行かない日はないこの場所は

 結局またまた登山だよ。

 なぜかって?

 それじゃあ、整理しよう。


 妖事件に出てくるケルベロスもどきは、ここに住んでいた。

 そして、男はそいつの寝床を見つける。

 苦戦するも、なんとか倒したんだが……。


「恨み……ねぇ」


 殺されたケルベロスもどきは、恨みのパワーで男を道連れにしたらしい。

 日本でも恨みパワーはよく聞くよね。

 猫又とか妖狐のお話で。

 なんなら人間だって、恨みで祟りを起こしたという話もあるし。

 真偽のほどは定かじゃないけどね。


 それで、ここからが本題。

 偶然見つけたこの妖事件だけど、たぶんこれが怪異の正体だろう。

 どちらも恨みが共通しているから。

 そんな安直な考えでいいのかって思うけど、それで今までなんとかなってる。

 己の直感を信じよう。

 時代的に考えて、妖事件後の恨み……もしくはそれを持つ者を怪異と呼んでいるはずなんだが……。

 恨みなんて目に見えないし、どうしようもない。

 そこそこ自由研究に書けそうなことは集まったし、ここで終わってもいいけれど。

 なにかがおかしい。

 今まで怪異と出会わないなんてことはなかった。

 七つ星家の人間はどうも怪異と出会いやすいような体質なのに、今回は全然だ。

 そこで、俺はもう少し踏み込んだ調査をすれば出会えるんじゃないかなーとか思ったり。

 まあ、恨みなんて恐ろしいものにできれば会いたくはないけれど。


 では、なぜ山に入っているのかというと。

 さきほど言ったように、そのケルベロス君が住んでいたのがここだから。

 正確な場所はわからないけれど、歩いていたら見つかるでしょ。


「あ、そうだ」


 山に詳しい人がいたじゃないか。


「おーーーい!!」


 けれど、呼んでも出てこない。

 そういえば、前回会ったのは山の王に会うとき。

 思い返せば、あのとき怒らせたよな……。

 もしかしてまだすねてるのか?

 原因はたしか……名前を忘れていたからだ。

 つまり、名前を呼んであげれば出てきてくれるはず。

 問題はそれが思い出せないこと。

 なんか思いのほか普通の名前じゃなかったか?

 おかえりなさい、あなたってした後。

 俺が名前を訊いたら……。


「花子だ……!」


 そう、花子。

 ちょっと古風だよね。

 それでは、呼んでみよう。

 思いっきり山のきれいな空気を吸い込んで。


「花子ーーー!!」


 森に俺の呼び声が響き渡る。

 どこからかやまびこも聞こえた。


「な、なんじゃ明……!」


 すっと目の前に腕組みをしている……花子が現れた。

 合ってたみたい。

 その顔は、不機嫌なようで喜んでもいるような複雑な顔。


「訊きたいことがあってさ」


「ふむ、聞いてやらんでもないぞ」


 口はへの字だが、目が嬉しそうだ。


「この辺で、恨みを持ってそうなもの? 人? 知らないか?」


 まだ詳細はわからないので、かなりざっくりな質問になってしまった。

 これでわかるかな。


「むっ……、まーた怪異かぁ……」


 あれ、やっぱりこの質問はタブーだったかな。

 見るからに元気を失くしてしまった。


「うん、そうなんだ」


「ワシに用があったわけでは……ないんじゃな……」


 しょぼんとしてしまう花子。

 なんだか申し訳ない。


「いや、用はあったよ」


 探すのを手伝ってもらいたかったから。


「もういいのじゃ。しょせん明は明なのじゃな」


 今度は肩をすくめて呆れられた。

 彼女は俺になにを期待しているんだ?


「しょせんってなんだよ、しょせんて」


「して、明が探しておる怪異じゃが、面倒じゃぞ?」


 無理やり話を戻される。


「面倒って?」


 むしろ面倒じゃない怪異はいなかったけど。


「ワシはな、明を心配して言っておるのじゃぞ?」


 一転して、じっと俺を大切そうに見つめる。

 これは本気でそう思ってるみたいだ。


「いいから早く教えてくれよ」


 ここでやめるわけにもいかない。


「そやつは、死してなお怨霊となりてこの山を漂っておるのじゃ」


 なるほど。

 いることにはいるんだな。


「ゆえに、捕まえるのは簡単じゃ。しかし……」


「しかし?」


 先が気になる。

 口ごもる彼女に、先を促す。


「とにかく危険なのじゃ!」


 彼女は俺の肩を持ち、訴えてきた。

 その様子を見るに、マジでヤバそうだ。


「危険ってことなら、今までも何度も味わってきたけどな」


「ワシは……明に死んでほしくないのじゃ……」


 情緒不安定だな、花子。

 涙ぐみ始めちゃった。


「泣くな、泣くな。安心しろ、俺は死なねーよ」


 優しく頭をなでる。


「明……」


 うっ。

 そんなに潤んだ瞳で見つめられたら、ときめいてしまう。


「で、その方法は?」


「簡単じゃ。奴が探しておる……」


―――――――――


「うん、今日もきれいだ」


 ここは見慣れた山頂。

 山ならどこでも出会えるらしいが、なんとなく見晴らしがいいここで呼んでみる。

 どうやって呼ぶかって?

 それは、ケルベロス君を殺した男の名前を叫ぶだけ。


「〇〇!(ここに名前は記さない。七つ星家以外の人に被害が出ると困るから)」


 俺が口に出した瞬間。

 セミの鳴き声が止んだ。

 そして、地面がわずかに揺れ始めた。


「恨み深きその名を口にする者、汝か~!」


 地の底から響いてくる声。

 まんまケルベロスの見た目の半透明な幽霊が漂ってきた。

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