒度を引き上げる。オーウェンは剣の腕一本でのし上がった人物だ。自身に魔力は毛ほどもないが、対魔術師戦ならば腐るほど経験しているので魔術使い相手に怯んだのではない。


 だが、近接戦闘と魔術を同時に使いこなす相手は初めてだった。普通ならば、両方扱おうとするとどっちつかずになって大成しないものだが。


 目の前の相手は違う。どちらの技量も高い、と唇を噛みしめる。


「いいねぇ、その顔。強者と認める顔だ」

「……遊びは終わりだ」


 言葉とは裏腹に遊んでいたつもりはない。これ以上、戦闘を長引かせてはいけないと本能が告げているだけだ。


 ゼクスはにやりと笑ってから大剣を構えようとし、オーウェンはそこへ斬りかかる。風のような上段斬りが、ゼクスの眉間へ吸い込まれるように放たれた。


「〈氷槍アイスランス〉」

「チッ!」


 オーウェンは舌打ちをして横へ飛ぶ。頭上から落ちる氷の槍が、一瞬前までのオーウェンを貫いた。


 横へ回ったついでに剣を振るうが、オーウェンは予期していたように大剣を構えていた。弾かれる金属音と共に、オーウェンは再度距離を離す。


 魔術があるとどうしても警戒してしまって踏み込みが浅くなる。だがその集中力で打ち破れるほど、剣士として弱い相手ではない。


「さっきまでの威勢はどうした? ならこっちから行かせてもらうぜ!!」


 ゼクスが思いっきり飛んで、その勢いのままに大剣を振り下ろした。隙だらけの空中姿勢。オーウェンは迎撃しようと剣を向けるが、


「〈氷波アイスウェーブ〉」

「クッ……!」


 足元から迫る冷気に、オーウェンは飛び退く。平原の一部が凍りつき、それを砕くようにゼクスの大剣が振り下ろされた。


 ――今!


 オーウェンは着地と同時に踏み込み、振り下ろした隙を突く。鋭い刺突がゼクスへと向かっていった。


「〈氷壁アイスウォール〉」


 剣先に氷の壁が現れるものの、オーウェンの突きはそれをやすやすと突破する。だが氷の壁によって勢いが殺されたせいか、ゼクスは大剣でそれを簡単に防いだ。攻め手を封じられたオーウェンは、またもや仕切り直しを余儀なくされる。


 ――攻めきれない……が。


 視界を若干外に広げると、明らかに騎兵の数が減っている。確かな実力の魔術師2人を相手にしては、精鋭である騎士団ですら突破は不可能ということだ。


 ――決めるしかない。


 オーウェンは覚悟を決めた。この後にゼクスと同程度の実力者が2人残っており、余力は残しておきたい。だが目の前の敵を打倒できなくては意味がないのだ、と。


 スッとオーウェンは低めに構え、ゼクスを見上げるように睨む。空気の変化を感じ取ったのか、ゼクスもまたしっかりと大剣を構えた。


「フッ!!」


 息を吐くと同時に全速力で駆ける。たった一歩で、数歩の距離を無と化した。


「〈氷剣アイスソード〉!」

 

 ゼクスがオーウェンを迎え撃つように大剣を振り上げ、同時に氷の剣が中空に生まれた。ゼクスの剣閃と合わせて、双方向からの攻撃がオーウェンを襲う。


 しかしオーウェンはもう退かない。ただただゼクスを目指して剣を振るった。

 白銀の剣閃が、黒と青の猛撃と交差する。


「ぐぅっ……!! まさか、オレが……!?」


 一瞬の後、平原に落ちるのは噴出した赤い血飛沫。


 決死の一撃によって、オーウェンはゼクスを斬り抜いた。振り下ろされる大剣をかわして、横薙ぎに真っ直ぐ斬撃を入れた結果である。


 鎧に守られていたはずの屈強な胴体は真っ二つに分かれ、ゼクスの上半身が地面に落ちる。同時にオーウェンは呼吸を再開し、


「ッ……」


 左肩に走る痛みを自覚した。氷の剣で深々と切り裂かれていて、白い鎧が真っ赤に染まっていく。


 魔術の剣をあえて受けたのだ。いくら魔術抵抗が鎧に組み込まれているとはいえ、それで済むだけの威力ではなかったということになる。


 ――確かに怪我は大きい。だが魔王軍幹部を倒したのだ。


 天秤にかければ、遥かに魔王軍幹部打倒の方へ傾くだろう。両手で剣を持つことは敵わないが、利き手だけであればなんとかなるはずだ。


「〈氷槍アイスランス〉……」

「なっ……!?」


 声に驚いて振り向いた瞬間、脇腹に鋭い痛みが走った。振り返った為に急所は逸れたが、胴体を貫かれてオーウェンは顔を歪ませる。


「ええい、こんなもの!!」


 意を決して氷の槍を腹部から抜き捨てる。死んだはずのゼクスを見れば、まだわずかに息があるようだった。


「こ、この……生命、力こそ……魔族の……」


 勝ち誇ったように微笑みながら、今度こそゼクスは死に絶えた。魔族特有の生命力のおかげで、身体が2つに分かれてもまだ息があったということなのだろう。


 ――油断か。こんなところで……。


 確かにオーウェンはゼクスの死を確認しなかった。だが身体を上下に裂かれて生きていると思うほうがおかしい。


 とはいえ怪我を負ったのは事実だ。左肩と腹部に大きな傷を抱えたまま、オーウェンは前を見る。


「おやおや。ボロボロじゃのう。それでワシらを相手にできるのかのぅ?」


 オーウェンへと降ってきた声は、聞きたくなかった相手のものだ。見ればズィーベンとアハトの2人が、オーウェンと相対するように立っている。


 ――全滅か。


 魔術師相手で分が悪かったとはいえ、精鋭の騎士団が壊滅したのだ。これ以上、どれだけの数を投入しても届かないだろう。それこそ大魔術でも撃たれれば、こっちは容易く壊滅してしまうのだから。


 オーウェンはそれでも片手で剣を構える。後退も、降伏もない。王国の騎士団長として、ここで魔王軍幹部を食い止めるだけだ。


「怪我人相手に2対1は卑怯だろ」


 決死の覚悟を抱いたオーウェンの背後から、この場にそぐわないほどの呑気な声が響いた。

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