第15話 卒業

 士官学院の合否通知が届いた数日後、家に士官学院の制服が届いた。


 事前に聞いていた内容によると、剣士科が黒、魔法科が青を基調とした制服ということだったが、届いた制服は紫色を基調とした制服だった。


「本当に新設科なんだなあ」


 全く新しい色を基調とした制服を見た感想がそれだった。


 こうして、士官学院への入学準備を整えているとあっという間に中等学院の卒業の日を迎えた。


 中等学院にはいい思い出なんて一つもなかったな。


 ただひたすら、劣等感と敗北感に苛まれる日々だった。


 講堂で学院長の話を聞きながら、中等学院時代の思い出を思い返してみるが碌な思い出がない。


 周囲では卒業に際してすすり泣いている声が聞こえてくるが、俺は全くそんな感情が湧いてこなかった。


 別れを惜しむような友人も……ウォルター様以外には思いつかないし、そのウォルター様にしても、王都でも連絡が取れるようにと携帯の番号を交換した。


 これで二人目の番号ゲットだ。


 そんな感慨もなにもない式典が終わり、俺は中等学院を卒業した。


 式が終わり、両親と合流した俺はすぐに家に帰るつもりだった。


「あら? お友達と集まったりしないの?」


 家に帰ろうと言った俺に、母さんがそう言ってくるが、俺には卒業式後に一緒に集まるような友達はいない。


 かと言って、そんなことを馬鹿正直に言ったら両親を悲しませてしまうかもしれない。


「ああ、うん。俺、あちこちに所属してるからどれか一つに絞れないし。だったら参加しない方がいいんだ」

「そう? なら帰りましょうか」

「そうだな、フェリックスがそう言うならそうしようか。ああ、じゃあ、帰りになにか食べて帰るか?」

「あら、いいわね」

「うん。俺もそれでいいよ」


 こうして、俺の中等学院生活は、あっけなく幕を下ろした。


 とにかく、早くこの中等学院を去り、士官学院という新たな環境での新しい生活を迎えたくて仕方がなかった。


 このあと、王都に向かうまで、中等学院時代の同級生たちとは誰とも会わなかった。


 当然、幼馴染みたちにも。





************************




「あら、卒業おめでとうございます」

「そちらこそ、おめでとうございます」

「これで少し肩の荷が下りますね」


 そう言って挨拶をしているのは、ケイン、エマ、ステラの母親たちだ。


 三人とも、子供が王都にある学院に進学することが決まっているので家を出る。


 それはつまり、子育てから解放されるということになる。


「学院の寮での生活なんて、この子にできるのかねえ」

「うるせえな」


 ケインの母が息子を見ながらそう言うと、ケインは嫌そうに顔を顰めた。


「まあまあ、子供なんていつの間にか成長してるものよ」

「そうですよ。それに、寮なら管理人さんたちもいるでしょうし、気になさらなくても大丈夫ですって」


 エマとステラの母は、娘の生活能力に自信があるのかあまり心配はしていないように見える。


 そんな親たちの会話を、子供たちは居心地が悪そうに聞いている。


 この三組は、それこそ子供が幼児のころからの付き合いであり、非常に仲がいい。


 しかし、本来ならこの集まりは『四組』であるはずだった。


「そういえば、カインドさんのとこは?」


 この場に、カインド家がいないことに気付いたケインの母がそう言って辺りを見渡すが、フェリックス、ケーシー、サーシャのカインド家の人間は誰一人いない。


 母三人が自分の子供を見ると、三人が三人とも視線を逸らしながら口を開いた。


「さ、さあ? 最近アイツ、付き合い悪いから……」

「そ、そうね」

「うん……」


 子供たちの様子がおかしいことに母たちは気付いたが、それ以上詮索しなかった。


 おそらく、フェリックスとの間になにかあったのだろう。


 だが、そもそも事情をなにも知らないし、子供たちには子供たちの世界がある。


 そこに親が入ってしまうと、余計に拗れてしまう。


 なので、母たちは顔を見合わせて揃って息を吐くと、ケインの母が代表して言った。


「アンタたち。なにがあったのか知らないけど、仲直りするなら早めにしておきなさいよ? 時間が経てば経つほど拗れてしまうんだから」

「うっせーな! 分かってるよ!!」


 ケインが、大声でそう叫んでしまった。


 それは、フェリックスとの関係が拗れてしまっていることを認める発言だ。


 そのことに気付いたケインが顔を顰める。


 その後、ケインたちは同級生たちから卒業後のパーティーに誘われるが、三人ともそれを断った。


 多分、フェリックスは招待されていない。


 そんな集まりに自分たちだけ参加することに、罪悪感と抵抗感が生まれてしまったのだ。


 結局、この三組の家族だけで食事会に行き、その日は家に帰った。


 最後まで、フェリックスとの関係の改善は、できないままだった。


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