第13話 驚きの試験結果

 士官学院の選抜試験が終わった翌日以降も、毎朝剣術クラブの朝練に顔を出し、それから授業に行く日々を送っている。


 まだ試験結果は出ていないけど鍛錬を怠るとすぐに腕が落ちていくからな。


 剣術クラブだが、誰からも話しかけられず一人で鍛錬し、クラブ顧問の選定による模擬戦を繰り返すだけ。


 つまり、今までと変わりない。


 ただ一つだけ違うことと言えば、ケインが絡んでこなくなった。


 時折なにか言いたそうにしていることはあるけど、結局話しかけてこない。


 もしかしたら、完全に見限られたのかもしれないな。


 俺がそういう考えに至ったのは、魔法クラブでも同じような状況だからだ。


 今まで通り誰も話しかけてこない。


 そんな中で唯一突っかかってきていたエマもケインと同じように話しかけてこなくなった。


 中等学院最大の目標である選抜試験も終わったし、もう俺に関わる必要はないと思ったのかもしれない。


 ステラは相変わらずだ。


 俺から話しかけないからステラも話しかけてこない。


 ということで、俺が教室で話しているのはこの人になる。


「そういえば、そろそろ選抜試験の結果が届くころじゃないか?」


 今まで文句だろうと苦言だろうと話しかけて来ていたケインとエマが俺に話しかけなくなったので、ウォルター様が気を遣って俺に話しかけてくれるのだ。


 はぁ、本当にいい人だ。


「そうですね。確か結果は学院に届くのですよね?」

「ああ、個別に郵送するとコストがかかるからね。担任から渡されるはずだよ」

「朝、先生が教室に入ってくるたびに緊張します。試験結果をもっていないかと」

「はは。フェリックスはそんなに緊張しなくてもいいだろう? もし試験に落ちていたとしても、政経学院の試験を受け直せばいいんだから」

「ウォルター様、俺が落ちた方が嬉しいんですか?」

「本音を言えばね。誰も知り合いがいないより、一人でもよく知った人間がいるほうがいいじゃないか」


 ウォルター様がそんなことを言ってくれるので、俺は試験結果にこだわらなくなった。


 実際、ウォルター様の言う通りなのだ。


 士官学院だけが人生じゃない。


 他の道だって残されている。


 そう考えると気が楽になった。


 そんな話をしているとチャイムが鳴る。


 それと同時に担任教師が教室に入ってきた。


 沢山の封筒を持って。


「! あ、あれって……」

「噂をすればだな。恐らく試験結果だろう」


 ウォルター様はそう言うと自分の席に戻っていく。


 他の皆も自分の席についた。


 その視線は先生の持っている封筒に釘付けである。


 特に、選抜試験を受けた者は緊張を隠せていない。


「えー、朝のHRを始める前に、先日行われた士官学院選抜試験の結果が届いたので渡していく。名前を呼ばれたら取りに来てくれ」


 先生はそう言うと次々に名前を呼んでいった。


「エマ=ウォルシュ」

「は、はい」


 エマが緊張した足取りで試験結果の入った封筒を受け取り、席で封筒を開けた。


 途端に、パアッと顔が綻んだ。


 それを見た周囲の生徒が「おめでとう!」と祝福をする。


 まあ、エマの実力で落ちることはないと思っていたので当然の結果だろう。


「ケイン=アボット」

「はい!」


 ケインは堂々とした足取りで封筒を受け取り、席に戻る途中で封筒を開け「よっしゃ!」と拳を握った。


 これも順当だろう。


 問題は……。


「フェリックス=カインド」

「はい」


 俺だ。


 先生から封筒を受け取った俺は、席に着いてから封筒を開けた。


 若干手が震えていたけど、どうにか三つ折りにされた用紙を取り出し、それを開いた。


 そして……俺は首を傾げた。


 えっと、これは?


 俺は、何度か目を瞬かせて改めて合否通知に書かれている文言を読んだ。


『フェリックス=カインドを『魔剣士科』合格とする』


 ……魔剣士科?


 なにかの間違いではないかと思って何度見直してもそう書いてある。


 なんだろう?


 士官学院にあるのは剣士科と魔法科の二つだけだったはず。


 それなのにこれには、それを足したような名称が書かれている。


 どういうことかサッパリ分からず用紙を見ながら首を傾げていると、周りからクスクス笑う声が聞こえてくる。


(アイツ、落ちたんだぜ)

(馬鹿ね。何度見直したって結果が変わる訳じゃないのに)

(どうにかして不合格を合格に直せないか考えてるんじゃないか?)

(そんなことしたって意味ないのに)


 どうも、俺の態度から不合格になったと思われているらしい。


 チラッと周りを見てみると、ケインとエマも俺の方を見ていた。


 二人とも眉を顰めている。


 ……やっぱり二人も俺が落ちたと思ってるな。


 だからあんな不機嫌そうな顔をしてるんだろう。


 しかし、この用紙にはハッキリと『合格』と書かれている。


 どういうことだろう?


 今考えても仕方がないと思った俺は、用紙を封筒に戻した。


 放課後に聞きに行こうと思っていたのだが、一時限目の授業が終わるとすぐにウォルター様が席にきた。


「フェリックス。もしかして、不合格だったのか?」


 そう訊ねるウォルター様は、若干嬉しそうだ。


 これで一緒に政経学院に通えるとか考えてるんだろうなあ。


「なんでちょっと笑ってるんですか。そうだウォルター様、ちょっとこれ見てもらえませんか?」


 俺はウォルター様ならなにか知っているかもと思い、先程の合否通知を見せた。


 それを見たウォルター様は、やはり俺と同じように首を傾げた。


「……なんだい? これ」

「それが分からないから、ウォルター様に聞こうと思ったんですけど……」

「残念ながら、私にも分からないなあ」


 ウォルター様はそう言いながら用紙を返してくれた。


「そもそも士官学院に魔剣士科なんてあったかい?」


 ウォルター様がそう言うと、教室がザワっとした。


 あちこちから「魔剣士科?」「なにそれ?」という声が聞こえてくる。


「無かったと思いますけど……」

「もしかしたら、新設される科なのかもしれないなあ」

「新設、ですか?」

「そう考えると、試験の内容も分からなくもないだろう?」

「確かに」


 魔剣士科。


 文言からすると、魔法と剣の両方を学ぶ科ということだろうか?


 それなら、選抜試験で両方の試験を受けさせられたのも納得がいく。


 あれは、剣と魔法の両方の適正を見たんだろう。


 それは、この魔剣士科を新設するため。


 しかし……。


「まさか、国がこんなことをするとは……」


 剣と魔法の両方を学ぼうとすると時間が足りず中途半端な結果になる。


 それは、俺が自分自身で嫌というほど実感したことだ。


 それなのに、国が俺と同じ間違いをするとは。


 俺が自嘲気味にそう言うと、ウォルター様が首を傾げた。


「それは、どういう意味だい?」

「……いえ、別になんでもありません。この件は放課後にでも先生に聞いてみます」

「そうだね。私の方でもなにか分からないか調べてみよう」

「いいんですか?」

「私自身、分からないことがあるとモヤモヤしてしまうからね」

「そうですか。では、お願いします」

「ああ」


 ウォルター様とそんな話をしたあとは、いつも通りに授業を受けた。


 そして放課後、先生に詳しい話を聞きに行こうと廊下を歩いていると、後ろから声をかけられた。


「……フェリックス」


 遠慮がちなその声に振り向くと、そこにいたのはケインだった。


 よく見ると、ケインの後ろでエマとステラも教室の扉の陰からこちらを伺っている。


「なに?」


 選抜試験も終わった今、なんの話があるのだろうか?


「いや、その……」


 ケインから話しかけてきたのに、なぜか歯切れが悪い。


「話しにくいことなら場所変えるか?」

「あ、いや。そうじゃない」


 気を遣って言ったのに、そうじゃないと言う。


「じゃあ、なに? 俺、ちょっと先生のとこに行きたいんだけど」


 俺がそう言うとケインはハッとした顔をした。


「それって……選抜試験の合否通知のことか?」

「ああ」

「その……ウォルター様との会話が聞こえてたんだけど……」


 ああ、それが気になって声をかけてきたのか。


「聞いてたのか。なんか、魔剣士科合格とかって書かれてた。魔剣士科なんて聞いたことないし、先生ならなにか知ってるんじゃないかと思って聞きに行こうとしてたんだ。だから詳しいことはなにも分からないぞ」

「そ、そうか……と、ともかく、士官学院には合格したんだな」

「まあ、一応」

「そうか」


 ケインはそう言ったあと口を噤んだ。


「用ってそれだけか? なら、もう行くぞ」

「あ、ああ。呼び止めて悪かったな」

「別に」


 今までのケインの態度と大分違ったなと思いつつ、俺は職員室に向けて歩き出した。


「あ……」


 後ろでケインの小さな声が聞こえたけど、もう用はないと言っていたし、呼び止められもしなかったのでそのまま立ち去った。


 職員室に向かって歩きながら、確かにあの選抜試験の内容は気になるよなと考えていた。


 今年度から突如、剣士科と魔法科の試験を両方受けるように言われれば誰だって不思議に思う。


 その結論とも言うべき『魔剣士科』という文言があれば試験を受けた人間はそれがどういうものか知りたいと思うだろう。


 とはいえ、それがなんなのか、その科の合格通知を貰った俺自身が全くわかってないんだけどな。


 ともかく、その疑問を解消すべく職員室にいる先生に質問をしにきたのだが、俺に通知を渡した担任教師には、受け取った書類を渡しただけで詳しい話は知らないと言われた。


 担任教師は近くにいた教員にも話を聞いてくれたのだが、誰一人知る人はいなかった。


 結局なにも疑問が解消されないまま帰路についた。


 まあ、入学すればその意図が判明するんだろうけど……。


 とりあえず士官学院に合格したのはいいけど、余計な悩みが増えてしまった。


 ウォルター様の調査の結果も聞きたいけど、明日と明後日は休日だし、週明けまで悶々として過ごしそうだ。






******************************************************





 フェリックスがケインのもとから去ったあと、教室の扉の陰から二人を見ていたエマとステラがケインに詰め寄っていた。


「ちょっと!! なんでフェリックスを打ち上げに誘わないのよ!?」

「そうだよ!! 肝心なところでヘタレるなんて!!」


 二人にそう言われたケインは、思わずブチギレた。


「じゃあお前らが誘えばいいだろ!!」


 そう言われた二人は、揃って俯いた。


「でも……」

「だって……」


 それでもウジウジ言っている二人に、ケインは溜め息を吐きながら言った。


「それに、俺たちがフェリックスを打ち上げに誘ってないことをおばさんは知ってた。当然、フェリックスも知ってると思う」


 その言葉を聞いた瞬間、エマとステラの顔が絶望に染まった。


「もう……一度フェリックスを除け者にしてるんだ。今更俺たちだけで打ち上げをしようって誘ったって『お前らだけでやれよ』って言われるに決まってる……」

「「……」」

「そんなことを言われるって分かってるのに……誘えるかよ……」


 ケインはそう言うと、俯いて拳をギュッと握った。


 その顔は、辛そうに歪んでいる。


 ケインたちはフェリックスのことを嫌っているわけではない。


 むしろ、今のあまりよろしくない関係を改善したいと思っている。


 士官学院の選抜試験も終わり、ケインが剣士科、エマが魔法科、フェリックスは初耳だが魔剣士科というものに合格した。


 ステラも医学校への進学が決まっている。


 選抜試験という大きな目標が終わり、ようやく今までの蟠りを解消する機会ができると目論んでいた。


 それを阻んでいるのが、先日の合同打ち上げである。


 合同打ち上げに、フェリックスを参加させなかった。


 それを、フェリックスの母に見られた。


 翌日以降のフェリックスの態度から、聞かされていない可能性は捨てきれないが……元々フェリックスと自分たちの関係は、お世辞にもいいものとは言えない。


 聞かされた上であの態度なら、フェリックスは完全に自分たちを見限っているということだ。


 その事実を改めて突き付けられ、三人の間に悲痛な沈黙がおりた。


「もう……仲直りできないのかな……」


 ステラが、懸命に涙を堪えながらそう言うとエマも悲痛な顔をした。


 すると、ケインが決意を新たにした表情をして顔をあげた。


「いや、フェリックスは士官学院に合格したんだ。また同じ学院に通えるんだから、関係を改善するチャンスはまだある」


 ケインのその言葉に、エマは少し元気を取り戻した。


「そう、そうよね! これからは科も違うし、少しの間距離を置けば、お互い冷静になれるわよね!」


 そう言って士官学院での関係改善を目指す二人に対して、ステラはさらに表情を歪めて叫んだ。


「ズルいよ!! 私は学院が違うんだよ!? 私だけ仲直りする機会がないじゃない!! 私、二人と違ってフェリックス君になんにもしてないのに!!」

「「あ……」」


 そう、ステラだけは学院が違うので、接触の機会は二人に比べて格段に少なくなる。


 しかも、ステラはケインやエマと違って、フェリックスを直接叱咤したり剣術や魔法で負かしたり、嫌われるようなことはしていない。


 ステラからしてみれば、なぜだか理由は分からないが一方的に避けられている。


 それなのに、ケインとエマだけ仲直りのチャンスがあるとか納得できない。


「……もういい」

「え?」

「ステラ?」


 昏い表情でそう言うステラに、ケインとエマは思わずステラを見るが、その表情は今まで自分たちに向けられていたものとは全く違っていた。


「……私、もう帰るね」

「え? ああ」

「ばいばい」

「あ、ちょ、私も一緒に……」

「ゴメンねエマちゃん。今日は一人で帰りたいの」

「あ、そう、なんだ……」

「うん。じゃあ、また週明けに」


 ステラはそう言うと、教室に戻って鞄を手にし本当に一人で帰って行った。


 その後ろ姿を、ケインは怪訝な表情で見送っていた。


「どうしたんだ? ステラのやつ」

「……さあ」


 ケインの呟きに分からないと答えつつ、エマは妙な胸騒ぎがした。


 なにがどう、とは言えないが、さっきのステラの表情がエマの心をザワつかせる。


「王都に行ったら、ステラにもフェリックスと会う機会を作ってやらないとな」

「そう、ね」


 ケインの言葉に適当に相槌を打ちながら、エマは言いようのない不安に支配されていた。

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