おもてなし

 度重なる振動が俺の胃を刺激する。

 吐きそうだが、なんとかこらえる。

 頼むから一度止まってくれないかな。

 そんな俺の願いが通じてか、突然景色の流れが止まる。


「ツイタ」


「え?」


 今着いたって言ったよな?

 その証拠に、俺を抱えた奴はその場に立ち止まっている。

 一体ここはどこなんだ?

 まだめまいがするが、目を凝らす。

 目の前には、大きな穴。

 洞窟とも言えるくらいで、かがむと中に入っていけそうだ。

 まさかここが「家」だとでも言うのだろうか。


「いてっ!」


 乱暴に降ろされて、しりもちをつく。

 俺はお尻をさすりながら、起き上がり……。

 こいつの顔をやっと見ることができた。


 なんて言ったらいいだろうか。

 人間のようで、猿のような顔。

 まあ、人間も猿の仲間だからどちらもほぼ同じか。

 どちらの面影も感じさせるので、目の前の彼は祖先なのかも。

 そして、全身が長い毛で覆われている。

 俺はそれを見て、よくある「原始人」の図を思い出した。


 普通の人間ではない。

 かといって、見たことある動物でもない。

 これは……怪異だろうな。

 でなきゃ、新種。

 強いて言うならば、UMAかな。

 ヒマラヤに住む雪男のイメージ図がこんなだった。


「ハイレ」


「おっと」


 背中を押された。

 入れってのは、つまりここにだよな。

 やはりこれはお家に招待ということだろうか。

 家と言っても、この真っ暗な洞窟だが。

 中がはっきり見えなくて怖い。

 懐中電灯でも持ってくればよかった。

 けど、なにより怖いのは。


「……」


 ちらりと後ろを見ると、彼が睨んでいる。

 怪異だからな、逆らったらどうなるかわからない。

 それに、逆鱗に触れてはいけないと怪異録には書いてあった。

 なにが逆鱗かわからないので、今は素直に従おう。


 俺が歩き出すと、彼は後ろから付いてくる。

 洞窟の天井に頭をぶつけないように、慎重に手で地形を確かめながら進んで行く。

 いったいどこまで……。


「マテ」


 ここまでか。

 今度はなにをする気だ?


「スワレ」


 俺は言われた通りに、腰を落とす。

 すると、そこにはちょうどいいサイズの岩があった。

 まるで椅子みたいだ。

 ご丁寧に落ち葉も敷いてある。

 彼はこのちょっと独特な家でおもてなしをしてくれるのかな。

 それなら喜んで付き合うけど……。

 もしどこぞの怪異みたいに命を狙っているなら、逃げたいな。

 と、隙も伺う。


 肝心の彼は俺の正面に座って、ガサゴソしている。

 暗闇に目が慣れてきたので、見えてきた。

 葉っぱとか草をお皿みたいな歪な木の器に入れて……すりつぶしてる?

 うん、あの棒でごりごりしてるのはすりつぶしているんだろう。

 で、それをどうするの?

 うすうす勘づいてるけど……。


「ノメ」


 で、ですよねー!

 俺前にテレビで見たもん!

 外国の部族が番組スタッフにこんなのをプレゼントするの!

 これ、断ったらさすがに怒られるよなー……。


「あ、ありがとう」


 仕方なく俺は器を受け取る。

 中にはドロドロになった葉っぱが。

 これ、体に悪いとかないよね?

 まあ、これがおもてなしなら毒ではないでしょ。

 ……後でお腹壊すかもだけど。

 なんにせよ早く飲まないと。

 大丈夫、抹茶みたいなもんだ。


 俺は覚悟を決めて、ぐいっと器を傾ける。

 味は案外……ダメだ!!

 めっちゃ苦い!!

 抹茶とかの比じゃないぞ!?

 なんだ、漢方かこれ!?

 かといって、吐き出すわけにもいかないので強引に飲み込む!


「う……ん、おいしいね」


 傍から見たら、ガチガチの作り笑いだったと思う。

 でもこれで納得してくれるはず。


「オマエ、ツヨイ」


「え?」


 なんの話?

 これ飲んだだけなんだけど。


「オレ、オマエ、センシ、ミトメル」


 戦士?

 俺は戦士だと認められたのか?

 状況が呑み込めない。

 そんな中、彼は右手を俺に差し出した。

 これはつまり握手ってことだよな。

 俺も手を差し出して、握手を……。


「いてて……!」


 力強すぎるって!

 そういやゴリラやオラウータンの握力って、人間の何倍もあるんだったっけ!?

 これでも手加減してる方!?

 ほどなくして、力が緩む。


 で、これからどうすんの?

 帰っていいのかな。

 もし彼が山を治める獣の王ならだよ?

 さっき認めるって言ってたから、調査終了でよくない?

 比較的楽だったけど、こんな日があってもいいよね。

 そんなわけで、俺はそろそろここから出ようとする。

 しかし、まずは出口を探さなきゃ。

 洞窟内をきょろきょろ見回す。

 たしかあっちから入ってきたよな?

 だから……。


「ん?」


 俺は背後の壁になにかかかっているのを見つけた。

 ネックレスのように、紐とそれに繋がった……。


「骨?」


 なんとなく、手を伸ばした。

 だが、それに触れた瞬間頭に強い衝撃が走る。

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