第14話 携帯

「ただいま」


 魔剣士科合格という、よく分からない科だがともかく士官学院の合格通知を持って家に帰宅した。


 鍵を開けて家に入るが、いつもならすぐに返ってくる母さんの返事がない。


「あれ? 買い物か?」


 そういえば、もうすぐ卒業が近いから剣術クラブや魔法クラブの活動は引退ということになり、病院でのアルバイトも辞めたためいつもより早い時間に帰宅してきた。


 そうか、母さんはいつもこの時間に買い物に行ってたのか。


 今更ながらに母さんの行動時間を知らないなと思いつつ部屋に荷物を置いて制服から着替える。


 クラブも引退したしバイトも辞めた。


 ということで、突然なにもしない時間ができてしまった。


 こういうとき、他の人なら友達と遊びに行ったりするのだろうが、生憎俺には友達はいない。


 先日、中等学院を卒業する記念ということで買ってもらった携帯通信機をチラリと見る。


 この携帯通信機は、無線による通話以外にも文字によるやり取りができる最新式の魔動工学製品だ。


 この携帯のメモリには、父さんと母さんの番号以外は登録されていない。


 ……自覚すると悲しくなるな。


 とはいえ、この状況にも随分と慣れてしまったのでそこまで悲嘆に暮れることはない。


 ただちょっと時間を持て余してしまうだけ。


 さて、どうしよう?


 どうやって時間を潰そうかと考えていると、玄関のチャイムが鳴った。


 今は母さんがいないので俺が対応に出た。


「はい」


 そう言ってチャイムの受信機に映し出された画面を見て俺は首を傾げた。


 そこには、ステラが一人で立っていたのだ。


『あ……フェリックス君?』

「ああ、ステラ一人か? アイツらは?」

『ケイン君とエマちゃんはいないよ。ちょっと、お話できないかな?』

「別に、いいけど」


 どうやらステラは俺に用事があったらしい。


 直接話がしたいというのでインターホンを切り玄関を開ける。


「よう」

「あ、うん。ゴメンね? 忙しかった?」

「いや、着替えたけどやることないし、どうしようかと思ってたとこ」

「そっか……」


 とりあえず玄関から出て扉を閉め、黙ってしまったステラを見る。


「それで、話って?」

「あ、えっと、その……」


 話を促すが中々話し出さない。


 それでもジッと待っていると、ようやくステラが口を開いた。


「あの……私とフェリックス君って進学する学院が違うじゃない?」

「ああ」

「だから、その……」

「?」

「お、王都での連絡先を教えて欲しいの!」


 ステラは目をギュッと瞑ると、意を決したようにそう言った。


 王都での連絡先?


 そんなもん聞いてどうするんだ?


「別に、いいけど……」

「ホント!?」


 知られて困ることじゃなかったのでそう言うと、ステラは思いのほか勢いよく食いついてきた。


「あ、ああ。ちょうど、携帯を買ってもらったとこだったんだ。だから、その番号教えるわ」

「あ! わ、私も! 私も持ってる! 番号交換しよ!」

「分かった。じゃあ、携帯持ってくる」


 俺はステラにそう言うと、自分の部屋に携帯を取りに行った。


 携帯を手に戻ってくると、ステラも自分の携帯を取り出し慣れた手つきで俺の番号を登録していった。


「へえ、慣れてるな。俺、買ってもらったばかりだから全然操作になれてない」

「あ、その、友達にも何人か持ってる子いるから、それで」

「そうか。俺、両親以外でお前が初めての登録だわ」

「……」


 俺が携帯の操作に慣れていない理由を話すと、ステラはなにも言わずに俺をジッと見てきた。


 あ、俺、今時分でボッチ告白した?


 したな。


 そのせいでステラから憐みの視線を頂いてしまっている。


 まあ、今更だけどな。


 そう思いつつステラの番号を登録していく。


「それで、こうして……おし、できた」

「あ、じゃ、じゃあ、試しにかけてみて」

「えっと……」


 こう、か?


 ピリリリリ。


 俺がステラの番号に発信すると、ステラの携帯が鳴った。


「お、かかった?」

「あ、うん。大丈夫。ちゃんとできてる」

「おし」


 良かった。間違いなく番号の登録ができた。


 士官学院に行ったら、こうして携帯番号の交換ができる友人ができるといいんだけどな。


 ステラにかけた発信を終わらせながらそう考えていると、ステラが声をかけてきた。


「あ、あのさ!」

「うん?」

「お、お……ううん。お互い、王都に行っても頑張ろうね」


 ステラはそう言って、儚げに微笑んだ。


「あ、ああ。そうだな」

「それじゃ」

「ん? 用事ってこれだけ?」

「うん。じゃあ、またね」


 ステラはそう言うと踵を返して帰路についた。


 結局、携帯の番号を聞きに来ただけか。


 ……。


「なんで?」


 なんとなくステラの勢いに押されたのと、両親以外に番号登録されていない携帯が寂しくて了承してしまったけど、今更なんで俺の番号を聞きに来たのかと考えてしまう。


 ステラのことは、ケインやエマと違い、どちらかというと俺の方から避けてしまっていた。


 だからこれは俺の自業自得なんだけど、ステラから嫌われていると思っていた。


 けど、もしかしたら、そうでもないのかもしれない。


「……まさかな」


 俺は、自分で避けてしまった幼馴染みに都合のいい想像をしかけて止め、携帯をポケットに突っ込んで家に入った。





************************





 フェリックスの家から少し離れたところで、ステラは足を止め息を吐いた。


「はぁ……ふふ、やった!」


 ステラは、フェリックスの携帯番号をゲットしたこと、そして、彼の携帯に両親以外で自分の番号が初めて登録されたことに興奮していた。


「これで、王都でもフェリックス君に連絡できる……」


 ステラは、王都でフェリックスと連絡を取り合い、待ち合わせて王都をデートする様子を妄想した。


「えへ、えへへへ」


 携帯を片手にニヤニヤするステラを、通行人たちは遠巻きに見ている。


「い、いや。もしかしたら、王都に行く前に関係が改善できるかも……よし!」


 ステラはそう決意すると、軽い足取りで家に帰った。


 その後……フェリックスに連絡しようとして、その都度勇気が出ずに連絡できず、結局そのまま卒業の日を迎えることになったのだった。


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