第22話 台風一過

その一、安達家・春翔はるとの場合


はるとや。めざめのときじゃ。おきるがよい。


 ゲームの冒頭のようなセリフで目覚めた俺は、隣で寝ている弟たちを起こさないようにそっと起き上がった。枕元に置いてある膝下からの義足を付けて、手早く着替える。

「おはよう、大黒さま」


うむ、あらしもすぎさり、よきあさじゃ。


 この家に引っ越してから3ヶ月が経った。今までの狭苦しい家とは違い、開放的で広々と感じる。

 家探しを担当してた人から電話があったとき、その日は中学校の創立記念日で俺は休みだった。親父とおふくろ、生まれたばかりのうたかなでと一緒に、家を見た。元の家から歩いて5分。こんな大きな家があったのか、と驚いているところに、担当の狸に似たオジさんが「こちらには神社でまつられてる神様とは違う神様が二柱いらっしゃるんです」と言った。なんだそれ、と俺が思っていると、


おお、ヒトじゃ。

おお、ややこじゃ。


 家から『声』が聞こえた。これが神様の声らしい。声は俺と妹たちにしか聞こえないようで、親父もおふくろもきょとんとしていたが、俺は興奮して神様に色々質問した。

 神さまの名称は付喪神ということ、大黒柱と仏間の柱がそうだということ、お前たちが気に入ったから早く住め、と言われた。俺は今よりたくさん勉強するからこの家に住みたいと両親に訴えた。


 そして今、その家に住んでいる。


「母ちゃん、おはよう」

「おはよう、春翔、今日は学校?」

「んにゃ、今日はオンライン授業で、午後から山崎たちが勉強しに来る予定」

 台所で朝食の準備をしているおふくろと会話する。珍しく双子の妹を両面抱っこしていた。いつもは親父かじいちゃんが片方を構うはずだ。

「父ちゃんとじいちゃん、まだ帰ってきてないの? 子ども、見つかってないの?」

 2人は消防団員だ。昨日は行方不明の子どもがいると血相を変えて夕飯もそこそこに出ていった。

「帰ってきてるわよ。子どもは無事だって。2人とも夜明けまで土嚢積みとかしてたからもう少し寝かしてあげたいのよ」

「そか。詩抱っこするよ」

「ありがとう」

 抱っこされている詩を、抱っこ紐ごと引き取る。背中におぶり、朝食の手伝いをする。朝の目玉焼き作りは俺の仕事だ。卵を7つ、2つのフライパンに順に割っていく。詩はご機嫌な様子で、あーとかうくくとか喋っている。俺はうん、美味しそうだなー、と適当に相槌を打つ。


はるとはよいわらべじゃの。

そうさなぁ。うたもかなでもよいややこじゃ。


 大黒柱と仏間の柱が、歌うような声音で喋る。こちらもご機嫌のようだ。

 朝食の準備が整ったので、弟たちを起こしていく。寝ぼけている弟の着替えを手伝ってやっていると、親父とじいちゃんたちも起きてきた。

「あー、ハル、子守ありがとな」

 親父は目をこすりながら詩を抱っこしている俺に礼を言った。きょうだいの世話をするのは当たり前だと思っていたが、今どきはヤングケアラーだとかなんだとか言われるらしいので、親父は少々後ろめたいらしい。俺は別に負担になっているとは思っていなかった。むしろ生まれつき片足が膝下からない俺の方が、義足のお金かかってごめんと何度思ったことか。6人も子どもを育てるということは、それなりにお金がいるということだ。俺は成長に合わせて作っていく義足の分、弟たちより負担がある。

 親父は顔を洗うと俺から慣れた手つきで詩を引き取った。

「いただきます」

 大人3人、子ども4人の朝食が始まった。詩と奏はあとでミルクをあげることになっている。

「子ども、見つかったんだって?」

「ああ、駅で保護されたそうだ。親御さんとも無事に会えたらしい」

「そか。良かった」

「春にいちゃんソースとって」

「ん」

「夏実ねえちゃんが俺のソーセージ取った〜!」

「夏実、俺のやるから冬樹に返せよ」

「ん〜」

「秋博、服で手を拭かない!」

「紫織さん、おかわりあるかい?」

「はい、これくらいでいいですか?」

「ハル、お前進路決まったか?」

「うん、南高出たら手紙の返事くれた義肢の製作所に行く。自分の足は自分がよく知ってるし、生まれつきの人や事故にあった人やパラリンピック選手の義肢も作ってみたい」

「そうか。腹は括ったんだな?」

「うん。先生とも話し合った」

 賑やかな朝食の後、腹休みのお茶の時間がある。弟たちの通学のスクールバスの時間があるので、忙しないけど、このときだけはゆったりとした時間になる。

「パパ、今日仕事行くの?」

 小学4年生の夏実が牛乳を飲み干して親父に聞いた。

「ああ、午後から行くぞ。戻ってくるのは明日の夕方かな」

 親父は長距離トラックの運転手だ。夜通し運転することもあり、顔を合わせる時間は少ない。まぁ、同級生と比べれば、多い方だとは思うけど。


そうじゃ、クルマのウンテンでおもいだしたぞ。


 大黒さまがそう言うと、ふるふると大黒柱が軽く震え、ことりと天井から木片が落ちてきた。天井を見上げても穴はない。この木片はどこから落ちてきたのだ?

「なぁに、これ?」

 冬樹が目をくりくりさせて木片を見た。それ以外の全員が大黒さまたちの声を聞ける俺に向いた。


おまもりじゃ。コウツウあんぜんじゃ。ててごにわたせ。


「大黒さまから交通安全のお守りだって。父ちゃんへって」

「やや、これはありがたや」

 じいちゃんが親父より先に大黒さまに手を合わせた。親父もありがとうございます、と大黒柱に頭を下げる。おふくろが、じゃあお守り袋作るわね、何がいいかしら? と裁縫道具をしまってある棚に向かって立ち上がった。背中で奏がきゃっきゃと笑っている。


 ちょっと奇妙な家だけど、みんな仲良く暮らせて居心地は抜群だ。

 俺は義肢装具士として独り立ちしたら、絶対この街に帰ってくると決めていた。



その二、田代家・柚彦の場合


 長男の和彦が行方不明だと聞いたとき、僕は職場にいた。あまりの出来事に言葉を無くしていると、佐伯係長が僕から電話をもぎとり、妻の美代に、「他の子どもたちの安全が最優先です、和彦くんはみんなで探すので、ご近所の人と安全な場所で待っててください」と頼りある声で話してくれたおかげで、美代も落ち着いたようだった。

 工藤部長が受話器を持って警察の人外課に連絡をとった。和彦は仔狸のあやかしだ。普通の警察では混乱する。

「捜しに行くぞ、田代」

 市村社長が鋭い目つきで僕に言った。はい、と僕は答えたつもりだったが、うまく返事ができただろうか。


 和彦は駅で保護されたという。僕は一旦家に戻り、美代と他の子どもたちを連れて、和彦が運ばれて行った田中診療所に向かった。

 夜も遅かったが、診療所の明かりは暖かくついていて、看護師である若先生の奥様が出迎えてくれた。

「和彦」

 獣の姿で、和彦はベッドに寝かされ、点滴を打っていた。低体温症とのことだったが、駅員たちの手当が良かったのか、平常の体温まで数値が戻ってきているとのことだった。

 僕と美代は安堵してへなへなとその場にしゃがみこんでしまった。弟たちが「にいちゃ!」と仔狸の姿に戻って一緒のベッドへ潜り込む。こねこねとくっつき丸まる姿を見て、ははは、まるでお団子だな、と若先生が笑った。

「それ、ご夫婦の具合でも診てやろうか?」

 若先生の父親の大先生が僕たちの様子を見て笑った。もう大丈夫なんだ、よかった。

 先生方のご好意で、今日は一晩、家族で泊めてもらうことになった。みんなで丸まって寝るのは久しぶりだ。和彦が寝言でるみちゃん、と呟いた。件の母娘は、今どこにいるのだろうか。最悪の事態を想像してしまい、僕はふるふると頭を振ってその想像を追い払った。


 翌朝、人型に戻り身だしなみを整え、今日は休ませてもらおうかと考えていると、スマートフォンに会社から電話が入った。時計を見ると始業2時間前だ。早い。

『お〜、田代起きてたか。昨日はお疲れさん。和彦くんたちの様子はどうだ?』

 出ると佐伯係長だった。僕は子どもたちが寝ているベッドからそっと離れて会話を続けた。

「おかげさまで、和彦も回復してるみたいです。今はみんなくっついて寝ています。この度はご心配をおかけしました」

『気にするなって。で、だ。工藤社長代理からの伝言。和彦くんと家族の容態が安定するまで無期限の休暇を命じる、だそうだ。具体的に言うと、子どもらの夜泣き、おねしょ、かんしゃく、ひっついて離れない、って精神的不安定が無くなるまで。美代さんの不安も入ってるからな。美代さんが不安そうだったらその日は休めよ。お前の抱えてるお客は俺たちでなんとかするから、仕事は心配しなくていい』

「すみません、ありがとうございます」

『お前もしばらく働き詰めだったろ? 温泉とか行ってみんなでリフレッシュしてくるといい。部長が宿、押さえてくれるってさ』

 お大事にな、と言って佐伯係長は電話を切った。事務所に工藤部長もいるようだった。

 僕はいい会社に入ったな、とあたたかな気持ちになりながらベッドに戻った。とーちゃ? と和彦が顔を上げる。僕は和彦の頭をくりくりと撫でた。



その三、市村家・真緒の場合


『純血の吸血鬼でも病に罹るのですね』

「そのようですね」

 意外だという調子で工藤さんが言った。私はレオンに聞こえないよう、自分の部屋で電話をしている。

 昨夜は帰ってきてから、熱めのお風呂に入り、田代には休暇をやらんとな、などと今後の予定を話しながら眠りに入った。

 アラームで目が覚めた私は、隣で寝ているレオンの顔色がいつもとちょっと違うな、と思い、そっと頬に触れてみた。熱い。

「レオン、熱があるんじゃない?」

「なんか全身だるい感じがする……」

 私は「人間らしく見えるために」と買ってあった救急箱の中から体温計を持ってきて、レオンの熱を測った。38度3分。確かレオンの体温は35度台。普通の人間でも高熱の範囲だ。

「今日は会社お休みして、大人しく寝てて」

「台風明けに社長が寝てるわけにゃいかんだろ」

「そのための社長代理の工藤さんでしょ? 私が連絡入れてあげるからいい子で寝るの」

 額に冷却シートを貼って、ポンポンと布団を叩く。まだ何か言いたそうなレオンを見て、私は顔を近づけてこう言った。

「お昼はポトフと私の血、どっちがいい?」

「両方」

 即答だった。この調子なら1日寝れば大丈夫だろう。頬にちゅっと軽くキスのサービスをして、寝ててね、と念を押して私は着替えを済ませ、自室で会社に連絡を入れ、最初のやりとりに戻る。

『弊社は落ち葉が溜まっている程度で被害は無し。過去のお客様から瓦や屋根の修理の依頼をどこにすればいいか問い合わせが入っていますが、そちらは専門業者に回すだけですのでご安心を。田代には休暇を出しました。子と夫人が落ち着くまで出社するなと伝えてあります』

「ありがとうございます」

『真緒さまもご自身のお店が心配でしょう。佐伯に商店街の様子を見に行かせましょうか?』

「大丈夫です。すみよしやさんに見てもらいます。多分瓦が飛ばされてるくらいだと思うので」

『そうですか。……それで、真緒さま、昨日のお召し物はご無事でしょうか?』

「ふえ? ああ、台風の予報が出ていたので、着物も帯も化繊を着てました。今乾かしているところです」

 真緒は部屋で吊るしている着物と帯を見た。帯はまだ芯が湿っぽいが、着物はだいぶ乾いてきている。

『それは良かった。弊社の社員のために奔走して下さったので、特別報酬として社長に新しく誂えて頂こうと佐伯と相談していたもので』

「いやいやいやいや、そこはいいんですよ? 人命救助が第一優先ですからね?」

 ときどきこの人外たちは、変なところで気を遣ってくる。人が良いのかズレているのかわからない。

『そうですか? まぁ、ともあれ業務に戻りますので失礼いたします』

「はい、よろしくお願いします」

 真緒は電話を切って、ほう、と息を吐いた。


 さて、ポトフ作りに気合を入れねば。

 ポトフはレオンが気に入っている料理のひとつであり、私の得意料理のひとつでもある。レシピ本を読み返して、美味しいものを作ろう。

 まずは冷蔵庫に材料があるかだ。

 私は部屋を出て、冷蔵庫チェックに入った。

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