第7話 最推しリーくん登場(2)

「……っ!?」

 ローブの男は驚いて、咄嗟とっさに後ろにんだ。

 なぜなら、ローブの男がリーくんを殴る直前に、私が間に入り拳をつかんだからだ。

「貴様……邪魔をするなら女とて、容赦ようしゃはしない!!」

「危な……」

「私のリーくんに手ぇ出すんじゃねぇぇぇっ!!!!!!!!」

 

 ドゴッッッーー

 

 クリティカルヒットとでも言うべきだろうか。

 怒りに任せて握った拳を、私に襲いかかろうとするローブの男目掛けて、振りかざしたのだ。すると、突如とつじょとして私の拳から、紋章もんしょうが現れたのだ。紋章が現れた途端とたん、辺り一面の動きが遅くなったのだ。そして、ローブの男に私の拳が当たった瞬間、元に戻ったのだ。

 私の拳に当たったローブの男は地面に打ちつけられた後、まるで風船のように、空高く飛んでいったのだ。

 

 私は自分の拳に視線を落とした。

「まさか……神様がくれたのって、聖女の祈りじゃなくてこっちの……聖女の拳??とか……言わないよね??」

 山賊に使った魔法では、こんな紋章は出なかった。そもそも紋章が出るような技なんて、このゲームには存在しないはずだ。つまり、これは神の悪戯いたずらと言っても過言ではない気がする。

 

「……あんた、大丈夫か??」

 私は驚きのあまり忘れていた。そう、ここには最推しのリーくんがいるのだった。

「あっ、はい!!大丈夫です!!それよりリーくんはお怪我は……」

 振り向いて、リーくんを見つめた私は硬直こうちょくした。リーくんの服は汚れているものの、怪我一つしていないのだ。まさかのリーくんは無傷だったのだ。

「俺は大丈夫だけど、あんたスゲェな。アイツ、魔族だったのに一撃で倒せるなんて」

 そう言いながら、リーくんは立ち上がった。汚れた部分をはたいてから、私の方へ近づいてくるのだ。

「あんた見かけないけど、何処どこの協会に所属してる傭兵ようへいなんだ??どっから来たんだ??あんな技、初めて見たぜ!!」

 リーくんはキラキラとした瞳で、私を見つめる。興奮した様子で、恋……ではなく尊敬の眼差しを向けられている気がしてならない。

「いや……あの……流浪るろうの……ものです」

「マジか!!流れ者ってつえぇんだな……俺も負けちゃいられねぇ!!鍛錬たんれんを強化しなくちゃな!!それじゃあ」

 そう言って満面の笑みを浮かべたリーくんは、私に背を向けて、私の元から去ろうとした。思っていたイベントと異なる結果に私は呆然ぼうぜんとしていて、少し出遅れてしまった。

「あっ、ちょっと待って!!」

「んっ??」

 リーくんが私の方を振り返る。あぁ、振り返りイケメンとは、このことを指すのだろう。スマホがあったら、間違いなく連写していただろう。

 

「……何??」

 声をかけた後、感動のあまり喋らなくなった私を、リーくんは不審そうな目で見てきた。あぁ、その顔も良い。その顔だけで、一週間は課長の阿呆な発言も無視できそうだ。

「……用が無いなら行くけど??」

「あぁぁぁっ!!ごめんなさい!!あの……」

 ゲームのシナリオからは少しズレているが、リーくんは私に好感を持っているはずだ。それなら、シナリオ通りに進めるはずだ。

「私と一緒に旅へ行ってくれませんか!!??」

 

 少しの沈黙、その間の緊張は半端はんぱなかった。

「……あっあーっ、そういうことね」

 リーくんは、私が何か変なことを言おうとしていると思ったのだろうか。みょうにホッとしている気がする。

「ごめんね!!俺、明日から遠征えんせいに出て、半月は帰れないから無理なんだよね」

「えっ??」

 ごめんねと謝るリーくんの言葉が、右から左へ通り過ぎていった。

 本来なら手当てをした数日後に、町でナンパをするリーくんと再開するのだ。だが、リーくんは明日から遠征だと言うのだ。

 どうやら、シナリオが改悪されているようだ。これも神の悪戯なのだろうか。私は全身の力が抜けて、ひざから地面に崩れ落ちたのだ。

 

「あのー??もしもし??」

 絶望のふちにいる私に誰かが声をかけているようだが、魂が抜けて動くことができない。

「んー、じゃあ俺行くね。…………あっスタン。ちょうどよかった…………」

 声の主は私の元から去り、誰かと話をしているようだ。

 

 

「あっ……私、あなたのことが好きなんです!!」

 魂を取り戻した私は、目の前にいるはずのリーくんにさけんだ。

 つもりだったが、そこにはリーくんはいなかった。代わりにまたもやモブがいるのだった。私と同じくらいの視線になるようしゃがみ込んでいたのだ。

「やっ……えぇっと……」

 モブは申し訳無さそうな顔をして、こちらに愛想笑いをしてきた。

「ごめんね。リヒト、もうアジトに戻っちゃったんだよね……ははっ」

 再度、魂を飛ばしてへたり込む私を、モブがなだめていたのだった。

 

「そろそろ、大丈夫そう??」

 モブは心配そうな顔で、私の顔をのぞき込んできた。誰かに呪われたかのように、生気を失った状態の私は、ゆっくりと立ち上がった。

「……仲間、捕まえてくるか」

 そう言いながら、ノタノタと私は歩き始めた。

「えーっ!!それなら俺!!俺も連れてってよ!!」

 モブは私の横に寄ってきて、ニコニコと笑っている。

「断る。モブは旅にはいらないのよ」

 冷たい言葉を言い放つも、モブは笑顔を崩さずに話しかけてくるのだ。

「でもさ、仲間いないっしょ??」

「……いるし!!王子と宰相と騎士がいるし!!」

 そう。リーくんに断られた以上、他の攻略対象を連れていくしかないのだ。そうしないと、クリスタル集めは非常に苦労するのだ。

「えーっ無理だと思うけどな??」

 モブのその言葉を聞いて、私は頭にきてしまった。なぜモブに断言だんげんされねばならないのかと。

「無理じゃないわよ!!なんたって私は異界から来た、この世界の救世主になる女よ!!」

 鼻高々に言ってしまった。

 こんな路地裏で言う言葉ではないし、異界の者は貴重な存在だから、周りの人にバレるのも良くないのだ。だが、モブを黙らせるには効果抜群だろう。

「……あーっ、ごめん。知ってるわ」

 モブは頬をきながら、苦笑いをしてきた。どうせハッタリか、嘘をついているに違いない。

「さっき、魔族の男を殴ったとき、紋章が出てただろ??あれって、『裁きの雷槌いかずち』って言って、神様しか使えない技なんよ。もしそれが使える人がいた場合、それは神様に認められた人間……異界の者だけなんだよね」

 そう言うと、モブは愛想笑いをした。

 許せない……どんだけこのゲームに、時間をかけたと思っているのだ。こんな裏設定、どこにも書いてなかったではないか。

 モブに打ち負かされてぐうの音も出ない私は、もう負かす言葉が見つからないのだ。


「……ここで待ってろよ!!仲間全員呼んで、ギャフンと言わせてやるんだからな!!」

 そう捨て台詞ぜりふを言って、私はお城に向かって全速力で駆けていくのだった。

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