追跡、遭遇、アクシデント

「くっそ、こんなの道じゃねーって……」


 登山道みたいに丁寧に草刈りがされているわけでもない。

 地面をよーく見ると、草が剥げている。

 それくらいでしか道を認識できない。

 しかも、昼なのに暗い。

 そんなだから。


「いてっ!」


 どっかの枝で腕をひっかいた。

 うっすらと血がにじんでくる。

 俺だってこんな危ないところを半袖短パンで行きたくはないさ。

 だが、緊急事態なんだから仕方ないだろ。

 怪我した手を放っておいて、どんどん登っていく。

 この道がどこまで続くかは知らないが。


―――――――――


「……」


 草の擦れる音がする。

 立ち止まってもそれは続く。

 何かが近づいている。

 エイリアンが潜んでいる……わけないな。

 となると、ゾンビか?

 それ以外は……。


「あ……」


 前に山に登ったとき、なにかいたよな。

 熊かなにか、やばそうな獣が。


「……来てるな」


 徐々に音は大きくなってくる。

 やばい、このままじゃ追いつかれる……。

 ゾンビじゃなくて、熊に喰わ……。


「ぶ~~!!」


 静かな山に響く爆音。

 それは俺から出た。


 おならが……ね。


 今朝の牛乳で下痢気味だったしさ。

 緊張でお腹に力が入っちゃって。


「ギャアーーー!!」


「……!」


 不気味な叫びが近くでする。

 ゾンビかと思ってスコップを身構える。

 が、音からするにむしろ遠ざかっているような。


 まさか。


「そんなに臭かったのかよ、ばーか!!」


 逃げなくってもいいじゃんか!

 いや、そのおかげで助かったんだけどさ。

 ちょっと傷つく。

 まあ、動物は鼻が敏感らしいから。

 俺のおならが臭いわけじゃないよね。


 俺は複雑な思いで登山を再開する。


―――――――――


「ん?」


 また何かが近づいてきているような。

 再び立ち止まる。


 さっきの熊さん?

 今度こそ俺と遊びに来た?


 と言いたいところなんだけど、違う気もする。

 なぜなら木の倒れる音がする。

 バキバキって派手な音。

 さっきの熊はそんなことしてなかった。

 まるでブルドーザーが俺を狙っているように、すべてをなぎ倒しながら向かってきている。


 来る。

 俺はスコップを構えた。


 ガサッ!


 前方の茂みから出てきたのは、大男。

 身長二、三メートルはある。

 そして、恐ろしいのはそいつが右手に持っているなただ。

 これじゃあまるでフライデーに現れるマスクやろうじゃないか。

 ただ、残念ながら仮装じゃないみたい。

 だって、全身血まみれだから。

 ……血のりかも?

 いや、このきつい匂いは本物だ。


「七つ星……見つけた……」


 ぼそぼそと言葉を紡ぐ男。

 やはり七つ星って言ってる。


「なぁ、俺になにか用でもあるの……ですか?」


 高校生でもできることなら、聞いてあげたいけど。


「七つ星……殺す……」


 男は鉈を天高く掲げた。

 マスクの奥の目が光っている。


「それは……無理!!」


 命は大事だからね!!

 俺はそいつに背を向けて、走り出す。

 そうやすやすと殺されてたまるかよ!


―――――――――


「明……明!」


 無我夢中で草をかき分けて走っているとき、声が聞こえた。

 男の声にしては、かわいらしい。

 ついこの間聞いたような声だ。


「な、なんだ?」


「後ろじゃ、伏せろ!!」


 条件反射で草むらの中に伏せる。

 すると、木の枝が頭上をかすめた。

 かなりの速度で、矢のように飛んでいく。

 もしあのまま走っていたら、刺さってたかも……。

 ぞっとする。


「なにしてるのじゃ、早く立てい!」


「あ、あぁ」


 そうだよな、逃げなきゃな。

 

 じゃなくて。


「お前、まさか……」


「ワシに構っている場合か! 殺されるぞ!」


 うん、この独特な話し方はやはり。

 なぜかは知らないが協力してくれるらしい。


「ありがとう」


「べ、別にお主のためじゃないのじゃ! ワシに勝ったくせにしょうもない死に方されちゃ困るからじゃ!」


 なんだこいつツンデレか?

 てか、こんな壮絶な追いかけっこしてるのに「しょうもない」って……。


「で、ここからどうするのじゃ?」


「ど、どうするって?」


 そんなこと訊かれても。

 ノープランだけど。


「考えてないのか!?」


「だって、いきなり襲われたから……」


「とにかく! このままじゃ殺されるのじゃ! どうにかせい!!!」


 どうにかしろって、無茶苦茶な……。

 でも、このままだと殺されるのは本当っぽい。

 殺すって宣言してるし、あいつ。


 にしても、どうする?

 あんな奴正攻法じゃ勝てないだろ。

 敵の正体や弱点何て何一つ知らないし、ホラー映画に出てくる殺人鬼ってそもそも殺せないで終わることもある。

 狙われたら殺される。

 それが真理だ。

 俺がここで知恵を振り絞ってどうにかできるわけ……。


 あ、ちなみに。


「お前はなにかしてくれないの?」


「なにかってなんじゃ?」


「あの空間に奴を閉じ込めるとか」


 そしたら、万事……。


「だめじゃ!!」


 即答された。


「あんな危ない奴を連れてきたら、童共が危ないじゃろが!!」


 うーん、まあそうか。

 いい解決策だと思ったんだけど、子供達のためにこの案は却下だな。


「これはお主の問題じゃ、自分でどうにかせい!」


 はいはい、わかりましたよー。

 さて、どうするか。

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