第10話 モブと一緒に最弱の旅へ(1)

 お昼過ぎ、私・名川松子は同期の頏河明日那と共に、ラーメン屋にいる。

いつも混んでいて、注文してから三十分は優に待たされるのだ。そのため、商品が届くまでは談笑し、到着したら無言で流し込むように食べるのだ。

「あははははははっ!!!!」

 明日那は涙目になりながら、私を指差して笑っている。周りの他の客はうるさいとでも言うような視線を私達に向けてくる。

「松、土日に連絡つかないって思ったら、ずーっと寝てたのか!!」

「ちっ違う!!異世界に飛ばされてただけなの!!」

 先程までの煩いという冷たい視線とは打って変わり、一気にあわれむような生暖かい視線が私に突き刺さってきた。

「ハハハッ……だってさ、夢以外で何か言うことある??」

「だから……騎士団長はリーくんのお義父様で、リーくんには隠された兄弟がいたの!!それが夢じゃない証拠だよ!!」

 明日那はやれやれと呆れ顔をしながら、私をさとすように言った。

「あのね、松。その情報は確かに出回ってないけど、それ……公式でも発表されてないよね。つまりはただの夢だよね??まぁー、証拠があれば信じるけど……ねぇ??」

 今日の明日那はいつも以上に意地悪だ。確かに前回のリクルン情報は出回った後の話だし、リーくんの情報は公式発表がない。

 これではぐうの音も出ないと、ぷるぷる震えるしかなかった。

「……っ、もーラーメン来るの遅いね!!!!ちょっと文句もんく言ってくるわ!!」

 そう言って、私は席を立ち上がり振り返った。

 

「うぉっ!?」

 後ろに人が居たようで、突然動いたせいで驚かせてしまったようだ。私も驚いたが、とりあえず謝ろうと相手の顔を見た。

 そこにはモブが居た。

「……あっ、明日那!!」

 振り返るが、明日那はおろか今まで生暖かい視線を送っていた客やラーメン屋まで消えてしまったのだ。服装を見ると、先程まで着ていた制服ではなく、主人公の服装に変わっているのだ。

「いやー、驚いた。さけんだと思ったら突然消えるからさ」 

 そう言うとモブはニコリと笑った。そんなモブの手を、私はわしづかみした。

「モブ……あんた、私が消えるのを見たの!?」

 鬼気きき迫るような顔をしていたのかも知れない。モブは笑顔のまま硬直して、頭だけをブンブンと縦に動かした。

 今まで誰もツッコミを入れてくれなかったので、現実のようで夢みたいな世界だった。もしかしたら明日那が言ったとおり、本当に夢なのかも知れない。だが、ここに証人がいるのだ。

「モブ!!私と一緒に明日那の前で証言してくれない!?」

「はいぃっ!???」

 驚くモブに更に近づいて、私は懇願こんがんした。

「異世界召喚されてるって言っても、信じてくれないの!!でも、あんたが証言してくれれば、明日那も信じざるを得ないでしょ!!」

 じっとモブの顔を見つめながらお願いをしているが、モブは段々と赤い顔になったのだ。

「……っだぁぁぁっ!!!!近い近い近ーい!!!!!!」

 そう言ってモブは俊敏しゅんびんな動きで、私から離れた。私は町の外、モブは町の中にいるという何とも言えないシュールな状況だ。

「いや、無理でしょ!?俺は異世界へ行けないんだから!!!!」

 そりゃそうかと納得してしまった。じゃあ他にどうすればいいのだ。私はため息をつきながら、その場にしゃがみ込んだ。

「……えっと、まっ……救世主……様??」

 落ち込む私にモブは近づいてきて、焦りを隠せない顔でのぞき込んできた。

「救世主様って……何よ」

 モブに冷たい視線を送ると、モブは頬をきながら答えた。

「いや、なんか名前で呼ばれんの嫌みたいじゃん??その気持ち、俺もわかるからさ」

 そう言うと、モブは弱々しい笑い声を上げた。


「……松でいいよ」

「……へっ??」

 私は勢いよく立ち上がった。立ち上がると思っていなかったモブは驚いて、また町の中に入った。

「私のことは、松って呼んでいいよ。特別に許してあげる!!」

 どこかの野球監督のようにどっしりと構え、腕を組んでえらそうなポーズを取った。本来なら仲の良い明日那とか、友人にだけ呼んでもらっている。だが、モブはなんだかんだ良いやつだから、そう呼んでも良い気がした。

 私はモブを見ながら、ドヤ顔をしていた。それに釣られるように、モブは満面の笑みを浮かべた。

「おう!!これからよろしくな。……松!!」

「よろしく、モブ!!」 

 そして、私達は喜びのクリスタルのある東の方向を目指して旅立ったのだ。

 

「いやーでもさ、俺初めて旅に出るんだよね」

 ゲーム中に宿や野宿をすると、特定の会話を聞くことができる。だが、道中に会話が発生するとは……やはり、これは異世界なのだと実感する。

「リーくんも本当ならそうなるはずだったんだよねー」

 ハハッと答えながら歩いていると、モブの返事がない。隣を見ても姿が見えないので、後ろを見るとモブは立ち止まっていた。

「……モブ??」

「松……お前さ、」

 言葉を発した瞬間、モブはハッと我に返ったような顔をした。そして青ざめた顔で視線を横にズラし、冷たい笑みを浮かべた。

「いや……なんでもないわ」

「いやいや、勝手に自己解決しないで??めっちゃ気になるわ!!」

 そう言って、私はズカズカとモブに突進するがごとく向かっていった。

「はよ言いな??」

 モブの襟元えりもとを掴んでにらみつけると、モブは両手を小さく上げて降参したようだ。

「いやー、何というか……松ってリヒトのことをよく知ってるじゃん??だから……えっと……」

 微動だにしない私を見て、言葉に詰まりながらもモブは答えた。

「なんか、リヒトの暗殺者か付け狙う……不審人物に見えるなーって……ははっ」

 

 (そこは恋する乙女だろうが!!!!!!)

 

 モブに叫び散らかしたい気持ちはあるが、確かに一理ある。

 昨日、リーくんと出会ったばかりなのに自己紹介を受けずにリーくんと呼んではしゃいでいた。

 リーくんに逃げられたが、お義父様と出会い、家までおしかけたのだ。

 そして、リーくんに呼ばれてもいないのに、部屋の前まで押しかけて愛の告白をしたのだ。

 さらに今、リーくんは遠征以外で旅に出たことがないと、誰からも聞いていないのに知っていて、それを言うなんて……

「うぅっ……なんて立派なストーカーなの」

 私はショックで、地面にへばり付いてしまった。うめき声だけがこの場に鳴り響く。

 余計なことを言ってしまったと焦ったモブは、しゃがみ込んで私の肩を叩いて慰めようとしてきた。

「いや、あっ、すとーかー??かよくわかんねぇけど、リヒトはそんなん気にしないぜ??」

「モブ……」

 感動した私は、モブに抱きつこうとしたが、華麗にスルーされて地面に転がった。ぐぬぬと声を上げて悔しがっていると、物音が聞こえてきた。

「んっ……何あれ??」

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