呪いの効果は

「ああ、呼んだのは俺だよ」


 本当にケルベロスだったのには驚いたが、これで怪異の正体もわかった。

 それじゃあ……帰るか。

 冗談ではない。

 だって、特にすることないし。

 存在を確認しただけで、もうよくない?


「待て、貴様。どこへ行く」


 踵を返した俺を呼び止めるケルベロス。


「どこって、帰るんだけど」


「我と戦わんのか」


「え、いや、いいよ」


 面倒ごとは避けるタイプだから、俺。

 巻き込まれる前に逃げたい。


「今度の七つ星はとんだ腰抜けだな」


 なんか煽られてるけど、気にしない。

 自分の身が第一だから。


「さよならー!」


 手を振って、別れを告げる。


「しかし、その方が我の手間も省けて助かるわ」


 なるほど、こいつも俺と同じで面倒ごとが嫌いなんだな。

 ……待て、手間が省けてなにをする気だ?

 俺が振り返ると、大きなケルベロスの体はなくなり、そこには小さな……人魂?

 青白い火の玉だ、それがふわふわと浮かんでいた。


「お前、なにを……」


「もう遅い! 回避不可能よ!」


「おわっ!」


 火の玉が高速で俺に向かって一直線に飛んできて、口の中に……入ってしまった。

 ゼリーを噛まずに飲み込んだような感触が喉を通る。


「これでお前は我のものだ」


「な、なんだ!?」


 声はケルベロスだが、問題はその出所だ。

 頭の中から聞こえるのだ。

 ……頭に直接響いているなら、それはもはや「聞こえる」という表現でいいのだろうか。


「無様よのう、我から逃げることさえもできんとは」


 声色から笑っているのがわかる。


「なにをしたんだ……?」


 まわりに姿は見えないのに、声だけが聞こえる。


「ふっ、冥途の土産に教えてやろう。お前は我に乗っ取られたのだよ」


 乗っ取られた?

 さっきの火の玉でか?


「勘はいいようだな。そうだ、あれが我の魂だ」


 ここで、話の流れをぶったぎることになるが気になったことを尋ねる。


 これ声出さなくても会話できるの?


「そうだ、便利だろう」


 うん、便利だ。

 授業で居眠りしそうなときに起こしてよ。


「ふっ、安心しろ。その心配はない」


 なんで?


「お前はもう二度とこの体を自由に使えんからな」


 な、なんだってー!!


「声が出せないのも、その証拠だ」


 あ、本当だ!

 口が全然開かない!

 面白い!!


「……なんかテンションが想像と違うのだが」


 え、そうかな?

 楽しいやん、オカルトって感じがして。

 不思議な事にはだいぶ慣れてきたし。


「お前の考えはよくわからんな」


 乗っ取ってるくせに。

 そういえば、テンションって言葉知ってんだ。


「それはお前の脳もすでに我のものだからな」


 ほえー、すげえ。

 じゃあさ!

 クイズ出していい?


「なんだ」


 マジカル少女シリーズ第三作目「ブリリアントマジカル少女」で三番目に仲間になったマジカル少女は?


「簡単だ。マジカル・エレガントだろう。家業を継ぐか、アイドルになるかで悩んでいたところをマジカル・シャープに説得されてマジカル少女になったんだ」


 正解!

 すごーい!!


「……お前、本当にことの重大さに気づいているのか?」


 うん、ヤバいとは思ってる。

 でもまあ、いっかな~みたいな。


「それでは、今から恐ろしさを教えてやろう」


 ほう。


「数日後にはお前の意識はきれいさっぱり消えちゃうぜ☆」


 ええっ!

 まるで俺みたいに軽いノリで、重大なこと言うじゃん!

 そんなの、困る。

 実質「死」だし。


「ま、今のお前にはどうすることもできないがな」


 クソー。

 だが、なにか解決策があるはずだ。


「無駄無駄……」


 なにを言う。

 俺はここまで数々の試練を乗り越えてきた七つ星明だぞ!


「そういうゴキブリみたいなしぶとい精神は受け継がれてるんだな」


 ふっ、俺を! 七つ星を!

 舐めるなよ!


「あー、はいはい。わかったから、とりあえず山降りるぞ」


 奴がそう口にした途端、勝手に体が動き出した。

 俺の意思とは無関係に。

 今は従うしかないようだ。


―――――――――


「明!」


 帰り際、誰かが俺を呼んだ。


「ん?」


「どうだったのじゃ!? 大丈夫だったのじゃ!?」


 心配して、駆け寄ってくれるのは……花子だ。

 そう、花子。

 行くときも俺の身を案じてくれていた。

 そんな彼女には申し訳ないが。


「残念ながら……」


「ま、まさか……!」


「もう明の体は我がいただいたぞ」


 俺の顔が不気味な笑顔を浮かべた。


「そ、そんな……」


 彼女の顔が、青白くなっていく。

 恐怖で震えてしまっている。


「我も暇ではないのでな、さらばだ」


「あ、明!」


 どんどんと距離が離れていく。

 どんなに俺がとどまろうと思っても。

 それでも、彼女の言葉はちゃんと耳に入った。


「絶対に、諦めちゃダメなのじゃよ!」


 諦めたらダメ、か。

 胸に刻んでおくよ。

 ありがとうな。


「くくく、無駄なことよ」


 絶対にこいつを倒して見せる。

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