日常?

 ピピピピピ!


「ん……」


 そんな目覚ましがなる朝。

 今日は日曜日だ。


「まだ寝てていいだろう……」


 いや、そうもいかないぞ。

 なんたって日曜日だからな。


「それがどうし……」


「明ー! もう始まるわよー!!」


 毎週日曜日はマジカル少女の放送日だ。

 見ないと、母さんに怪しまれるぞ?


「たまには休んだって……」


 ダメだね。

 俺は物心ついたころからマジカル少女を見ていた。

 病気のときも、這ってでもテレビの前に行っていた。

 それは、母さんも知っているぞ。


「ぐぬぬぬ……」


「明ー! 起きなさい!!」


 だんだん足音が大きくなる。

 ほら、母さんがもう部屋に入ってくる。

 どうする?


「わかったよ、起きればいいんだろう……!」


―――――――――


 こんな感じで体を乗っ取られて数日。

 特になにか事件が起きるわけではなく、何気ない日常が続いている。

 しかし、それは俺にとって大問題だ。

 なぜなら。


「誰も我が乗っ取っていることに気づかないなぁ」


 そう。

 家族は微塵も異変に気づく様子がない。

 今だって、朝食を一緒に食べている俺と楽しく会話している。

 そいつは、俺じゃないのに。


 とはいえ、仮に気づいたところでなにができるという話だが。


「まあ、諦めるのが早い話だな」


 気楽に言い放つ。

 もちろんそれは絶対にできない。

 俺は今秋公開予定の「劇場版マジカル少女 不思議なゲートと愉快な友達」を見に行って、マジカルライトをもらうって決めてるんだ。


「そんなの、我がやっても変わらないだろう」


 違う!

 こんなの俺がやったとは言わない!

 だって、なにも感じないもん!


 日が経つごとに、俺の感覚は消えていっているのだ。

 ご飯を食べても味がしないし、匂いもなしだ。

 いずれ俺は……。


「ふふふ、体が我になじんできたからな。もう時間の問題だ」


 嫌だ。

 どうにかしなかきゃ。


「せいぜいあがくがいい」


 しかし、意思とは無関係にことは進む。

 目がかすんできた。

 それに、意識が……。


「ふむ、お別れの様だな。さようなら、明……」


―――――――――


「はっ!」


 幸運にも、俺は死んではいなかった。

 たぶん。

 どこか知らない場所で目が覚めた。

 もしかすると、ここがあの世かもしれないけど。

 いや、あの世ならこんなに緑豊かじゃないだろうな。


「あれ?」


 体が勝手に動く。

 まだ乗っ取られているのか?

 そのわりには、あいつは話しかけてこないな。

 それに、感覚もある。

 なにかがおかしい。


「ガウッ!」


「うわっ!」


 今の声はなんだ?

 犬の鳴き声みたいだった。

 気のせいかもしれないけど、俺の体から出たような。


 不思議に思い、体を見た。

 すると、あることに気づいた。


「ケルベロスだ……!」


 俺の体がケルベロスになっていた。

 というより、ケルベロスを俺が乗っ取ったのか?

 それも違いそう。

 俺の意思で動かせないし、意思疎通もとれない。

 どういうことだ?


「きゃあーー!」


 今度は女性の声だ。

 前方にいた女性が、持っていた桶を放り出して逃げていった。

 そりゃあ、この姿だしな。

 そして、俺ことケルベロスはというと。

 民家の隣にある鶏小屋の中に入って、鶏を三匹パクリ。

 結構なグロ映像だった。

 どうやら食事のようだ。

 その後、人間を襲……わないのか。

 鶏でお腹を満たしたらしい。


 おとなしく帰っていく。

 どこにかって?

 えーと、これは……森の方だな。

 あそこの石とか見覚えがあるぞ……。

 ここは山かな?

 山に入っていってる。

 見慣れた山だが、少し景色が違う。

 いつもより木が多い。

 そして、道もない。

 今の山とは似て非なる様子だ。


 あと、気になるのはさっきの民家と住人だ。

 家が木造で、古臭い感じ。

 それに近所にあんな人がいるのは知らないし、格好が昔っぽかった。

 時代劇で見るものよりも、さらに古いような。

 教科書に載っているほど古い服装だ。


 つまり、ここは現代ではない……?


 俺は今、過去の……ケルベロスが生きていたころの映像というか記憶を見ているのかも。

 奴は俺の脳を乗っ取った。

 逆に言えば、俺にも奴の記憶が見えてもおかしくはない。

 理屈はどうあれ、これは現実だ。

 起きているんだから、ありえないもクソもない。

 薄れてしまった俺の意識は、偶然奴の記憶に入り込んだんだ。

 そう結論づける。


 そして、これはチャンスだ。

 今ここに見えていることから、奴を倒す手がかりを見つけ出せるかも知れない。

 それができなければ、俺に待っているのは死だ。

 いずれここからも消えてしまうだろう。

 これが最後のチャンス。


 俺は生きて戻るために、あたりに目を凝らす。

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