帰還

「ここを渡るんだぷー」

「ここを?」「大丈夫なんか?」


 ぷーすけが案内して来たのは、堀の石壁が崩れた場所だ。向こう側も崩れているらしい。泳いで渡り切れば、登ることは可能だろう。


「大丈夫だぷー。足がつくほど土が埋まっているだぷー。向こうに渡ればすぐにシェルターへ下りられるぷー」


 つまり戦闘マシンが乗り降りしているスロープがあるということだ。大河は背後をチラリと振り返る。そこは暗い闇だが、またいつ緑怪が出てくるか分からなかった。


「行くぞ」


 大河は暗い水の中に足を入れて行く。夜だからか水が冷たい。だが、文句は言っていられなかった。

 豪志も後から続いてくる。足は確かにつくが肩まで水につかり、泥の水底をなんとか蹴って進んだ。何度か石につまずき、顔まで水に浸かる。


「武器は水に浸かって大丈夫なんやろか」


 対岸に着くと、豪志は背負っていた槍を手にした。


「それはすぐには使えないだぷー。シェルターへはこっちだぷー」


 ぷーすけの後に続き、二人はシェルターへ向かう。





 大河と豪志は水浸しで、急角度のスロープを滑って来た。シェルター内は、いつものようにシンと静まっている。


「まずは冷えた身体を温めるのだぷー」


 ぷーすけの後に続いていく大河。しかし、豪志は水を滴らせて立ち止まっていた。


「なんでや……」


 その視線は鋭く大河を見据えている。


「なんで錬を見捨てたんや!?」


 豪志は大河に両手で掴みかかり、襟元を掴んで捻り上げた。豪志の方が背が高いため、大河はつま先立ちになる。


「あの場合は、……仕方なかった」


 大河は眉を寄せて苦虫を嚙み潰したように言う。


「仕方ないってなんや!? リーダーだからって、こないなこと許されへんで!? 仲間を見捨てるなんて……」


 豪志の眼には涙が滲んでいた。まだ一週間しか経っていないが、豪志にとって大事な存在になっていたのだろう。


「さすがはあの赤星のおっさんの息子だけあるわ」

「なに?」

「赤星のおっさんは、緑怪が出てきたとき、真っ先に逃げる戦法を取ったんや。戦うことは無駄なことゆうてな。妹もいるって錬に聞いとるで。逃げることしか頭になかったんや。だから、真っ先に息子と娘を冷凍保存したんや」

「親父が……」


 それは少し不思議なことに思えた。大河に幼少から剣道を習わせ、妹の蒼にも合気道を習わせていた。家訓として文武両道を貫こうとしていた。それが、真っ先に逃げることを考えるとは――。


「それだけ、緑怪が脅威だたんだぷー。赤星大臣は侵略されることを読んでいたんだぷー」

「そうかもしれないけどよ!!」


 ぷーすけに激昂したように、言葉をぶつける豪志。


「……だけどよ。俺は仲間を、あいつらを見捨てたくなかったんだ……」


 豪志の手が緩み、大河は足を床に付ける。豪志は錬のことだけではない。三百五十年前にもいた仲間たちとも別れたくなかったのだ。それならば――。


「じゃあ、急ごう」

「なんや?」


 大河は豪志に背を向けて奥に向かう。


「緑怪のボスは言っていただろ。俺たちを生贄にするって。それには準備がいる。きっと、まだ錬は生きているはずだ」

「大河、お前……」


 豪志は目元を拭って、大河に追いつく。


「なんや。錬を囮に逃げて来たんじゃなかったんか?」

「火が邪魔して助けに行けなかっただろ。それより、偵察のつもりだったとはいえ俺たちは準備不足だった。錬はあれだけ準備をしていたのに。そもそも、ボスの話ではこのシェルターもずっと安全じゃない」


 正直、緑怪を倒してきて調子に乗っていた。慎重なほど慎重な錬が正解だったのだ。


「せやな! 錬を助けに行こうや!」


 豪志は破顔して、大河の肩を抱く。苦笑して大河は振り払いはせずに言う。


「濡れているんだから止めろよ。……でも、行くぞ」

「そう言うと思って、いろいろ準備しておいただぷー!」

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