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「ほしい……?」タイガが質問を投げる。

「うん。ほしい」

「ん……?」レオナルドは考えた。しかしわからない。「おれたちが持っていて、フィリアさんが持っていないものだったりする?」

「同性の親友。いないんだ」


 誰とでも仲良くしているように見えていた。彼女の周囲にはいつも誰かがいて、みんなが笑顔で話している。もちろんフィリア自身も笑っている。そんな彼女に親友がいない、とは。


「人気者だからこその悩み……。そういうことか?」


 いつになく真面目な口調でレオナルドが言った。

 それは核心かくしんに迫る一言だった。


「人気者なんかじゃない」フィリアの顔が曇った。「とりあえず仲良くしておけばいい。とりあえず笑って話していればいい。スタンホープの娘なんだから。とりあえず近づいていればいい。みんなが憧れている存在なんだから、とりあえず憧れていればいい。憧れるふりをしていればいい……」


 そんないくつものが集まり。彼女の周囲には笑顔がたくさん咲いている。しかしその花々は偽りの中で咲いていた。


 ——その一輪でもひっこ抜いてごらんなさい。嫉妬の土がこびりついた、腐りかけの根っこが顔を出すのであろうさ——


「いままで、全然気がつかなかったよ……」タイガは神妙に、「僕もいちおうは名家の息子なのに。知ってのとおり弱々しいから、誰も相手にしない」


 しかしフィリアには華がある。なんでもこなせる。男からも女からも美しいと言われる。だからこそ孤独になった。そして彼女自身も高嶺たかねの花を演じつづけるしかなかった。学校中の期待を裏切らないために。その重圧に苦しみながら、日々登校するしかなかったのである。


「中学生時代に仲が良かった子は、みんな別の高校に行っちゃったの。だからね。一から人間関係を構築するしかなかった。だけど……」


 他人が持つ先入観こそが、フィリアを苦しめたのである。


最初はなっから、スタンホープの令嬢って入り口だもんな……」 レオナルドは心中をおもんばかった。「フィリアさんを普通の女子生徒として見るやつは、ほとんどいなかったわけか……」


 のしかかる荷物の重さと相まって、フィリアが抱える悩みがずしりと両肩を締めつけるようである。


「ん?」フィリアは疑問にぶつかった。「レオナルドくん。って言わなかった?」


 フィリアをスタンホープの令嬢としてではなく、ごく普通の女子生徒、あるいは同級生として見る生徒がいない。たしかにレオナルドはそんな意味を含んだ言葉を言った。


「そうだよ。ほとんどさ」


 むしろどうして気づかないのさ? 


「な、タイガ」

「うん。そうだよフィリアさん。僕らがいる。スタンホープ家の令嬢かどうかなんて関係ない。ひとりの友人として、僕らはフィリアさんと仲良くしたい。ほとんどの生徒たちが、腹の中でなにをこだわっているのか知らないけど。知りたくもないけれど。僕らは普通に接しているつもりだよ」


 いままでも、これからも。


「ありがとう」フィリアは嬉しそうに微笑んだ。「いままで、男の子は言い寄ってくる人ばかりだった。けど、ふたりは全然違うんだなって。わかる。わかるもん」


 ねぇ、とフィリアは明るい表情をふたりに見せた。


「いつも屋上でランチ。食べているんでしょう? 私も一緒に、いい?」


 ごつん、と首筋に岩が落ちるような衝撃的発言に思えた。引く手あまた、学校中の人気者としてまかり通っているフィリア嬢。そんな彼女とランチを食べる日々……。想像したこともない。普通に接すると言っておきながら、身分不相応なことに思えてしまう。


 しかし彼女の抱いている孤独を知った以上。

 男ふたりに二言はない。


「もちろん!」タイガは喜んで賛同した。

「ああ、いいぜ!」レオナルドはグッドサインを見せた。いかにも運動部らしい仕草だ。「茶も出せないけど、空気はまじで美味いから!」

「やった! 嬉しい。これからお昼休みには屋上に行くね。ありがとう。本当に」


 心を許せて、胸のうちをさらけ出せる友達にやっと出会えた。ぴっちぴちのスキニージーンズから、ゆるゆるのスウェットパンツに履き替えたような。そんな気楽さが、フィリアの胸を心地良くくすぐった。


「ぶぐ……、はぁふっ」


 三人の後方からなにか嗚咽が聞こえる。高校生らしい清き友情を目の当たりにして、泣いている人がいる。アップルちゃんである。


「おい」レオナルドがタイガに話しかける。

「ん?」

「泣いてるぞ。アップルちゃん」

「ああ」タイガは平らな口調で、「天界の住人だからね」

「どうゆう理屈だよ……」



 とはいえ、分厚い本たちの重さは相変わらずである。三人はへいこら、へいこら、と息を切らしながら、どうにか買取屋まで辿り着いた。


 まきを背負いながら本を読んで歩く、二宮金次郎にのみやきんじろうっていう人が日本にいたらしい。あれは誇張こちょうしているさ、背中に重たいものを担ぎながら本を読んだってなにも頭に入るわけない。それか、あの金次郎っていう人は宇宙人かなにかなんだよ、きっと。そう道中に言ったのはレオナルドだ。


 テレビゲームでいちばんにおかしいと思うところがある。アイテムを次から次に手に入れて、総重量が何十キロにもなっているはずなのに、主人公たちはみんな涼しい顔をしている。


 それどころかぴょんぴょん飛び跳ねて、剣や魔法をいつもどおりに振りまわしている。取得したアイテムの重さなんか関係ないことになっている。ときとして、持っているアイテムの重量も考慮するゲームもあるけれど。非常識だよ! おかしいよ! だって重いもん! 魔王と戦うのに薬草や薬の小瓶でぱんぱんになったリュックを背負っていたら、死んじゃうよ! 


 けっきょくタイガの言いたいことは、僕の荷物が重い。それだけであった。


 男ふたりの嘆きを笑いの種にしつつ。

 フィリアの道中は楽しく、新鮮なものであった。

 そして彼女はいま、買取屋の主人と交渉をしている。


 しょうもない嘆きを言いながらも本運びの仕事を終えた、タイガとレオナルド。彼らは店の軒下のきしたにて、フィリアが戻るのを待っている。


「まじかぁ……」レオナルドは疲れた両腕をぐっと伸ばし、すとんと落とした。「あのフィリア嬢とランチするって。信じらんねぇ」

「なんだか、すごいことになっちゃったね」タイガは軽く放心しつつ、「一回こっきりで、もう屋上に来なくなったりして……」


 ついつい後ろ向きな考え方になってしまう。


「あの感じからして、それはなくないか?」

「どうも不安で……」


 おまえなぁ……、とレオナルドは呆れてしまう。


「どうしてそう、いっつも受け身なんだよ。フィリアさんが居心地良いようにしようとか。そういう。なんつうか。努力だよ。そういうのしようぜ?」


 最初から叶わない恋だと思っているから、叶わない。叶うかもしれない、叶えてみせると思いこむ。そんな気概が必要なんだと、レオナルドはつづけた。と、同時にタイガの心の奥にあるフィリアへの想いを言い当てたのである。


「バレてる?」タイガは気まずそうにした。

「バレっばれ。フィリアさんがおまえの熱視線に気づいていないのが奇跡みたいだわ」

「そうですよね……」


 ここで気になってしまうのが、レオナルドこそ、フィリアをどう思っているのかである。


「レオはどうなの?」

「あえ? おれ? ああ、おれね」


 なにを言いだすのかと、タイガは構えた。しかしあっけなくと答えられてしまった。


「いる……、え、彼女いるの!?」

「ちゃうちゃう。好きなやつ。いるんだよ」

「それはフィリアさんではなく?」

「まったく別。バスケ部のマネージャー。いっこ下の後輩だけどさ……、かわいくて……」


 頬を赤らめたレオナルドはうねうねと妙な動きをする。こんな動きをした人物が身近にいたような……。気のせいか、とタイガは思案をやめた。


「そっか。レオだったら、フィリアさんと付き合えそうだなって……。ここへ来る道中もずっと思っていたよ」

「おれが?」レオナルドはがっはは、と笑って、「つり合うわけがねぇさ。バスケの推薦すいせんで、どうにかいまの高校に進学できた貧乏人と、頭のデキも育ちも根っから違うフィリア嬢が、どうしたら一緒になるんだよ。はえ白鳥はくちょうが交尾するようなもんさ。ぜったいにありえねぇ」


 レオナルドはふざけ半分で話していたが、茶化ちゃかすシーンでもないのだな、とも思って——


「好きなんだったらさ。ガチでいけよ。タイガ。他人がどう思っていようが、フィリアさんにぶつかれよ。後悔すんな」



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