第十二話 魔法使い見習いの仕事ってなんですか?

「ぶっはぁ~! 緊張したぁ~~~!!」


 茶山さんが姿を消すなり黄倉くんがへたり込んだ。


「もう~! 赤間さんも緑川さんも佐藤さんも、茶山さんの機嫌損ねるのやめてよー! ピリピリモードの茶山さん、本気で怖いんだって!」


「す、すみません!」


「ま、今回のは佐藤さんも災難だったよね。初対面の佐藤さんが茶山さんの地雷なんて知るわけないし」


 ヘラヘラ笑っている黄倉くんを見ながら思う。

 ……地雷って認識なんだ。


「て、いうか佐藤……さん? 俺と年、変わらないよね」


「二十八……あ、先月で二十九になりました!」


「なぁんだ、同い年じゃん! なら、そんなにかしこまらないでよ。……て、いうかかしこまらないでいいよね?」


 親近感覚えまくりのフツメン・黄倉くんに気安い笑顔を向けられて俺はヘラ……と笑った。黄倉くんいわく〝ピリピリモードの茶山さん〟を前に俺も結構、緊張してたらしい。


「いい、いいよ! 俺もそうするから!」


「そうして、そうして! うっし! 同い年同士、仲良く監視といきますか!」


 ニヒッと歯を見せて笑った黄倉くんは屋上の縁に立って下をのぞきこんだ。


「言われたとおりにちゃーんと監視してないとまた茶山さんに怒られるからなねー」


 と、――。


『青柳、桃瀬、茶山。所定の位置に到着』


「ひぇ、すみません!」


 聞こえてきた茶山さんの声に黄倉くんは悲鳴をあげて背筋を伸ばした。

 でも――。


「なんだ、〝音声通話〟かぁ」


 その声が頭の中に響いた声で、茶山さんがこの場に来たわけじゃないとわかるなり、ほーっと安堵の息をついた。黄倉くんのようすと茶山さんと関係に苦笑いして俺は頭の中に響く声に耳を傾けた。


『赤間、緑川、紫村、こちらも到着だよ』


『了解。茶山は一般人の避難を手伝え』


 紫村さんの声に続いて聞こえてきたのは白瀧さんの声だ。


『了解』


『青柳、桃瀬は準備を。赤間、緑川はレベル4が所定のポイントに到達するまで待機』


 室長室にいるのだろう白瀧さんは次々と指示を出していく。


『黄倉、黒木は引き続き周辺の警戒を。特にレベル2の動きには注意しておけ』


『黒木、了解です』


『黄倉も了解です!』


 黒木くんに続いて黄倉くんも真剣そのものの表情で返事をする。

 でも――。


「はぁ~、びっくりしたぁ~。ヘラヘラ笑ってないで真面目に仕事しろ! って茶山さんに怒鳴られるかと思ったぁ~」


 すぐさまヘラヘラと笑い出す黄倉くんに乾いた笑い声がもれた。ずいぶんな変わり身だ。


「この頭の中に響く声って……」


「〝音声通話〟。白瀧さんの魔法の一つだよ」


 箝口令かんこうれいに音声通話――。

 一人の魔法使いが使える魔法はいくつあるんだろう。……なんて考えてることに気が付いたのかもしれない。


「白瀧さんと銀さんみたいにいくつも魔法が使えるのは特殊。あの二人はチートだから。天才、奇才だから」


 黄倉くんはひらひらと手を振ってヘラヘラと笑った。天才と奇才。そういえば、二人の幼なじみである紫村さんも同じようなことを言っていた。

 納得してコクコクとうなずくと黄倉くんの隣に並んだ。


「黄倉くんは黒木くんと同じ魔法使い見習いなんだよね」


 黄倉くんの真似をして屋上のふちに立ち、下をのぞきこんでみる。


「ここから妖精の監視をするのが黄倉くんたち魔法使い見習いの仕事?」


 マンションやビルのあいだを走る広めの二車線道路を形は魚、質感はスライムな水色の妖精が何匹、何十匹と群れを成して泳いでいた。水もないのに空中、だ。


「そそ、俺と黒木――魔法使い見習いの仕事。あ、ただ見てるだけかーとか思ってるだろ!」


「思ってない、思ってない」


「室長室から指示を出してる白瀧さんや現場の先輩たちに妖精の位置や動きを報告して、一般人や先輩たちが想定外に妖精と鉢合わせるのを未然に防ぐ。俺たちのミスで一般人や先輩たちを危険にさらすことになるかもしれない責任重大な仕事なんだぞ!」


「わかってる、わかってる」


 屋上の縁をバシバシ! と叩いて訴える黄倉くんにヘラヘラと笑いながらおざなりに相づちを打って、俺は改めて街を見回した。


 西区は郊外にある新興住宅街だ。若い共働き夫婦や子育て世帯が多く暮らしている。

 俺たちがいる八階建てのビルも、黒木くんがいるタワーマンションも、そこから見えるずらっと並んだ一軒家や街路樹が立ち並ぶ歩道も真新しい。


 自力で避難した人もいれば、建物の中でじっと身をひそめている人もいるのかもしれない。いつもは人や自転車、車が行き交うにぎやかな街が、しん……と静まり返っていた。

 人の姿が消えた静かな街を形も大きさもニジマスに似ている妖精たちが群れを成し、ゆったりと泳いでいる。妖精たちが泳ぐ広い二車線道路も真新しい。


 と、――。


「あれ、まずくないか?」


 黄倉くんが身を乗り出した。


『大通り、南方向から車が一台』


 直後に黒木くんの声が頭の中に響く。確かに一台の乗用車が向かってきていた。


「このまま真っ直ぐ行くと避難所になってる小学校があるんだよ。多分、そこに向かってるんだろうけど……」


 このまま直進するとニジマス型妖精の群れに突っ込むことになる。ちょっと遠回りにはなるけど、十字路を右に曲がれば群れを避けて小学校に向かえるのだけど……。


「レベル2の妖精は魔法使いか魔法使い見習いじゃなきゃ見えないんだよ」


 黄倉くんがうなるようにつぶやくのを聞いて俺は唇をかんだ。あの車に乗っている人たちの中にレベル2の妖精が見える人はいるだろうか。


「群れの中に車が突っ込んだら……どうなるのかな?」


「見えなくても車に妖精がぶつかった衝撃はあるんだよ。事故ったり、車体に穴が開いたり……最悪、乗ってる人も……」


 黄倉くんが話す可能性に俺は青ざめて屋上から身を乗り出した。


「曲がれ! 曲がれ、曲がれ!!」


「右折しろーーー!!!」


 黄倉くんといっしょになって大声で叫ぶ。

 でも――。


『……レベル2の群れに突っ込みます』


 八階建てのビルの上から叫んでも車内にいる人たちの耳には届かなかった。

 黒木くんが押し殺した声で報告するのと同時にニジマス型妖精の群れに突っ込んだ車はスピンして街路樹にぶつかった。


『茶山!』


『今、手が……!』


 白瀧さんの怒号と茶山さんの途切れ途切れの声が頭の中に響く。今も誰かの避難を手伝うために転移を繰り返しているのだろう。


 車内の人たちは無事だろうか。車のボンネットからは白煙があがり、妖精がぶつかった側面はへこんでしまっていた。

 息を飲んで車を見つめていた俺は――。


「……生き、てた」


 運転席から中年の男性が、助手席から男性と同年代の女性が出てくるのを見てほっと息をついた。青ざめた顔をしてるけど、車の状態を確認したり、話をしたりと命に別状も大きなケガもなさそうだ。


「よかったぁ」


 胸をなでおろしかけた俺だったけど――。


「車から出ないで!」


 黄倉くんの声にハッとした。

 車にぶつかった衝撃で一度は散り散りになった群れが再び集まり始めていた。魔法使いと魔法使い見習い以外には見えないニジマス型妖精の群れが、だ。


 黄倉くんの声に気が付いた中年の男女はきょとんとした顔で俺たちを見上げている。でも、急いで車に戻ろうとはしていない。それどころかジェスチャーで車が壊れてしまったのだと伝えて徒歩で小学校に向かおうとしている。


 レベル2のニジマス型妖精が見えない二人は自分たちが囲まれていることに気が付いていないのだ。

 だから――。


「レベル2の妖精がすぐそこにいるんです!」


 黄倉くんは二人に事実を伝えた。でも、それは失敗だったのかもしれない。

 二人は青ざめると駆け出そうとした。車を乗り捨て、自分たちを取り囲むニジマス型妖精の群れに突っ込んでいこうとした。


「違……!」

 

 二人も妖精から逃げようと必死だ。周囲にいるレベル2のニジマス型妖精が見えていないのだから仕方がない。

 仕方がないのだけど――。


 迫るニジマス型妖精と車から離れようとする二人を見て、思わず舌打ちをして、きつく目を閉じて――。


「車ごと魔法使いが避難させます!」


 すぐさま顔をあげると叫んだ。


「だから、早く戻れぇーーー!!!」


 俺の絶叫に二人は顔を見合わせて足を止めた。


「そ、そうそう! だから急いで! 早く!」


 黄倉くんに急かされ、二人は大慌てで引き返す。


「間に合え……間に合え!」


 二人が乗り込んで車のドアを閉めた、直後――。


「ギャーーー!」


「……!」


 体をくねらせたニジマス型妖精が耳をふさぎたくなるような金切り声をあげながら次々と車に突進した。車が激しく揺れ、中の二人があわてふためくのが見えた。

 二人にニジマス型妖精の姿は見えない。状況がわからなくて、不安でまた車外に出てきてしまうかもしれない。


「出てこないでくれよ」


 きつく目を閉じて、俺は祈るような気持ちでつぶやいた。

 と、――。


『……お待たせ』


 茶山さんの声にハッと顔をあげた。見ると車の屋根の上に茶山さんが立っていた。


「……」


 転移――と、つぶやいたのだろう。

 茶山さんの唇が動いたかと思うと街路樹にぶつかって壊れた車ごと、中年の男女二人の姿も茶山さんの姿も消えた。


 驚いて散り散りになったニジマス型妖精が再び群れを成し、ゆったりと泳ぎ始めるようになるまで呆然としていた俺と黄倉くんは――。


「ふぇあぁぁぁ~……」


「よかったぁぁぁ~……」


 盛大にため息をついてその場にへたり込んだのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る