第9話 旅に出る準備はオワタ(2)

「……えっと、もう一回、言ってもらえる⁇」

 私の聞き間違えかも知れない。ラルフが言うようなセリフではない。まさか、ここにもモブが隠れているのではないかと、部屋一面を血眼ちまなこになって探すが、モブはいなかった。

 モブがいないことを確認し、ラルフの方へ顔を向け直すと、ラルフはきょとんとした顔をしていた。だが、私が微笑むとラルフも自然に微笑み返してくれるのだ。

「はい。あの日……松子殿と一緒に魔の森へ行った日のことを覚えていますか⁇」

 あぁっと声を上げて、私はうなずいた。なぜ、今その話をするのだろうか。まさか、置いて行ってしまったのを根に持っているのだろうか。

「あの時はごめんなさい。私は……」

「いえいえ!!!!あれは松子殿が悪いのではなく、私が未熟だったのが原因なので気にしないでください!!!!」

 まぁ、確かに私は悪くない。悪いのは山賊と腰が弱点のラルフだ。だが、ヒロイン風のあわれみの顔をして謝っているのだから、さえぎるで無いわと若干じゃっかんイラついている。

「松子殿が魔の森へ向かわれた後、己の無力さを知り、こんな私がこの国の副団長を任されていて良いのか不安になっていたのです」

 まるで人生相談のように語り続けるラルフをじっと見ていた。早く仲間にしたいのに……いつになったら、彼の話は終わるのだろうか。

「そんな時、目の前に近隣の村に住む女性が現れたのです。その女性は負傷した私に気付いて、村へ運び込んでくださったのです。そして宿屋で、手当てをしていただきました。安静にするよう言われて、その日は村のお世話になりました」

 ほう。確かに魔の森の近くには、村があったはずだ。あそこは私が魔の森をクリアすると、山賊に襲われて廃村となるはずだ。だが、私が山賊らを倒したため、廃村にならずに済んだのだろう。

「その村に恩を返すためにも、私は城にとどまり周辺地域の警備も行うことにしたのです」

 そう言うと、ラルフはなんとも満足そうな笑顔をした。

「松子殿……本当はお供したかったのですが、私は城に残ります。これからの旅、気を付けてください」

 今までに見たこともないほど、清々すがすがしい笑顔のラルフを見てしまった。こんなシーンがあったら、ラルフ推しのプレイヤーはどんな気持ちになるのだろうか。

 ふと、疑問に思うことがあった。彼の心を変えた理由……それは今の言葉だけだろうと信じたいがために聞くことにした。

「……ラルフ⁇」

「はい、なんでしょうか」

 笑顔で返事をするラルフに対して、ぎこちない笑みを浮かべながら私は聞いた。

「まさか……助けてくれた村の女性に、恋した……とか言わないよね⁇」

 その言葉を発した途端、ラルフは目を大きく見開いた。徐々に顔が真っ赤になり、頭から湯気でも出そうだ。そして小さく頷いたまま、硬直してしまったのだった。


 私は重い足取りで、ラルフの家を後にした。少しずつ重くなっていく足を、なんとか動かしながら町を歩いていた。誰も……誰も私の仲間になってくれないのだ。こんなに頑張って走り回ったのに、誰も……相手してくれないのだ。心も身体も枯れて無くなりそうだ。

 だが、そろそろ旅に出なければならない。旅に出ると王様にしないと旅に出れないので、王様へ会いに行こうと城へ向かっているのだ。

 城の門直前に、人影が見えた。私に気付くと、大きく手を振ってくるのだ。

 私は死にそうな顔をしながら、歩いて近づいていくとその人物が誰かわかった。


 モブだ――


 こんな状態でモブと争う気にもなれないので、無視しようとしたが目の前を立ちふさがれた。

「どう⁇仲間は見つかった⁇」

 きっと嫌味を言いたいのだろう。だが、今の私にモブと戦うほどのヒットポイントは無い。どんよりとした顔で、首を横に振った。

「……まぁ、そんな時もあるっしょ!!じゃあ、これからよろしくね!!」

 そう言うと、モブは私に手を伸ばしてきたのだ。何がしたいのだろうと、私が首をかしげているとモブも頭を傾げたのだ。

「えっ……と、これで俺は、仲間に入るってので良いんだよね⁇」

 その言葉を聞いて、私はモブの顔をじっと見つめた。いつもと様子の違う私に、モブは困った笑顔をしている。

「仲間……⁇」

「そう、仲間」

 少しずつモブに近づいていくと、モブは苦笑いをしながら後ろに後ずさっていく。

「私の旅のお供……⁇」

「そう、一緒に旅する仲間」

 少しずつ目に生気が戻り始めた。城に集まる攻略対象全員に逃げられたが、まだ私は終わっていない。まだ、旅が始まるところなのだ。

「旅に……来てくれる……の⁇」

「おう!!任せとけ!!」

 その言葉に、私は目をうるませ始めた。あのカスの攻略対象どもや遠征に旅立ったリーくんは来てくれなくても、私にだって仲間はできるのだ。それが、モブだっていいじゃないか。

「うわぁぁぁぁぁぁっ!!!!よろしくお願いしまぁぁぁすぅぅぅぅぅぅっっっ!!!!!!!!」

「うわぁぁぁっ!!⁇」

 私は涙ながらにモブへ飛びついた。私はモブに抱き着いたまま、モブの服に顔をぐりぐりと押し付けて感動泣きをした。そんな私をなぐさめるように、モブは私の頭をでるのであった。


「さて……松子よ」

 王の間で王様と対面した私は、ひざまずきながら真面目な顔をしていた。王様は怪訝けげんそうな顔をしながら、私とモブの顔を交互に見ていた。

「ふむ……まさかお主が仲間を連れてくるとは思いもよらなかったぞ。しかも、レンダースの息子とは……」

 前者の言葉は聞いたことはないが、後者の言葉はリーくんを連れて来ると聞けるセリフだ。まさかそのセリフを、モブを連れてきただけで聞けるとは思わなかった。

「これからの道はけわしいが、力を合わせて突き進むがよい。まずは……この国の東側にある、喜びのクリスタルを手に入れてくるのだ。では……行け!!松子よ!!!!」

 王様が発した言葉の後、周りにいた騎士達は一斉におぉっと嘆声たんせいが鳴り響いた。嘆声が鳴りやまない間に、私とモブは立ち上がって王の間を後にした。


 旅の準備はもう終わっていたので、城をでて、町の入り口までモブと二人で歩いてきた。

「……よし!!これ、この島の地図だから」

「ありがとう」

 私はお礼を言いつつ、モブから地図を受け取った。別に地図が無くとも攻略したから、基本的な道は覚えている。だが、念のために地図を受け取ったのだ。

「じゃあ、これからよろしくね。モブ」

 私はそう言って、笑顔を向けるとモブも笑顔を返してきたのだ。

「あぁ!!よろしくな、松子」


「松子って言うんじゃねぇぇぇぇぇぇッッッ!!!!!!」

 ぱっと目を開けると、私はベットの上に寝転がっていた。気分は良くないけど、目覚めはすっきりとしていて気分が良い。

 スッと立ち上がり、カーテンを開けた。

「……朝か」

 まぁ、今日と明日は休みなので、ゆっくりとゲームをしようと思った。リビングへ行って、テレビをつけた。朝のニュースを見るなんて久しぶりだ。

『おはようございます。の朝の天気をお知らせします』

 綺麗な声を聞いてうっとりとした後、全身の血の気が引く感覚があった。私はスマホを探して、画面を付けたのだ。

 そこには、『月曜日』と日付が出ていたのだ。

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