第7話 最推しリーくん登場(1)

「えっ⁇」

 私・名川松子は驚いて声を上げてしまった。そのまま、少しの沈黙が流れた。

 もしかしたら、主人公補正で彼には私が絶世の美女に見えているのかもしれない。だから、こんなにじっと見つめているのだと思う。これは……ナンパなのかもしれない。基本的にやられ役のモブだろうから、ここでヒーローが出てくるはずだ。


 私はチラリと近くの建物の陰に目をやると、人影が見えたのだ。最悪なことに逆行となって人の顔まで見えないが、あれは確実に私の最推しリーくんに間違いない。

 自分で食べ物は買えなかったが、ここで食べたことでファーストコンタクトのイベントが発生したようだ。このモブには感謝しかない。

 もしかしたら、これはリーくん専用の裏イベントで、ナンパされる主人公を助ける話かもしれない。山賊のときもあんなイベントは無かったのだし、今回もそうかもしれない。私は希望の眼差しで、人影をじっと見つめていた。すると、人影はすっといなくなったのだ。


「……はっ⁇」

 確かにリーくんのイベントは、それが正しい。だが、それはここにリクルンとスペアードがいて、和やかムードだったからだ。今の私はモブに絡まれて困っている少女だ。そこでいなくなったら、ヒーローではなくただの野次馬ではないか。

「ねぇねぇ⁇聞いてる⁇」

 突然、私の前に手を振ってきたモブに、私は若干怒りを覚えた。

「今、モブの相手をしている暇はないの」

「……モブ⁇」

 きょとんとした顔で、モブは私の顔を見てきた。

 顔だけ見れば、町の人とは異なって整った顔をしている。だが、彼は攻略対象として存在していなかった。もしかしたら、途中まで攻略対象として入れようとしたけど、途中で頓挫とんざされて闇にほうむられた哀れなキャラかもしれない。

 だが、そうなったらコイツはただのモブだ。モブに要は無い。

「そう、モブよ。あなたみたいな人をモブって言うのよ!!」

「えーっ俺にもちゃんと名前はあるよ⁇俺はス……」

「いいえ!!あなたはモブで十分!!」

 モブの言葉をさえぎり、私は断言した。確かにゲームによっては、モブにも名前があり、サブイベントが合ったりするのだ。だが、このゲームにはない。出てくるのは村人A、若い女性、山賊Aと言う呼び方くらいだ。だから、彼の名前を知ったところで、画面には村の若者Aくらいでしかない。

「ふーん。でも俺、自分の名前って微妙だったから、モブってあだ名の方がいいかもね」

 そう言って、モブはケラケラと笑い始めた。モブがモブと認めたところで、ただのモブではないかと思ったが、もう会うことはないので気にする必要はない。

「じゃあ、私は急ぐので」

「えっ、ちょっ待ってよ!!」

 リーくんの次のイベントへ向かおうとしているのに、モブが邪魔をしてくるのだ。先ほどから邪魔しやがってと怒りが爆発しそうになっていた。

「あんたって異界から来た人でしょ⁇さっきも言ったけど、これから冒険に行くんなら、俺も連れてってよ」

「うるさい!!私は今、イベントに忙しいからついてくんな!!」

 そう言って私は、モブから逃げるように全速力で走り去った。次のリーくんのイベント発生場所へ向かうために。


「……どこよ」

 私は町の中をウロウロしているが、リーくんの姿が見えない。

 次のイベントはリーくんとの出会いのイベントだ。怪我をしたリーくんと出会い、主人公が手当てをするのだ。町角でぶつかると言うベタな出会い方だが、謝りながら主人公を心配するリーくんは、神々こうごうしく輝いていたのだ。あのシーンを早く再現したいと言うのに、どうして町角はこんなにも多いのだ。

「これじゃ、イベントよりも先に日が暮れちゃうわよー!!」

 辺りをキョロキョロと見渡しながら、私は必死にリーくんの姿を探した。

「あっ、いたいた!!」

 私の肩をポンと叩いてきた。先ほども聞いたこの声に嫌な顔をしながら、振り返った。先ほど振り払って逃げてきたモブが追いついてきたのだ。

「あんた、すっげー足早いのな。俺、この町一最速って言われてたのに、追いつけなかったよー」

 モブはそう言って笑っていた。ナンパイベントはまだ終わっていないのかと、ため息しかでない。コイツのイベントが終わらないと、私はリーくんのイベントに行けないのだろうか。どうやってモブを消し去るか考えるしかない。

「あんたが探してるのって、さっき陰から俺らを見てたリヒトだろ⁇」

「えっ⁉」

 私は驚きのあまり、目をカッと開いてモブを見た。なぜモブが私の最推しの名前を知っているのか。なぜ、私が探しているのがリーくんだとわかったのか。

「アイツ、さっきそこの路地裏に行ったよ」

 そう言うと、モブは後ろの建物の角を指差した。

「モブ……あんたもしかして……」

 もしかしたらモブは、ナンパイベントだけでなく、道案内イベントもあったのだろうか。それなのに、私は邪魔だから消し去ろうとしていた。少しだけ良心が痛んでしまう。

「ほれ、用があるなら早くいかないと」

「……うん!!ありがとう!!」

 私はモブにお礼を言って、全速力でリーくんのいるであろう路地裏へ向かった。


 建物の角を曲がると、一本道が続いていた。私はリーくんに追いつけるよう、全速力で走っていた。一本道を抜けて、路地裏に入った時だ。

「うわぁぁぁっ!!!!」

 大声と共に、倒れる男性が居た。

「なっなんだよ、お前は!!」

 そう、この声は私の最推しであるリーくんことリヒト・シュミラーゼだ。

 肩まである赤っぽいふんわりとした髪を右側で結び、宝石のようなキラキラとした赤い瞳の垂れ目の男性だ。服装はモブに近いが、彼だけはモブらとは異なり、赤い仕様の服なのだ。モブ達とは異なって、スラッとした足がわかるズボンを穿き、ブーツを履いているのだ。

 そんな私の最推しのリーくんは地面に倒れてきたのだ。私は驚いて、リーくんを見つめていた。

 誰がこんなことをしたのかと相手を見ると、背が高めのローブを着た人だった。顔を隠すくらい深くフードを被っているので、誰かは分からない。

「お前は一度、痛い目にわねばわからぬようだな」

 少し声が高めの男性の声だ。どこかで聞いたことのある声な気がする。だが、思いだすことはできない。思いだそうと悩んでいる時だった。リーくんがこちらに気付いたのだ。

「ばっ、危ないから逃げろ!!!!」

 リーくんが私を気遣ってくれたのだ。私はそのリーくんの優しさに感激してしまった。まだ顔しか合わせたことが無いのに、やはり素敵だ。彼はこの町一のナンパ師でイケメンと言う設定だ。だから、女性には特に優しいのだ。

「ふん、誰が見ていようが関係ない!!」

 そう言って、ローブの男は私の最推しのリーくんに殴りかかったのだ。

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