18 フランの師匠

「はっ! ここは……」

「ようやく起きたか」


 私は目を開けて、身体を起こした。隣に立っていた先生は安堵のため息を吐く。

 今、どういう状況なのだろうかと脳内が高速回転し、直前に見た先生の拳を思い出した。


「私、先生との手合わせで……」


 気絶してしまったのだ。あんな緩やかに身体が死を体験するとは思わなかった。どんなモンスター相手でも、走馬灯を見たことなんてなかったのに。


「いやー、すごかったなー。あの魔術の数々。あんな炎が次々とさぁ」


 気落ちする私とは対照的に先生は笑い――笑顔が怖いが――素直に感心しているようだった。そんな感心される魔術だろうかと思ったが、先生の視点で考えてみる。


 確かに一見すれば、極大の火炎球から溶岩流。それに一瞬で起きた大爆発や炎の槍などなどだ。感心しているということは、どれもこれも先生の知らない魔術だったのだろう。


「だけど、全然相手になりませんでしたね……」

「んー……まぁな」


 先生はぼかさずに言ってくれる。私程度では、全くもって先生に及ばないのだ。足元と言うのもおこがましいぐらいの戦力差がそこにはある。


 初手に放った超級魔術の〈朱の新星ヴァーミリオン・ノヴァ〉ですら、先生の初級魔術である〈雷撃ライトニング〉で簡単に無効化されたのだから。


「……私、まだまだ成長しますので」

「ああ。期待してる」


 私は立ち上がり、先生の期待に沿えるように努力しなくては、と改めて決意する。


「でもまずは、平原の修復をしましょう」


 自分が炎の魔術で焼き尽くしたのだ。せめて自分で修復しなくては、と背後を振り返る。

 だが、そこに広がっている光景を見て、思わず絶句した。


「……なんですか、これ」

「なにって……平地だろ?」

「いやそうじゃなくて! なんでこんな更地になってるんですか!?」


 私の背後に広がっていたのは、土が剥き出しになった荒廃した土地。私が倒れ込んだ地点を出発点にして、放射状に茶色の地面が広がっていたのだ。

 

 奇妙なことに、その周囲は平原のままである。つまり、平原の中心部だけが抉れたように荒れていたのだ。


「いや、なんか……俺が殴るフリした後でそうなった」

「そうなったって……もしかして、衝撃波だけで平原が抉れたってことですか?」


 先生はなぜかバツの悪い顔を浮かべており、私は現状を受け入れがたいと額に手を当てた。だってまさか殴るフリで発生した衝撃波で、こんなキレイに平原が荒れることがあるだろうか。


 とはいえ。現実問題、目の前に荒廃した平原が広がっているのだ。 


「ひ、ひとまず状況を回復しないと……〈陸地修復グランド・リペア〉」


 〈詠唱短縮化ショートチャート〉の効果はとっくに切れているが、忙しい戦闘中でもなければ上級魔術は詠唱破棄で発動できる。要は技術と集中力の問題だからだ。〈詠唱短縮化ショートチャート〉は簡単にできるように手伝ってくれるだけ。


 私が杖を振るうと、緑色の光の粒子が空間に舞っていく。粒子は押し流されるように平原に飛んでいき、光が触れた部分は色鮮やかな緑色を取り戻した。


 先生の拳に吹き飛ばされた部分だけでなく、私の炎魔術によって枯れた草も修復されていく。


 最初に放った超級魔術の〈朱の新星ヴァーミリオン・ノヴァ〉は、草原を燃やさないように調整する余裕があったけど、その後は全然だった。自分の未熟さを痛感する。


 やがて平原は元の緑を取り戻し、戦闘の形跡など一切なかったような姿になった。

 それを見て、先生は目を見開く。


「おおっ! すげぇな! こんなこともできるのか!」

「ここまで広範囲にできるのは魔力量のおかげですけどね」


 生まれ持った魔力量は、10歳ぐらいまでの幼い時期にのみ増幅させることができる。私は9歳の頃、めちゃくちゃに師匠に伸ばされたので、今では人間の中ではかなり上位に位置すると自負していた。


 だからこそ、先生との手合わせの中であれだけのバフをかけながらも魔術を放ち続けられたのだ。そうでなければ、最初の超級魔術で魔力切れしていてもおかしくない。


「いやぁ、俺はてっきりこのままになっちまうかと」

「さすがに元通りにできないのに、あんなに炎魔術は使いませんって。まあ、思ってたよりもちょっと荒れちゃってますけど」


 先生によって地面が剥き出しになったことは、私も予想していなかった。だが今はなんとか私の魔術で直せるものだったので、内心安堵している。もしかしたら先生の超人的な力が働いて直せないのでは、などとも考えたからだ。


「やっぱり〈ライトニング〉だけだと限界があるからな」

「いやいや! 先生の〈雷撃ライトニング〉は規格外ですから!」

「そうかぁ?」

「いやいや。ホント。規格外だよ」

「そうかなぁ……って誰だお前!?」


 突然会話に入ってきた男性に、先生は驚きの顔を向けた。

 だが私は慌てることなく、その男性を見上げる。一切の気配なく、いつの間にか隣にいるのが当たり前という風に立っている人。


 それができるのは、私が知る限りではひとりしかいない。


「師匠。お久しぶりですね」

「ああ、フラン。なんだか小さくなったかい?」

「普通は大きくなったかどうか訊くもんじゃないですかねぇ!?」


 ――そりゃ身長は1ミリも伸びてないですけど!


 私の反論に「あっはっは」と、あっけらかんに笑う師匠。そうだ。こういう人だった、と頭だけでなく感情が思い出した。


「えっと……?」

「先生。こちらが私の魔術の師匠です」


 なにがなんだかという顔の先生に、師匠を紹介する。


「私はナーリー。しがない旅の魔術師さ。よろしくね、エクレアくん」


 師匠が出した手のひらを、先生は「はぁ」とまだ馴染めない態度で握る。

 

 先生と比べれば小さく見えるが、師匠は男性としてはやや高めの身長だ。先生とは違って筋肉質な部分が全くなく、なよっとした優男という風貌。短い真っ黒な髪と対になるようにか、真っ白なローブを羽織っているのだが、それでもわかる線の細さだ。


 私に黒いローブを勧めたのは師匠であり、私もそれが気に入って新調する時も黒のローブにしている……のだが。改めて見ると、私と並んだ時の色合いを意識していたのだろうかと思う。師匠と弟子が、白と黒という正反対の色で立っている光景を描いていたのかもしれない。


 いやいや。単純に私の赤い髪に合うから選んだのだと信じたい。でも信じきれない。師匠はそんな人だ。


 ちなみに年齢は不詳。一見すると若者に見えるが、私が出会った十年前から顔が一切変わらないので、不老の魔術でも隠し持っているのかもしれない。


 そんな師匠に、私はため息交じりで言葉を投げる。


「しがない旅の魔術師って……それはもう詐欺ですよ。『見通す魔術師』として様々な国家に協力を熱望されているのに、その消息が全く追えないんですから」


 宮廷魔術師や他のSランク冒険者の力を持ってしても、影すら掴めない謎の魔術師。世界で唯一『未来視』の魔術を持っているせいか、それとも単純な実力のおかげか。


 私の責めるような視線を、師匠は肩を竦めてかわした。


「いやぁ、宮仕えは堅苦しくてね。風来坊が私の性に合ってるのさ」


 こういう人だ。どうやって生きているのか、私ですらわからないほどの人物である。


「ところでどうしてここに? なにか起きたんですか?」


 私が15歳の時、「うん。もう君は免許皆伝だ! 冒険者として好きに生きるといい!」と突然放り出しては、たまに顔を見に来るだけの師匠。


 そんな師匠が現れる時は、いつだって悪い出来事と共に来るのだ。それが『未来視』の魔術なのかもしれないけど。


 しかし師匠はいつもの微笑みを崩さずに、私から先生へと視線を移した。


「いや、なぁに。君が師事を仰いだエクレアくんなんだけどね。ちょっと規格外なんだよね」


 先生は私と師匠の視線を受けながら、全く自覚がないように首を捻る。


「規格外? 俺が?」

「自覚がないのも怖いところだ。だからさ」


 師匠は右手を差し出し、無詠唱で魔術を発動させる。


 彼の目の前に現れたのは、青く光った半透明の板だ。それはまるでガラスのようだが、儚げな見た目に反して、こっちが怖気づいてしまうほどの魔力が込められていた。


「撃ってみてよ、〈雷撃ライトニング〉。私の最強の盾が破れるか試してみよう」

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