第6話 やっとこさ城下町へ(2)

「おぉっ、ここが城下町かー」

 ゲームで見ていた城下町は活気があるとされていたが、町の中でのイベントは紙芝居だった。買い物も選択肢で画面が切り替わる程度だったので、現実に歩けると感動してしまう。

 本当に活気のある町なんだと驚きつつ、ゆっくりと散策を始めた。城下町の散策イベントは、本来ならリクルンとスペアードが案内をしてくれるはずだった。主人公が部屋から出るときに二人に出会い、案内をしてくれるのだ。

 しかし、私が部屋を出たときは誰もいなかった。警備兵でもいてくれればいいのに、それすらいなかったのだ。お城だと言うのにこんなザル警備でいいのかと疑問に思ったが、もうじきこのお城からもおさらばだから気にしないことにしたのだ。


「美味しいそうだなぁー」

 広場では屋台がたくさんある。肉の焼かれた匂いや、なんかクッキーとかなんかを焼いたような甘い匂いもしてくるのだ。そう言えばこちらの世界に来てから、牢屋に王の間、魔の森くらいしか行っていなかった。だからこの世界の食べ物は姿すら見ていなかったのだ。

 私はその中でも一番美味しそうな匂いがするお店を探そうと、嗅覚に集中した。

「……この匂い!!」

 一番美味しそうな匂い、多分この匂いだろうとそろそろ歩き始めた。周りの人にぶつからないように避けながら、少しずつ近づいていった。

「ここだ!!」

 一番美味しそうな匂いがする屋台、そこは鳥の焼き串屋さんだった。醤油しょうゆのような匂いや肉の焼ける匂いがふんわりとただよい、口からよだれが垂れないように必死に口を押さえた。

「うっまそぉ……」

 結構な列ができているので、私はその屋台の最後尾に並んだ。少しずつ進んでいく列で、今か今かと待っていた。やっと自分の番が次になった時だ。

「あっ、すみませーん!!本日分が完売したので、こちらの方までとなりまーす!!」

 鳥を焼く店の人が私の並んでいる方向に向かって、大声で叫んだのだ。振り返ると、私の後ろにも結構並んでいたのだ。無いと知るや否や、落ち込んだ顔をしながら去っていったのだ。

「……マジかよ」


 私は次のお店を探した。他に美味しそうな匂いのする屋台があるか、辺りを見回している。だが、時間が遅かったのだろう。いくつかの屋台が完売で、店仕舞を始めていた。

「……あそこでいいや!!」

 ほとんど人が並んでいない屋台を見つけたので、私はそこまで走って行った。そして、どんな商品があるのかをじっと見つめていた。

「……ケロにチューにパト⁇」

 謎の商品名だが、陳列されている商品は美味しそうだ。あまり美味しそうな匂いではない気がするが、それでも食べてみたいものだ。

「すみません!!これ、全種類くださーい!!」

 屋台の人に声をかけると、奥に座っていたお店の人が、こちらに近づいてきた。

「へぇ、お嬢ちゃん。こんなん食べたいんか⁇」

 お店の人は黒いローブを着ていて、顔はいかついおじさんだ。服装を見た感じは魔法使いっぽいが、体つきはムキムキなので、狩人とか言われても納得しそうだ。

 もしかしたら、森とかで動物を狩ったのかもしれない。そう思うと、新鮮そうな気がする。

「ケロ、チュー、パトの三種類で五ブロンだよ」

 そう言うと、おじさんは手を私に向けて出してきた。私はおじさんの手にゴールドを一枚出した。

「……お嬢ちゃん⁇もうちょい細かいのは無いかい⁇」

「いえ、これしかありません」

 私がそう言うと、おじさんは大きめのため息を吐いて、私の手にゴールドを返してきた。

「お嬢ちゃん。こんな場所で大金を見せるのは良くないぜ⁇両替したら買いに来な」

 そう言うと、おじさんはしっしと手を振った。

「……嘘でしょ⁇」

 他にもまだやっている屋台に行って、食べ物を買おうとした。だが、ゴールドを出した途端、店の人の反応はがらりと変わって追い払われたのだ。


 すべての屋台を回り終え、私は広場から少し離れた階段に座った。

 主人公が屋台で商品を購入すると、イベントが始まるのだ。これは私の最推しであるリーくんとファーストコンタクトなのだ。このイベントのリーくんは、異様に色っぽい顔で主人公を見つめるのだ。初めて見た当初は、鼻血が出るかと思ったほどだ。

 何周回目だったのかは忘れたが、屋台で買い物ができることを知った私は、サクッと買ったのだ。周回していたので、お金には困っていなかったので、無駄遣むだづかいでもしてもいいだろうと思っていたのだ。

 だが、購入した途端にイベントが始まり、美味しそうに食べる主人公を囲うようにリクルンとスペアードが微笑ましく見ていたのだ。なんだ、仲良し三人組を見せつけているのかと私も微笑ましく見ていた時だった。その後ろに、建物の陰から主人公をリーくんは見つめるのだ。意味ありげな瞳で主人公を見つめて、少ししてからすっといなくなるのだ。


 リクルンとスペアードが居なくても、食べ物さえあればイベントが発生するかと思ったのだが、食べ物が無ければイベントすら起きないではないか。

「はぁ……もう嫌だわ」

 地面をぼーっと見つめていた。このイベントがなかったら、リーくんに会えないのだ。それなのに、この世界に居続けるのってどんな拷問ごうもんなのだろうか。私は大きめのため息をついた。

「ほい」

 私の目の前に鳥の焼き串がすっと現れた。

「……えっ⁇」

 私はゆっくりと顔を上げた。誰が鳥の焼き串を持っているのか、なぜ私の目の前に出してきたのかが謎だ。

 青と緑のターバンにツンツンとした茶髪、ぱっちりとした目に屈託くったくのない笑顔の男性だ。服装は民族衣装っぽいが、町の人にも同じような服を着ている人がいた。だから、町の人なのかもしれない。

「あんた、この町初めてだろ⁇ここら辺の屋台はシルバーを使うのも、たまに断られるから今度から気をつけな」

 そう言って、私の手に鳥の焼き串を手渡してきたのだ。

「……くれるの⁇」

「あぁ!!これ、めっちゃ美味いから食べてみな。俺のオススメな」

 私は串を取り、ゆっくりと口に近づけた。一欠片ひとかけらを口に入れて、味わって食べた。

「……っっっ!!!!……めっちゃ美味い」

 私はイベントのことなど忘れて、鳥の焼き串を堪能たんのうしていた。ただの焼き鳥だろうと高をくくっていたのだが、醤油を思わすタレにハーブやスパイス、これは……お酒だろうか。深みのある味に、私は感動してしまった。

「ははっ。よかったよかった」

 笑いながら、男性は私の隣に座ったのだ。

「俺さ、あんたのこと気になってたんだ。だから、ここで会えるなんて思ってなかったんだよね」

 そう言って、男性は私の方を見つめてきたのだった。

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