19 先生 VS 師匠

 まさかの展開である。


 大変なことになったという思いと共に、心の中で興奮している自分もいた。


 ――先生と師匠。戦ったらどっちが強いんだろうか。


 師匠は、あんな性格だが実力はかなり高い。今の私でもおそらく通じない、というか底が見えないのだ。彼の本気を見たことなんて一度もない。

 だというのに、指先ひとつで多彩な魔術を鼻歌交じりで操り、Aランクモンスターだろうと、レッドドラゴンだろうと簡単に討伐してしまう。彼にとって、冒険とは散歩と同意義なのだ。


 対して先生は、多彩な魔術こそ持たないものの、類まれなる身体能力を持っている。それも初級攻撃魔術でしかない〈雷撃ライトニング〉で強化していた、とかいう常識外の方法で。

 そう、先生の〈雷撃ライトニング〉はまさに規格外なのだ。私がこの目で見たわけではないが、水龍を〈雷撃ライトニング〉で一発で倒したというのは本当だろう。


 無数の魔術を軽く操る師匠に、ひとつの魔術を常識外の力で操る先生。魔術や戦い方で見れば、正反対だ。


 だが2人ともに共通していることは。


 ――私なんかじゃ、足元にも及ばないということ。


 最年少Sランク冒険者でさえ、影すら踏めない2人だ。人間の枠を逸脱した2人の戦いに、心躍らない人間なんていようはずもない。


「撃てばいいのか? そこに?」


 先生は首を傾げながらも状況を飲み込んだようだ。彼が指差す先は、師匠の張った魔術の盾。あれは私の知らない魔術だ。見たこともない。


 薄い青色の盾だが、師匠はそこに私でも吐き気をもよおすほどの魔力量を詰め込んでいる。それだけで、師匠が先生の〈雷撃ライトニング〉をどれだけ警戒しているのか理解できた。


「ああ。遠慮はいらない。全力で頼むよ」

「……いいんだな?」


 先生は再確認するように、師匠を真剣な目で見つめる。先生だって確認したくもなるだろう。おそらく、彼の生涯で今の〈雷撃ライトニング〉を防いだ存在はいないはずなのだから。


 対して師匠は微笑みを崩さずに頷いた。そんなこととっくに織り込み済みだ、とでも言うように。


「構わない。私も死なないように全力を出すんだから」


 思わず私は師匠の顔を見上げた。よく見ればいつもの涼しい顔だけど、その瞳には見たことのない光が宿っている。


 ――あの師匠が、全力を出すっていうの?


 信じられなかった。山岳に棲むレッドドラゴンを倒しに行った時だって、軽く指を振るだけでボコボコにしていた師匠が。それだけ、先生の〈雷撃ライトニング〉は規格外なのだろう。


 また先生も師匠の覚悟を受けてか、ゆっくりと何度か頷いた。


「わかった。準備はいいな?」

「いつでもどうぞ」


 ピリッ、と平原の空気が一変する。


 陽気な太陽が差し込んで、寝転んで青空を見上げるには最適な穏やかな平原――だったのは、一瞬前までの話。


 まばたきの間に世界が崩壊するのではないか、と思うほどに張り詰めた空気が平原を支配したのだ。私も呼吸を忘れて、先生と師匠の一挙手一投足を見守る。いやそれしかできない。既に、私ごときが動くことなど許された空間ではないのだ。


 先生は緩慢な動作で右手を上げる。対する師匠は、十歩ほどの距離に立って盾を構え続けていた。


 私が緊張に耐えきれずにつばを飲み込む。

 瞬間。


「〈ライトニング〉」


 先生の右手から真っ白い雷光が迸る。


 今まで見たどの〈雷撃ライトニング〉よりも太いので、強大なものなのだと察せられるが、やはり〈雷撃ライトニング〉は〈雷撃ライトニング〉だ。中級魔術と比べても、か細い電撃は、触れる瞬間までその絶大な威力を隠し持っている。


 稲妻は空間を駆け抜け、師匠の持つ盾へと直線で向かっていく。わずか数瞬の出来事だが、時間がやけにゆっくりと感じられた。


「ッ!」


 〈雷撃ライトニング〉が着弾し、師匠の顔からわずかに余裕が消えた。魔術の盾が砕け散る音がしたが、次の瞬間にはまた盾が現れている。


 しかしまた盾が砕け散る。現れる。砕け散る。現れる。砕け散る。現れる。砕け散る。現れる。砕け散る。現れる……。


 その繰り返しの果てに、やがて〈雷撃ライトニング〉は消え、師匠の手から盾も消滅した。


「こ、これは……?」


 師匠が勝った、と言えるのだろうか。

 2人が立っている現状だけを見ればそうだ。


 先生の〈雷撃ライトニング〉は師匠の盾を破ったが、すぐに張り直されている。数十の盾を砕いたとはいえ、師匠の身体には届かなかった。


 だが盾を破った、という結果をもって勝ちとするならば先生の勝ちだ。先生はたった一発。対して師匠は何十もの盾を生み出したのだから。


 私が悩んでいると、師匠は拍手しながら笑い出す。


「いやいや……私はもう一度〈雷撃ライトニング〉を撃たれたら防げないだろうね。防ぐだけの魔力がもうないんだ。これは次元が違うね。生きていて初めて冷や汗をかいたよ」


 その割には爽やかな笑顔が浮かんでいるが、それが師匠という生き物だから仕方ない。ただ今の師匠の言葉を信じるならば、まだまだ〈雷撃ライトニング〉を撃てるであろう先生の勝ちということになる。


「だが俺は初めて、完成した……いや、完成したと思っていた〈ライトニング〉を防がれた……」


 対照的に先生は、唇を噛み締めながら己の手を見ていた。もしかして実力不足だったとか思っているのだろうか。


「でも先生、師匠は……」


 なにか言葉をかけようとして、言葉に詰まった。なにを口にしても、私の言葉では慰めにもならないだろう。


 現に〈雷撃ライトニング〉は防がれてしまった。それはつまり『世界には先生の〈雷撃ライトニング〉を防げる存在がいる』という証明にも近い。


「ありがとう、ナーリー。やはり俺はまだまだ弱かったようだ」


 だが先生は自力で回復し、笑顔で――爽やかだが恐ろしいことに変わりはない――師匠に握手を求めた。


 師匠はそんな先生を見て目を見開いた後で、にっこりと微笑んで握手に応じる。


「どういたしまして。私の全力の盾を破ったのだから、弱いどころか規格外なことに変わりはないんだけど……まあいいか!」


 いいのか。よくはない気がするけど、なにかはぐらかされたような気もする。こういう思わせぶりな態度も、師匠にとっては日常でしかないのだ。


「そもそも師匠はこれだけの為に現れたんですか?」


 先生との力試し。それだけの為に師匠が姿を見せるとは考えにくい。

 すると師匠はパッとこちらに振り向いて、忘れてたという風に肩を竦めてみせた。


「そうだった! 実は……っと、その前にフランは回復しておこう」


 師匠は私の頭に手のひらを置き、回復魔術を発動させた。私の身体が薄緑色の光に包まれ、先生との手合わせで無理に動かした肉体の疲労が軽減されていく。かと思えば、更に魔力まで補充されているではないか。


「あの、師匠、もう魔力がないんじゃ」

「彼の〈雷撃ライトニング〉を防ぐ魔力はないって言ったのさ。フランの消費した魔力を補填するぐらいなら残ってるよ」


 いつもどおりに微笑む師匠。


 だけど一応、超級魔術を撃って上級魔術も乱発したんですよ、私。それが先生の〈雷撃ライトニング〉を防ぐだけの魔力より少ない、って……なんだか激しく常識が崩れると共に自信を失いそうになる。いや、2人が私と比べれば天より高い実力者であることはわかっているのだけれど。


 すっかり身体も魔力も万全の状態に戻った私を見て、師匠は「よしよし」と頷いた。


「さて本題だ。2人は今からすぐにブレーキに戻った方がいい」


 突然の宣言に面食らってしまう。なぜ今から城塞都市に戻らなくてはならないのか。その理由がわからない。


 ただ師匠がそう言うということは、


「なにか起こるんですか?」


 『未来視』の魔術で見通したからに他ならない。

 師匠は私と先生を見回すようにしてから人差し指を立てて、


「魔王軍が来るからね」


 笑顔で言い放ちやがったのだ。

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