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「レオの気持ちを、さきに知りたい」

「だぁかぁらぁ!」


 さすがに、とレオナルドは思った。


「おれは、好きなの、後輩のマネが! フィリアさんもそりゃ美人でかわいいけど。だからって、みんながみんな言い寄るわけじゃねぇ。そのへんのガキ男子と一緒にすんな。おれは年下が好みなの」


 ごめん……。僕が間違っていた。タイガはそう言おうとしたが、フィリアが戻ったことでが潰れてしまった。


「お! おかえり」レオナルドが店の中に声を投げる。

「ごめんね、待たせちゃった」すたすたとフィリアは早足で軒下へ。

「どうだった? 売れた?」タイガが尋ねる。

「もう、さいっこうの値段だった」

「まじか」レオナルドの目が輝いた。「お、おいくらくらい?」


 他にぽつぽつと客が居るので、フィリアはふたりに耳を貸すよう仕草で伝えた。片耳を寄せて、フィリアの唇が近づき、吐息を感じる。汗ばんでいるはずなのに彼女の躰からは良い香りしかしない。むしろこっちの体臭は大丈夫だろうかと男ふたりは気になって仕方がない。


 こしょ、こしょ。フィリアは買取価格を伝えた。


「まじで! まじで!」


 あまりの高額にレオナルドは小躍りした。


「すっげぇ! 運んできてよかった! すげぇよかったじゃん!」

「うん……、うん!」タイガの胸が達成感に満ちてゆく。「それだけの価値を見抜いたフィリアさんがすごいよ!」

「ふたりとも、本当にありがとう」


 フィリアは深々と頭を下げた。


「や、やめてよフィリアさん」タイガは慌てて、「そんなにかしこまらないでよ。なんだか慣れないから……」

「そうだぜ」レオナルドは粋な感じで、「ダチとして当然のことをしたまでさ。ほら、頭を戻して」


 ほぼ九〇度で下げられたフィリアの頭が持ち上げられると、晴々とした顔を見ることができた。


「うん。ありがとう。それでね、売っちゃった本なんだけど。実はもう学校の所有物ではないの。すでに、私個人が引き取ったってことになっていて。売ったお金、自由に使えるから、これからアイスでも食べに行かない? 今後も、なにかあれば奢らせて? それでお礼になるかわからないけど……」


 すると後ろの方から、リンゴのジェラートがいいですね、という声が。とてつもない剣幕で振り返ったレオナルドはぴょんとひと跳ねしつつ、アップルちゃんの頭をぱしりと叩いた。バスケ部で鍛えた足のバネが、アップルちゃんの高身長にも効果を発揮した。


「いいんだよフィリアさん」タイガは明るい口調で、「そのお金はとっておいて。僕らに使うことないよ」

「そそ」レオナルドも朗らかに微笑んだ。「アイスくらい買う金あるし!」


 そう言われても、とフィリアはまだ納得していない様子である。


「わかった。私が、ふたりといる時間を楽しむためにこのお金を使う。だから、これからアイスを三つ買う。それを三人で食べる。それが今日の私の楽しみ。自分へのご褒美。それでどう?」


 そうなるとフィリアの楽しみを奪うわけにもいかず。男ふたりは申し訳なさそうな顔で、わかった、とうなずいた。



「夕暮れというのはいつも別れを連れてくる。僕から友を、愛しさを、アイスの甘さを奪ってゆく……」


 ミュージカルのような口調でタイガが言った。


「なにそれ。シェイクスピア?」


 コーンの末端を口に放りこみ、サクサクといわせながらレオナルドが反応した。商店街のざわざわとした雰囲気の中を歩くだけでも気分が高揚こうようする。たまには、この賑やかさもいいものだ。


「シェイクスピアはアイスの甘さなんか語らないよ?」と、フィリア。

「だってよ、タイガ・キャラメルバニラさん」

「さっき食べたアイスの味を勝手に苗字にしないでよ」


 ふたりのやりとりに、フィリアはくすりと笑った。


「いつもこんな感じなの?」

「そそ」レオナルドは飾らない口調で、「くっだらないことしか言わないのよ、おれら。たまに真面目な話もするけど。まぁ、なんつうか、なんでも話せる感じだよ」

「なんでも話せる、かぁ……」フィリアはコーンに巻かれていた紙を、上品に畳んだ。「ここ最近、そんな友達いなかったなぁ」

「中学のときの友達は?」横からタイガが尋ねる。「いまはあまり会わないの?」


 うーん、と難しそうな声が返ってきた。


「連絡を取れないこともないんだけど……。みんなのSNSを覗いたりするとね。彼氏がいる子とか。新しい学校で友達を作って楽しそうにしている子ばっかりで……。私から連絡するのも申し訳ないと思っちゃって……」


 必要な情報がすぐに手に入る。そんな便利な時代だからこそ、いらない情報を無防備に浴びてしまうこともある。


 知っている人が、まったく知らない人と仲良くしている。それを写真や動画で目の当たりにすると、自分なんか、その人にとって必要のない存在なのだろうなと。そうして悪い方にばかり考えると、SNS特有の沼に落ちてしまう。


「現代病みたいなもんだよな、SNSとか。キラキラした写真ばっかりUPされてるけどさ。実際人間なんてそんなにキラキラしてねぇって。むしろドロドロの中で必死に生きているからこそ、美しいっていうかさ……」


 レオナルドの持論じろんではある。が、わかる気がするとタイガは思った。


「僕ね、すこし気づいたことがあって。SNSのフォロワー数なんだけど。おなじような加工写真で、おなじような角度の自撮りばかり載せている有名人よりも。ただ、なにげない日常の風景だったり。ときには、失敗しちゃったものの写真だったり。自分を高めつつも飾っていない、そんな有名人の方が、よほどフォロワーが多かったりするんだなって。最近そんな法則を発見したよ」


 これも僕の見たかぎりだから、ささいなデータなんだけどね、とタイガはつけ加えた。


「それ、ちょっとわかる」すかさずフィリアが、「たしかにかわいい! たしかにイケメン! そう思ったりするんだけど。自分のことそんなに好き? って思っちゃったりもして……。そりゃ自分を好きでいるのは大事だよ? 自信をもたないと、なにもはじまらないし……」


 つまり自惚うぬぼれが強いということですね、とアップルちゃんが三メートル後方から言った。


 みぞおちにずとん、と落ちるような低い声。アップルちゃんの声は、商店街の雑音を簡単にくぐり抜けてくる。


「あの人どんだけ耳がいいわけ。声も良すぎてなんか腹たつ。あんたこそ自惚うぬぼれの塊なんじゃあないのぉっ!?」レオナルドはなぜか敵意を剥いている。「アップルちゃんなんておれは認めねぇ。そんな名前のボディーガード。おれは認めねぇ」


 しかしながら、ボディーガードの存在を空気そのもののようにあしらう名家出身のふたりも大したものであった。



「それじゃ」タイガは手を振った。

「今日はありがとう」フィリアは華のように微笑み、「また月曜に」

「じゃあな。今日は拐われんなよ」レオナルドが言った。


 夕焼け照らすT字路を、三人はそれぞれ別の道へと歩きだす。

 今日の日はさようなら。

 そんな歌が聞こえてきそうな雰囲気である。


「ああ、楽しかったなぁ」こつこつ、とタイガの革靴がアスファルトと叩く。「フィリアさんとさらに仲良くなれたし。レオは相変わらずいいやつだ。ありがたいなぁ……」


 あまり表だって言うことでもないが、タイガとフィリアは名家の出身としてそれぞれ正反対のあつかいを校内で受けている。


 タイガは悪い意味で浮いているのだ。


 名家のくせに。なよなよして。だらしない。頼りない。残念なイケメン。などの悲惨ひさんなレッテルがべたべたと貼られてしまっている。その結果友達がレオナルドしかいない、という状況ができあがった。


 一方のフィリアは真逆である。


 ちやほやとされ過ぎるがゆえに。心から信頼できる友達がひとりもいない、という孤独にさいなまれていた。


「ほんと接着剤みたいな存在だよ。レオは」


 決まった距離をぴたりとついてくるアップルちゃんに、タイガは言った。どうせ耳がいいから聞こえるだろう、と。


「彼がいなかったら、フィリアさんも僕らと遊ぶとか思わなかったはずなんだ。そう思うと、彼女と深い知り合いになれるチャンスをくれたレオには、感謝してもしきれない。ただ……」

「フィリア嬢が、レオナルド氏を好きになってしまう。その可能性がある。ですね?」


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